第10話

パラレルワールドで放任していた意識が現実世界に戻ってきた。

気づいたら眠っていたようだ。座ったまま寝たせいか身体の節々に痛みが出てきている。


浅い睡眠だったのか頭痛もした。満身創痍だが気持ちは少しだけ晴れた気がする。

伸びをして身体をほぐし骨を鳴らしていた時、ある違和感を覚えた。

いい匂いがする。砂糖とみりんを煮込んだような食欲をそそる甘い香りが鼻先をくすぐった。

まさかと思いつつ、イヤホンをぞんざいに取り外す。



換気扇のモータ音や調理器具の擦れる音が、一人暮らしのキッチンから聞こえて来た。

疑惑が確信に変わった。


寝起きの体に鞭を打ち音のなる方へ向かうと、見慣れたカジュアルなスーツの女が、お玉で鍋の具材を掻き回していた。


「何してんの詩織?」驚いたよりは呆れたような口ぶりだ。


「肉じゃが作ってんのよ。あんた好きだったでしょ?」


神崎 詩織は平然と答えた。不法侵入者とは思えない、まるで長年のルームメイトを思わせる佇まいである。


「肉じゃがは匂いで気づいたわよ。なんでここにいるかって聞いてんの」


「合鍵は私が管理してるからねー。自由に出入り出来んのよ」


詩織は空いてる手をポケットから出して、ヴィトンのキーケースをみなみに見せつけるように上下に振った。


その光景を呆然と眺めたみなみは頭を抱えた。話の通じなさに目眩が起きそうだ。

もしもの為に信頼してるマネージャーに渡したスペアキーだったが、激しく悔恨した。ひと息ついて言葉を発する。


「そうじゃなくて」ここに来た理由をと、尋ねようとしたところで横やりに遮られた。


「あんた顔がやつれてるじゃない。目も充血して真っ赤だし。髪も艶がなくてボサボサだわ。まだ料理が完成するまで時間かかるから、その間にシャワー浴びてらっしゃい」


詩織が顔を覗きこんで発した言葉にハッとなって自分の頬を触った。

言われてみればザラつきがあるかもしれない。

最近の睡眠不足とストレスのせいで、もろに肌のダメージが蓄積されたのだろうか。


「そうね。ちょっと浴びてくるわ。話はその後にしましょう」

肌の劣化にショックを受けたのだろうか、みなみの声音はいつもより覇気が無かった。

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