第8話 中身がしっかりしてれば見た目も整う

 眼鏡のフレームは結局選ばなかった。

 風鈴は一緒に選ぶと言ってくれたが、コンタクトにした方が風鈴の時間を取らなくて済む。

 俺自身、スノーボードをするときはコンタクトを付けるため、わざわざ眼科で診察を受けて処方箋をもらう必要はない。

 ただワンデイのコンタクトは日常的に使うにはコストパフォーマンスが悪い。

 洗うのも面倒なので、付け置きタイプの洗浄剤とツーウィークのコンタクトを購入した。


「眼鏡やめちゃって良かったの?」

「別にいいよ。正直、雨降ったときとか、ラーメン食べるとき不便だったし、毎日コンタクトにするのが面倒臭いから眼鏡にしてただけでこだわりはないからな」

「思ったけど、主税ってかなり面倒臭がり屋だよね」


 俺の言葉に風鈴は苦笑する。

 その様子がお洒落に気を遣わない自分を責められているようで、少しだけ腹が立った。


「風鈴だって興味ないことに一生懸命にはなれないだろ?」

「それはそうだけど」

「それと一緒だ。俺は自分磨きってものに興味がない。どうせ磨いたところで大したものにはなれないんだ。そんなことに時間を費やすだけ無駄だ」


 俺が誰かに選ばれることなんてない。自分の身の丈は自分が一番よくわかってるのだ。


「別に誰かと競ってるわけじゃないんだから……」

「自分にそのつもりがなくても周りは勝手に比べるだろ」


 昨日の蒲生達だってそうだ。

 相手がいないからって、ペアに対して言いたい放題だった。

 傍から見ていて、あのとき蒲生達はかなり人として醜かった。


「人は見た目じゃなくて中身なんだよ」


 結局、容姿なんてものに惑わされている内は人の本質など見えてこないのだ。


「主税の言いたいことはわかるよ。イケメンでもクズだったら確かに嫌だしね」

「だろ」

「じゃあ、さ。異臭を放っててボロボロの服を着た優しい人と、清潔感のある恰好したクズがいたらどっちと友達になりたい?」


 風鈴からの問いに、俺は言葉に詰まる。


「例えが極端すぎるだろ。そんなの誰だってクズを選ぶに決まってる」

「どうして? 人は見た目じゃないんでしょ」

「見た目じゃなくて、それは一緒にいるだけで不快なレベルだろうが。そもそも中身がちゃんとした奴がそんな恰好してるわけないだろ」


 風鈴の問いは一見、人の見た目か中身を取るかという問いに見える。

 しかし、この問いは本質的に矛盾がある。

 人に気を遣える優しい人間ならば、一緒にいて不快感を与えるようなことはしないという点である。

 常識のある者ならば、クズだろうと清潔感のある人間を選んで当然というわけだ。


「だよね。あたしもそう思う」

「引っ掛け問題かよ」


 まったく誘導尋問もいいところである。

 俺が内心呆れていると、風鈴は唐突に話題を変えてきた。


「主税って昔女子と何かあった?」

「何だよ急に」

「やたらと自分のこと卑下するからさ。ちょっと気になっちゃって」


 ちょっと気になって、という割に風鈴は真剣にこちらの方を見つめてきた。


「話したくないなら別に話さなくてもいいよ」

「……そこまで大した話じゃない」


 本当なら話したいことではない。

 だが、俺のことを知ろうとしてくれているのに、意固地になって黙るのは何か格好悪い気がしたのだ。

 だから、あまり思い出したくないことではあるが、素直に白状することにした。


「授業でも話したろ。疎遠になった幼馴染がいるって」

「うん、話を聞いた感じ昔はめっちゃ仲良かったんだよね」

「ああ、少なくとも俺はそう思ってた」


 今ではおそらく話もしたくないほどに嫌われているだろうけど。


「あいつと俺が疎遠になったのは俺のせいなんだ」

「どういうこと?」

「小学校低学年の頃は普通に接してたんだ。でも、高学年になると発育の良い子って割と女の子っぽくなるだろ」

「うん、そういう子もいるよね」

「俺の幼馴染は発育の良い方でさ。毎日サッカーやバスケして、男友達と同じように扱ってた奴が急に女の子っぽくなって、周りの連中も態度が変わったんだ。女子と仲良くするのはダサいっていうノリ?」

「あたしも小学校のときそんなノリあったわ。思春期特有のやつね」


 小学校高学年にもなると、男子も女子も第二次性徴が訪れる。

 俺の幼馴染は元々可愛い顔立ちをしていたことに加えて胸も大きくなり、今まで男子扱いしていた連中が掌を返したように女の子扱いし始めたのだ。


「俺は今まで通り接するようにした。登下校だって一緒にしたし、家で一緒にゲームだってした。でも、俺も結局はあいつを友達として見れなくなってたんだ」


 俺の行動はあいつからしてみれば気持ち悪かったことだろう。


「周りから『夫婦だー』って揶揄われたときも、表面上は怒りながら内心では喜んでたんだ。前に風鈴に言われたように視線だって胸や足ばっか見てたと思う。それでも、そいつとは仲良くやれてたと思ってたし、内心じゃ俺のことを好きでいてくれるもんだと思い上がってた。そんなことはなかったって思い知ったけどな」


 何故かあの頃の俺は、自分が中心に世界が回っていると思っているくらいには自信過剰だった。

 自分の思い通りにならないことはない。

 そんな風に思い上がっていたのだ。


「中学に上がってからは学校じゃ話さなくなった。昔みたいに俺の家にも来なくなったし、何となく避けられてるかなって思ったけど、たまに家に遊びに来たから嫌われてはいないと思ってたんだ」

「違ったの?」

「俺の家にあいつが来るときは従兄が遊びに来てるときだけだった」

「うわぁ……」


 風鈴は全てを察したのか、気の毒そうな表情を浮かべた。


「従兄は俺のできることは何でもできたし、見た目もイケメンだったよ。たぶん同い年だったとしても勝てる要素なんて一個もなかった。そんな従兄にあいつは惚れたんだ」


 幼馴染が従兄を見る目は輝いていた。まさに恋をしている目だった。

 それを見たとき、俺は自分がどれだけ思い上がっていたかを理解した。

 幼馴染は別に俺のことを好きじゃなかったし、俺も特別な人間じゃなかった。

 そのことを理解しただけなのだ。


「俺は自分がすごい奴で、何でもできるんだって思ってた。でも、それは勘違いだったんだよ。所詮、俺は人よりちょっと運動神経がいいだけのクソガキだったんだ」

「そっか、だからそんなに自分に自信が持てないんだ」

「そういうことだ。まあ、風鈴の退学もかかってるわけだし、恋愛実習には真面目に取り組むから安心してくれ」


 俺の意思でないとはいえ、人の人生までかかっている以上、手を抜くわけにはいかない。

 最低限、風鈴が指摘したことは素直に受けれて治すつもりだ。


「そんな、あたしのことよりも自分の心配しなよ」

「別に俺のことはどうでもいいんだよ。今日はありがとな、助かった」


 逃げるようにそう告げて俺は風鈴と別れた。今は一秒でも早く彼女の前にいたくなかったのだ。


 その夜、俺は枕に顔を埋め、黒歴史をかき消すようにうめき声をあげながら就寝した。

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