第18話 デート実習

 週に一回の恋愛実習の授業。

 実習と銘打っていることもあり、恋愛実習の授業は座学よりも実践的な内容が多い。


「今日の授業では〝デート〟をしてもらいまーす」


 デートと聞いて、教室内が少しざわつく。

 これまで会話の練習や心理学の座学などの友達作りにも応用できる内容はあったが、ここまで男女の関係を意識させるような内容はなかったのだ。


「今回はそのまま放課後にデートを続けても良いように帰りのHRは省略しまーす。気兼ねなく青春しちゃってくださーい。場所は今から話し合って決めてもらいまーす。デートのレポートは明後日までに提出してくださいねー」


 最近では、一年生でも放課後にペアで出かける者も増えてきている。

 一歩間違えれば退学という危機感から真面目に取り組んでいる内にペアと打ち解けてきた。ある種の吊り橋効果的な作用が働いているのだろう。

 吊り橋効果には持続性がなく一過性で終わるとも言われているが、それをきっかけに恋愛感情に発展させることも可能だ。


「で、どうするの主税?」


 果たして俺は風鈴とそういう仲になるのだろうか。いまいちビジョンが湧かない。


「前は俺の買い物に付き合ってもらったからな。今度は風鈴の行きたいところに連れて行ってくれないか?」

「わかった。じゃあ、お言葉に甘えよっかな」


 風鈴は俺の提案を二つ返事で了承してくれた。

 学園の敷地内にはショッピングモールの他にもたくさんの娯楽施設がある。

 恋愛が必修科目というだけあって、青春できる場所は十二分に供給されているというわけだ。


「やっぱデートと言ったらグラゼロっしょ!」


 GROUND ZERO。通称、グラゼロ。カラオケ、ボーリングだけでなく様々なスポーツが楽しめるアミューズメント施設だ。

 中高生に爆発的な人気を誇るこの施設は文字通り〝爆心地〟と言えるだろう。

 今日に関しては、授業中のため比較的空いている方だ。


「グラゼロか、初めてきたな」

「えー、意外! 昔の話聞いてる感じ、主税ってこういうとこ好きなイメージあったんだけど」

「興味はあるけど、アクティブな友達は少なかったんだよ」


 俺が友人と遊ぶときは決まって秋葉原や池袋でアニメグッズを見たりする流れだったのだ。


「じゃあ、グラゼロデビューだね!」

「公園デビューみたいに言うな。別にそんなワクワクしてないっての」


 イヤッフゥゥゥ! グラゼロだぁぁぁぁぁ!


