第11話
今までの失態を取り戻すかのように、シャンプーのボトルをいつもより多めにプッシュした。
一心不乱に髪を洗い流し、行きつけの美容院から半ば強引に勧められたトリートメントを満遍なく潤沢させる。
これでツヤも戻るだろう。浸透させる間に思考が混迷した原因である詩織について一考した。
神崎詩織とはあの事件以降会ってなかった。
事件直後の夜に電話がかかり事の転末を報告した時はこっぴどく怒られたものだ。
「私も一緒に謝るから、社長の元に行くわよ。なんなら目の前で土下座してやるから」
と力強い口調で呈してきたが、私はその提案を突っぱねた。
「向こうから謝ってくるんなら分かるけど、私からなんてお断りよ」そう言ってスマホ切ってベットに叩きつけた。
それから彼女から電話は何度もくれたが、全て拒否した。何故だかは分からない。
たぶん嫌な気配が感じ取れたのだと思う。代わりに送られてきたのは、相次ぐ仕事のキャンセルのメールだった。
次第に真っ白になっていくスケジュールに相反して私の精神は黒ずんでいった。
みるみると足場が崩れていく感覚におちいった。解雇通知がきた時には心がポッキリ折れていた。
もう詩織はマネージャーではない。なのに袂を分かった元マネージャーは何しに此処へ来たのか?
奈落に落ちた私を嘲笑いに来たのか、それとも悲観な目線で哀れんでいるのか?
いやいや。みなみは首を左右に振って、含んだ笑みを浮かべた。彼女はそんな軽薄な人間ではない。
今まで共に過ごした日々を思い返せば、人となりなど十分に熟知しているはずなのに、
懐疑的思考に陥ったのは私が歪んだ思想だからなのか、それともなったのか?
詩織はただ単に元マネージャーとして鍵を返すついでに、様子を見に来ただけのはず。
そして部屋に上がったら、電気もつけずに抜け殻のように縮こまってる私を見て驚愕し、心配になった。
元所属タレントのよしみで、なんとか元気付けようと思い料理を振舞って、明るく接したのだろう。清濁併せ呑む彼女が看過できない状況だったのだと思う。
私が飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進できたのも、ひとえに詩織の敏腕なマネージング力で、尽力してくれたからこそだと思っている。
今までは自分のことで一杯一杯だったので、こんなこと考える余裕も無かったが、ここ最近自分の人生を振り返り、気づけなかった事が沢山あったとしみじみ思う。
後で詩織に感謝の意を伝えよう。
照れ臭さなどかなぐり捨てて、真正面に。ふと湯船の方へ目線を配る。
揺蕩ってる湯気を見て、自分の感情とリンクしてるなと、鼻で笑った。
今後を左右する占いの類に見立てて、両手を合わせて目を瞑った。
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