第19話 イキリ陰キャVS高スペックチー牛

 バランススクーターを思う存分楽しんだ俺達は、再び休憩所へと戻ってきていた。

 最初こそふらふらで危なっかしい風鈴だったが、最後の方はコツを掴めたのか前方向に進むくらいなら問題ないほどに上達した。


「やー、主税もくるみんもすごかったね!」

「あんなスピードでバランススクーター乗り回せるのは君達くらいなんじゃないかな?」

「たかが時速十キロ程度で大袈裟だよ」


 スノーボードなんてコースが広くて人がいなければ時速八十キロくらい出すときだってあるのだ。それに比べれば大したことはない。


「いやいや、足元に板しかないのにあのスピードは怖いから!」

「そういうもんか」

「友田君はスピード狂だから感覚壊れちゃってるんだよ」

「乾さんも人のことは言えないと思うけどね……」


 乾もスピードを出す俺に追走するようにバランススクーターを乗り回していた。

 そのときの表情は教室で笑顔を振りまいているときよりも眩しく見えた。


「次、何して遊ぼっか」

「あれなんかいいんじゃないか?」


 俺はちょうど目に入ったトランポリンのエリアを指さす。

 みんなでわいわい跳ねたら楽しそうだと思ったから、トランポリンをやってみたくなったのだ。


「トランポリンなんてあるんだね」

「浦野君知らなかったの? ここのトランポリン、みんなでジャンプした瞬間とか撮ったりするんだよ」

「ハエってやつだね」

「映え、ね」


 浦野は不思議そうにカラフルなトランポリンを眺めていた。浦野も俺と同じでアミューズメント施設には疎いのかもしれないな。


「げっ」


 エリア内に入ると、そこには先客がいた。


「友田じゃねぇか」

「飯盛達もこっちでデートしてたのか」


 トランポリンのエリアには飯盛、真狩に加えて彼らのペアである元野木亜美もとのぎあみ加賀美綾瀬かがみあやせがいた。

 飯盛は陸上部、真狩はソフトテニス部なのに対して、ペアの二人は二人に合わせてそれぞれの部活のマネージャーになっていた。外見も二人に合わせて髪を染めたり、ややギャルよりになっている、

