第17話 勉強会はただのおしゃべりになりがち
俺は意気込んでいた。
ペアである風鈴の学力を底上げして何とかしよう。そんな風に考えていたのだ。
しかし、それは間違いだと気づかされることになる。
「主税、ここの答え間違ってる」
「えっ、マジか? そこ自信あったのに」
「何でこんな滅茶苦茶な途中式から解が出てくるの……」
風鈴は理解できないという様子でこめかみに手を当てていた。
その姿からはいつのも明るく元気なギャルと違って知的な雰囲気が漂っている。
「てか、解を代入したら成り立たないことくらいわかるんじゃない?」
「そこはほら、問題が何かの手違いでそうなってるとか」
「手違いじゃなくて、シンプルに主税が間違えてるだけじゃん……」
勉強が苦手そうな風鈴に勉強を教えるつもりが、いつの間にか立場が逆転していた。
そもそも風鈴が勉強は苦手だという認識が間違いだった。
さっきまでやっていた英語の問題集では、全問正解していたうえに問題を解くスピードも俺の倍以上だったくらいだ。
「風鈴ってどのくらい勉強できるんだ?」
「あんま周りと比べたことないからなー」
風鈴は困ったように笑っていた。
これはアレだ。勉強できる奴に限って「全然ダメだったよー」って言って高得点取るやつだ。
「でも、家だといつも怒られてたよ。こんな点数で満足するな。風鈴ならもっとやれるって感じでね」
「どこの家もそんなもんだろ。勉強なんて社会に出て役に立つわけでもないのに、何で親はあそこまで点数に固執するかねぇ」
「いや、主税は心配されるレベルだと思うよ」
冷静に突っ込まれてしまった。しかも俺の場合、幼馴染が同じ学校に通っていたこともあって、親経由で成績が伝わる始末だ。怒られる勢いも二倍増しである。
「勉強なんて最低限できればいいと思うけどな。どうせ社会に出たらこんなの役に立たないんだから」
「それはあたしも思うけど、与えられた課題に対して最低限しか出せない人間って社会じゃ重宝されないんじゃない?」
「うぐっ……」
一瞬で論破されて言葉に詰まる。風鈴の言っていることはもっともだった。
「てか、そんなに勉強できるなら推薦なんて受けなくてもいいとこ行けたんじゃないか」
「名門校に入るために受験するのと、名門校からきた推薦状。どっち取る?」
「推薦だな」
「でしょ? それに全寮制ってとこが魅力的だったからねー」
風鈴は珍しく暗い表情を浮かべた後、力なく笑った。
どうやら家庭環境には踏み込まない方が良さそうだ。地雷の匂いがする。
「さて、結構勉強したから一休みするか」
「いや、まだ三十分しか勉強してないじゃん」
「人間の集中力なんて三十分が限界だって。ほら、集中力が落ちた状態で勉強しても効率悪いだろ?」
「集中してるのは問題解くときだけだと思うけど」
俺はもう集中するための糸が切れてしまっている。このまま勉強を続けたところで頭から抜け落ちてくのが見えているのだ。
なら、休憩する方が効率的だ。
「ま、いっか。勉強会なんて大体途中でただのおしゃべりになってるものだし」
「結局、浦野の言う通りになったな」
「主税がそっちの方向へ持っていったんじゃん」
風鈴は頬を膨らますと、紅茶のおかわりを注ぎ始める。
風鈴に任せっぱなしというのも悪いので、俺は冷蔵庫から適当な菓子を引っ張り出した。
それを摘まみながら、風鈴はいつもと変わらない調子で尋ねてきた。
「主税ってさ、昔はクラスの中心にいたりした?」
「どうしてそう思うんだ」
「んー、授業でも結構積極的に質問したりするし、今日の演説とか見て何となく」
風鈴の様子を見ていると、本当にただ疑問に思っただけのようだった。
特に隠すようなことでもないので、俺は素直に話すことにした。
「中心かどうかはわからんけど、友達は多かったぞ。昔はそこそこ注目されたしな」
家族ぐるみで運動する機会があっただけに、昔は運動神経が同年代の者よりも良かった。
それに人の都合を考えない身勝手さもあの頃はプラスに働いていたのだろう。俺が遊びに誘えば断る奴はいなかった。
「あと小学校の頃は目立ちたがり屋でもあったからな。とにかく周りを引っ張っていきたいタイプの男子だったよ」
「じゃあ、結構モテたんじゃない?」
「どうだろうな。あの頃は好きだった幼馴染のことしか見てなかったから、他は女子として見てなかったまであるし」
好きな人がいたせいか、俺は他の異性のことは同性と同じように接していた。
「バレンタインだって俺だけがもらうなんてことなかったし、本命が混ざってたかどうかなんてわからない。気にしてなかったしな」