 嘘です。本当はめちゃくちゃワクワクしています。

 ただ子供みたいにはしゃぐのはみっともない。

 ここは高校生らしく表向きは冷静にいこう。


「なあ、風鈴! 次はダーツいこうぜ!」

「いいね! 負けないよーん」


 無理だった。

 いや、だってこれ楽しいもん。

 可愛い女子と一緒にアミューズメント施設でデート。こんな絵に描いたような青春イベントが楽しくないわけがない。

 あれもこれもと一通り遊び尽くすと、俺は風鈴が薄っすらと汗をかいていることに気がついた。


「風鈴、遊びっぱなしだったし少し休憩しよう」

「うん、あたしも疲れたし賛成!」

「ちょっと待っててくれ」


 休憩スペースにあるベンチに風鈴が腰掛けたことを確認すると、俺は近くの自販機で飲み物を購入する。


「ほい、コーラ」

「あ、ありがと……」


 炭酸飲料なので投げたりせずに手渡しすると、風鈴はおずおずとコーラを受け取った。


「何であたしがコーラ飲みたいってわかったの?」

「わかったっていうか、風鈴って体育の後はいつもコーラ飲んでるだろ? 運動した後は炭酸飲みたいタイプだと思ったからさ」


 普段はお茶やミネラルウォーターなどの甘くない飲み物ばかり飲んでいる風鈴だが、汗をかいた後は決まって甘い炭酸飲料を好んで飲んでいた。

 本当は何が飲みたいか聞いた方が良かったのだが、それを聞くと風鈴は決まって遠慮する。


「てか、お金」

「ジュース代くらい気にすんな」

「するし。また奢られた……」


 ぐぬぬ、と声を漏らしながら風鈴は頬を膨らませた。

 楽しい思いをさせてもらっているのだ。これくらいはさせて欲しい。というか、こうでもしないと申し訳なさが勝ってしまうのだ。

 一方的な施しは時として苦しいものになる。俺はそれが嫌なだけなのだ。


「主税、何か変わったね」

「変わったって何が?」

「いろいろ気づいてくれるようになったなーって思ってさ」


 まるで子供の成長を喜ぶ母親のような表情を浮かべると、風鈴はコーラを一気に飲み干した。


「っぷはぁ! ごちそうさまでした!」


 実に気持ちの良い飲みっぷりである。見ているこっちまで嬉しくなってしまうくらいだ。


「そういえば、これも授業だからあとでレポート書かなきゃいけないんだよな」

「二枚以上写真が必要なんだっけ」


 今回のデートではレポートに写真を添付しなければいけない。

 笑顔のツーショットが二枚以上必要とか、なかなかにハードルが高い課題だ。


「んじゃ、ツーショット撮ろっか」

「ちょっ」


 どうしたものかと思案している間に、風鈴はいきなり立ち上がって俺に肩をくっつけて写真を撮ってきた。


「はい、チーズ!」


 カシャ、と無機質な音が鳴る。〝はい、チーズ〟という言葉に複雑な心境になってしまうのは俺がまだ脱チー牛できていないからだろうか。

 風鈴のスマートフォンの画面には、笑顔でウィンクをする風鈴と引き攣った笑みを浮かべた俺が写っていた。


「主税、表情硬いよー」

「いきなり撮ったらこうなるだろ」

「じゃ、もっかい!」


 それから何枚か撮ったが、結局俺は全ての写真で気持ちの悪い笑みを浮かべる結果となってしまった。


「うーん、やっぱ主税が自然に笑ってるときにさりげなく撮らないとダメそうだね」

「悪い……」

「すぐ謝らないの! 主税が写真撮り慣れてないのはあたしだってわかってるんだから。一回写真のことは忘れて楽しも?」

「……そうだな。ありがとな、風鈴」

「いいってことよ!」


 風鈴はいつだって俺の心の靄を吹き飛ばしてくれる。

 今こうして俺がこの学園に残っていられるのだって風鈴のおかげだ。

 俺は彼女の力になれているのだろうか。いや、なっていかなければいけないのだ。


「よし! 次はバランススクーターやろうぜ!」

「オッケー! スノボで鍛えた体幹見せてよ!」

「任せろ、体の柔らかさと体幹にだけは自信があるんだ」


 俺達は受付で装備の借用書に記入すると、バランススクーターのエリアへと向かう。

 バランススクーターは車輪の着いた小さな板の上に乗っかり、体重移動で操作する乗り物だ。感覚としてはセグウェイの持ち手がないバージョンといったところだろう。

 ヘルメットやプロテクターを装備すると、俺は意気揚々とバランススクーターに乗る。


「うおっ、何だこれ!」


 重心を前に傾ければ前進し、後ろに傾ければ後退する。

 頭でわかっていても未知の感覚にさすがに戸惑った。


「おお! 結構スピード出るな!」


 それでも少し動かせば感覚は掴める。体重移動だけでスピードや向きが変わる感覚はスノーボードと近いようでどこか違い、俺にとっては親しみやすさと新鮮な楽しさを兼ね備えた感覚だった。