 普段から騒いでいる二人の横で合わせて笑っている姿をよく見るが、果たしてうまくいっているのだろうか。


「まあな。デートと行ったらグラゼロだろ」

「むしろそれ以外どこ行くんだよって話だよな」


 いや、水族館とか動物園とか選択肢は多いと思うが……。


「まあ、学生のデートじゃ定番っちゃ定番か」

「そういうことだ。脱チーしただけあってわかってきたじゃねぇか」


 自分達のことは棚に上げて飯盛は嘲るように笑った。

 その言葉に風鈴がむっとした表情を浮かべて前に出ようとするが、俺はそれを手で制した。

 ここで変に争って飯盛達と溝を深めるのは得策ではない。


「何が脱チーだよ。まだまだ心のチーズは溶けてないぞ」

「あっはっは! 心のチーズって! 何、溶けたらチーズフォンデュでもすんの!」

「確かに! 言動とか動きはまだまだチー牛だもんな!」


 俺の言葉に飯盛達は爆笑する。

 優位に立っていると思っている相手が下手に出てきたら楽しいだろう。気持ち良くなってもらえばこの場は穏便にやり過ごせる。こちとら自虐ネタは得意分野なのだ。


「ねぇ、そういうのよくないと思う」


 しかし、ヘラヘラと愛想笑いを浮かべる俺の前に乾が出てきた。


「そうやって人を見下してバカにするのダサいよ」

「別に見下してなんてないって」

「言っとくけど、あなた達よりも友田君の方が数十倍もすごい人だからね」


 どうやら乾は俺が見下されている状況が気に食わなかったようだ。その気持ちは正直めちゃくちゃ嬉しい。

 しかし、この場においては言いたい奴には言わせておくのが最適解だった。


「いやいや、胡桃ちゃん。こいつ授業中に大したことない質問したり鬱陶しいっしょ?」

「この前なんてリーダー面して偉そうに発言しちゃってたしな」

「それは今後に関わる大事なことだったからだよ。むしろ、上辺君や風見さんが退学になってヘラヘラしているあなた達の方がおかしいと思う」


 乾は飯盛達を真っ直ぐに睨みつけて告げる。


「細かいことに気づいてクラスのために動こうとしている友田君をバカにする権利はあなた達にはないよ」

「黙って聞いてりゃ随分と言ってくれるじゃん」


 飯盛達の目が細められて俺を見据えてくる。

 乾は普段から誰にでも愛想が良い。そのこともあってか、飯盛達は直接乾に敵意を向けなかった。

 ヘイトは自分達よりも評価される俺に向くというわけだ。


「だったら、勝負しようぜ」


 飯盛はニヤリと笑うと、足元のトランポリンを指さした。


「トランポリンで先に倒れた方が負け。直接的な妨害はなしだ」

「待ってくれ。勝手に話を進めないでくれ」

「おっ、逃げんの?」


 俺は慌てて二人の間に割って入るが、それを見て飯盛は楽しげに笑っていた。


「そうじゃない。俺が勝負を受ける理由がないってだけだ」

「はいはい、チー牛は逃げるための言い訳が上手ですねー」


 ダメだ。こいつ話を聞く気がない。

 後ろにいる真狩達も俺達を見下したように笑っていた。


「乾、何で飯盛達を挑発するようなこと言ったんだよ」

「挑発? 私は事実を言っただけだよ」

「それが挑発っていうんだよ」

「別に友田君なら惰性で部活やってるだけの人に負けないでしょ」


 乾の言葉に飯盛達のこめかみに血管が浮き出る。煽り耐性なさ過ぎだろ。


「へぇ、面白そうじゃん。やってみろよ」

「っしゃ、俺動画撮っておくわ!」


 向こうは完全にやる気だ。

 こうなったら適当に負けてこいつらの溜飲を下げるしかないだろう。

 勝てば劣等感を拗らせたこいつらは俺を敵視してくる。それは浦野の言ったクラスの中心になる計画にあたって避けたいのだ。


「せっかくだし、ペアでやろうよ」


 負ける気満々だったというのに、飯盛のペアである元野木が余計なことを言い出した。


「いいねぇ! 亜美も運動神経の良さを見せてやれよ!」

「おい、風鈴を巻き込むなって」

「いいよ、あたしもやる」


 俺が一人で恥をかくならばいいが、風鈴に恥をかかせるわけにはいかない。

 そう思っていたら、思いの外風鈴はノリ気だった。


「勝負とか燃えるじゃん。主税、やっちゃおうよ」

「いや、風鈴は運動苦手だろ」

「トランポリンの上で跳ねるくらい平気平気」


 さっきのバランススクーターでの出来事を思い返すと不安しかないが、場の空気はでき上がってしまっている。

 これはさすがに乗らざるを得ない。


「わかった。でも、あくまでもゲーム的な感じのノリだからな? あんま本気になるなよ」

「はいはい、保険乙」


 ムキになって怪我をしないように注意すると、飯盛はニヤニヤと笑っていた。

 全く、面倒臭い奴である。


「んじゃ、スタート!」


 いくつかに区分けされたトランポリンのエリアで俺達はジャンプを始める。

 このトランポリンは競技用などでトランポリンよりは反発が控えめだ。天井もそこまで高いわけでもないし、無茶をするバカが出ないためだろう。


「うい、うい!」


 飯盛は俺を煽るように目の前で飛び跳ねている。俺は特に反応するでもなく無表情で跳ねていた。


「ほらほら、多々納さん! ジャンプ力足りないんじゃないの?」

「うわっ」


 元野木は意地の悪い笑みを浮かべると、風鈴と同じエリアのトランポリンを力強く踏みつける。