「そういうもんかねぇ」
風鈴は不思議そうに首を傾げる。
そんなに珍しいことだろうか。
「そんなに友達いたなら中学のときだってクラスの中心にいれたんじゃないの?」
「いろいろあってな。俺は中学の入学式からしばらく学校休んでたんだ。それで人間関係の構築に失敗した。それがきかっけだったんだろうな」
中学に上がり、新たな人間関係の構築が始まる。
そのときに俺は出遅れたし、その頃には新たな友人を作る気力も失っていた。
結果、教室で一人取り残される孤独な学生が始まった。俺にようやく友達ができたのは中学二年生になって、オタク趣味に段々と染まり始めた頃だった。
「でも、小学校のときの友達もいたんでしょ」
「俺の地域は受験組が多くてな。そのまま地域の中学に行く奴は少なかったんだ」
「それでも、半分くらいはいるでしょ」
「それは……」
風鈴の指摘に言葉が詰まる。
風鈴の言う通り、小学校のとき友達だった奴らもいた。
だが、そいつらから俺に話しかけてくることはなかった。
「はぁ……話しかけづらかったんだろうよ」
「何で?」
「俺、昔はスノボの大会のジュニア部門に出てたんだ。そこで派手に転けて怪我をしたんだ。友達には楽勝で優勝できるってイキってた大会でな」
あの頃の俺は自信過剰とも言えるほど自信家だった。
周りなんて雑魚。俺に勝てる奴なんかいない。そんな風に意気込んで参加した大会で派手に転倒して入院。ダサいにもほどがある。
「幼馴染には『この大会で優勝したら中学から彼女な』なんて一方的に約束押しつけて、結果は怪我で入院。小学校のときの友達から腫れ物扱いだ。そんな状況で友達なんてできるわけないだろう?」
「それは、かなりキツイね……」
「あとは特に何もない。チー牛一丁上がりってわけだ」
無限に溢れてきた自信は枯れ果てた。
あのとき折れたのは足の骨だけじゃない。
スノーボードの技術、成績、運動神経、人間関係。
俺を支えていた全てのものがポッキリ折れてしまったのだ。
「ちなみに失恋したのはその後だ。泣きっ面に蜂ってやつだな」
「それで自分に自信が持てなくなっちゃったんだ」
「あと女子からもモテなくなったぞ」
「うまくないし、笑えないから」
風鈴はため息をつくと、呆れた表情を浮かべた。
「よくそれでスノボやめなかったね」
「ゲレンデを滑る感覚が忘れられなくてな」
冷たい風を切って滑走する感覚は嫌なことを忘れさせてくれた。
むしろ、現実が充実していなかったからこそ俺はスノーボードにのめり込んでいけた。
「風鈴はどうなんだ?」
「あたし?」
風鈴は意外そうに目を瞬かせて自分を指さす。
その後、嬉しそうにニヤァと笑うと揶揄るように言う。
「へぇ、あたしに興味あるんだ」
「相手に興味持てって言ったのは風鈴だろ」
「そうだったね」
少し考え込むと、風鈴は誤魔化すように苦笑した。
「あたしの過去なんて聞いてもつまんないよ」
「いいんだよ。俺が知りたいのは、風鈴がどういう人間かってことだからな」
恋愛実習のときの意趣返しとばかりにそういうと、風鈴は困ったように笑って言った。
「じゃあ、当ててみて」
「えぇ……」
「次の試験は相互理解でしょ。さあさあ、主税君はどれだけあたしのことを理解できているのかなぁ?」
茶化すように芝居がかった口調で風鈴はニヤニヤ笑っている。
しかし、それが無理に笑っているものだということは俺にも理解できた。
「そうだな。俺の印象的に風鈴は良いとこのお嬢様だったとか?」
見た目は絵に描いたようなギャルだが、風鈴の所作からは育ちの良さが窺える。
人と話すときにスマートフォンを触らなかったり、食べ方が綺麗だったり、相手を気遣って会話をしたり、マナーの面だけでもあげればキリがない。
それに加えて勉強面でも風鈴はかなり頭が良いこともわかった。
それだけで決めつけるのもどうかとは思うが、先程の家のことを話したがらなかったとこからも、彼女が躾けに厳しい家庭で育ったと考えるのは自然なことだった。ギャル化はその反動の可能性が高い。
「どうだ、当たってるか?」
「さあ、どうでしょう?」
「おい、それはなしだろ」
結局はぐらかされてしまい、風鈴の過去を知ることはできなかった。
きっと俺はまだ信頼できる人間になれていないのだろう。
だったら、風鈴が信頼できるような人間になるだけだ。
俺は覚悟を新たに、情けない自分から変わっていこうと心に誓った。
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