 本体が重いからトリックなどはできないが、これはこれで楽しい。


「風鈴! 楽しいぞこ、れ……」


 興奮気味に風鈴の方を振り返ると、風鈴はふらふらとした落ちる寸前の上体でバランススクーターに乗っていた。


「おっと……うわっ、急にスピードが!?」

「危ねぇ!」


 重心が急に前に傾いたせいか、風鈴を乗せたバランススクーターはいきなりスピードを出して走り出した。

 俺は即座に方向転換して風鈴の進行方向へとバランススクーターを走らせる。


「よっと」

「ひゃ!?」


 俺は今にも倒れそうな風鈴を抱えてバランススクーターから降りる。間一髪だったな。


「大丈夫か?」

「あ、ありがと……あの、さ……その……」


 珍しくもごもごと言い淀んでいる風鈴に俺は怪訝な表情を浮かべる。

 どうしたのだろうか。耳まで真っ赤である。


「とりあえず、怪我とかしてないか?」

「う、うん、大丈夫……」

「それなら良かった」


 怪我がないに越したことはない。ヘルメットやプロテクターをしていても打ちどころが悪ければ大怪我に繋がりかねないからな。


「あー! もう!」


 俺がほっとしていると、顔を真っ赤にした風鈴はやけくそ気味にスマートフォンを取り出した。


「はい! チーズ!」


 唐突に撮られる一枚の写真。そこには顔を真っ赤にしながらも笑顔を浮かべている風鈴と、安堵の笑みを浮かべている俺が写っていた。

 その画面を見て俺はようやく自分達が今どんな体勢になっているのか気がついた。これは所謂お姫様抱っこというやつである。


「うわあああ!? 悪い! 今降ろすから!」


 俺は慌てながらも丁寧に風鈴を降す。


「その、特に下心があったわけじゃなくて、必死だったというか、風鈴が怪我したらやばいと思って無我夢中だったというか……!」


 うまく言葉がまとまらない。

 いきなりお姫様抱っこはまずい。顔近いし、胸なんて当たっているどころの話じゃなかった。

 さっきの反応から怒っているのではないかと恐る恐る風鈴の方を見てみる。


「ぷっ……あははっ!」


 すると、パニックになって言い訳を並べ続ける俺に対して、風鈴は心底楽しそうに笑っていた。


「主税、運動神経ヤバすぎだし! あたしなんて立ってるのもヤバイのに、暴走するあたしに追いついてお姫様抱っこで救出とかヒーローじゃん!」

「へ?」

「てか、見てこの写真! あたし顔赤過ぎてウケるんだけど!」


 そう言って風鈴は笑いながらさっきの写真を見せてきた。


「怒ってないのか?」

「は? 何で? 普通に助かったし、めっちゃカッコ良かったけど?」


 何故かキレ気味にそう返されて困惑してしまう。


「と、とにかく、怪我がないならそれでいいんだ。うん、良かった良かった」


 怪我もなければ、風鈴も怒っていない。それならば何の問題もない。


「ひゅーひゅー、熱いねぇお二人さん!」


 俺はほっと胸を撫で下ろしていると、いつの間にか乾が近くに立っていた。


「乾、いつからそこに」

「友田君がカッコ良く多々納さんを救出するとこから」

「僕もいるよ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべている乾の後ろには、苦笑している浦野もいた。


「浦野君達もグラゼロデート?」

「まあ、そんなところかな」


 この二人が一緒に遊んでいるところなど見たことがなかったため、こうしてアミューズメント施設に一緒にいるのは違和感がすごい。


「よっと」


 そんなことを思っていると、乾は軽快な足取りでバランススクーターに乗り始める。

 風鈴と違って乾は華麗にバランススクーターを乗りこなす。


「浦野君も乗りなよー!」

「くるみん、すごい……」


 立っていることすら危うかった風鈴は唖然とした表情でバランススクーターを乗り回す乾を見ていた。


「風鈴、俺が支えるから練習しよう」

「えっ、いいの?」

「ああ、二人で乗れた方が楽しいからな」


 俺の言葉に、ぽかんとしていた風鈴は段々と口元を緩ませていき満面の笑みを浮かべた。


「ふふふっ、ありがとね!」


 その笑みを見て俺は心の中で思う。

 好きになったのが風鈴だったら良かったのに、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る