 バランスを崩した風鈴は逃げるように隣のエリアのトランポリンに飛び移る。


「そらよ!」


 そこにすかさず、標的を変えた飯盛がタイミングをズラして踏み込む。


「ぐえっ」


 結果、風鈴はそのまま体勢を保てずに転倒してしまった。


「風鈴、大丈夫か?」

「ちょっ、これ、待って! カラコン外れた!」


 風鈴が転倒したというのに、飯盛も元野木も跳ねる勢いを弱めない。そのせいで何度も風鈴はトランポリンに叩きつけられた。


「おい、二人共! 風鈴がコケたんだから一旦止まれよ!」

「悪い悪い、早過ぎて止まれなかったわ」

「あはは、多々納さんって運動神経悪いね。だっさー」


 飯盛と元野木の様子を見て理解する。

 この二人はわざと跳ねるのをやめなかったのだ。


「うー……カラコン潰れた……」


 風鈴は泣きそうな顔でエリアの外に出て、持ってきていた眼鏡をかける。どうやら普段は度入りのカラーコンタクトをしていたようだ。


「さ、第二ラウンド始めようぜ」

「ああ、そうだな」


 普通に楽しくみんなで跳ねていれば楽しく過ごせたというのに、こいつらは人を見下したり嘲笑ったりしなければ気が済まないのだろうか。

 元野木がペアで勝負しようと言ったのも、風鈴の運動神経の悪さを知っていたからこそだろう。

 この勝負、俺が勝てば角が立つだろう。

 だが、泣きそうな顔をしている風鈴を見て、黙っていられるはずもなかった。


「スタート!」


 風鈴を抜いた三人の状態で勝負が始まる。


「追い詰められたな友田」

「別に」


 殴りたくなるような笑みを浮かべる飯盛に対して俺は無表情を貫く。


「強がるなってー」

「いや、トランポリンとか乗り慣れてるし」


 斜め後ろに元野木が来ていることを確認すると、俺はタイミングを合わせてバク宙をした。


「きゃっ!?」


 突然目の前に俺がバク宙をしながら現れたことで、驚いた元野木が転倒する。


「ほら、これでイーブンだろ」

「いや、えっ、待って……今、お前バク宙した?」


「別にルール違反じゃないよな。直接的な接触もしていない」


「そうじゃねぇよ! 何でお前みたいなチー牛がバク宙できんだよ!?」


 飯盛は焦ったように叫ぶ。確かに俺のようなどこにでもいるタイプの量産型チー牛だった奴がバク宙なんてできるとは思わないだろう。


「俺、スノーボードのオフシーズンはトリックの練習のためにトランポリン使って練習してたんだよ」

「なっ……」

「さすがにこの反発力じゃバク宙一回が限度だけどな」


 俺は飯盛を睨みつけて告げる。


「さ、第三ラウンドと行こうぜ」


 最後の勝負は一瞬で方が着いた。

 タイミングをズラしてバク宙を決め、思いっきり近くの地面をへこませればリズムは狂う。案の定、バランスを崩した飯盛は転倒した。

 勝負に負けて唖然とする飯盛達は捨て置き、一目散に風鈴の元へと向かう。


「風鈴、大丈夫か?」

「うん……その、カラコン付けてないし、眼鏡だし、あんま見ないで……」


 風鈴は乾の背中に隠れて恥ずかしそうに縮こまっていた。

 彼女本来の黒目と眼鏡姿が相まって新鮮さもあったのだろう。

 俺はその姿がいつも以上に可愛く見えてしまった。


「ほら、勝者の友田君を労ってあげないと!」


 乾は楽しげに笑うと、風鈴を背中を押した。


「わっ!」

「ちょっ!?」


 急に押された風鈴は俺の胸に寄り掛かるような体勢になった。


「はい、チーズ!」


 その瞬間、乾がカメラのシャッターを切る。


「あとで送っておくねー」

「乾、お前なぁ」


 俺はこの騒動を引き起こした乾に恨みがましく視線を向ける。

 飯盛達も大概だが、今回の一件は乾も悪い。

 むやみやたらに飯盛達を煽らなければ、風鈴がこんな目に遭うこともなかっただろうに。


「ごめんね。私が変にムキになったせいで巻き込んじゃったね。多々納さんもごめんね?」


 恨みがましく睨んでいると、乾は申し訳なさそうな表情を浮かべた後、深々と頭を下げてきた。


「あたしはいいって、結果的に主税のカッコイイとこ見れたし!」

「ま、俺のために怒ってくれたんだから文句はないけど」


 何かと俺のことを引っ掻き回す乾だが、そこに悪意はないのだ。


「それじゃ、気を取り直してデートの続きといくか」

「えぇ!? あたしカラコンしてないし眼鏡なんだけど!」


 デートを続行しようとすると、風鈴が露骨に嫌そうな顔になる。

 万全の状態で外にいたくない風鈴の気持ちはわかる。だからこそ俺は続ける。


「別に場所を変えちゃいけないなんてルールないだろ?」

「へ?」

「いつもみたいに俺の部屋で仕切りなおそうぜ。ほら、お家デートってやつだ」


 部屋の中なら見た目を気にする必要はない。

 俺の言葉に最初はポカンとしていた風鈴だったが、俺が何を言っているのか理解できたのか楽しげに笑い始めた。


「あははっ、まさか主税からお家デート提案されるとは思わなかった!」

「悪かったな……」

「ううん、違う違う。嬉しいの。あたしもそれがいい」


 こうして俺達は場所を変えて今日の残りのデートを楽しんだ。

 後日、返却されたレポートの評価はほぼ満点であるS評価だった。

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