第9話 オシャレではなく身嗜み

 ここ数日、風鈴を見ていてわかったことがある。

 風鈴は人と話すときにスマートフォンを触らない。

 一人でいるときにスマートフォンをいじっている姿は見たことがあるが、そもそも一人になるときが少ないため、現代っ子とは思えないほどに風鈴はスマートフォンを使っていない。礼儀としては当たり前のようにも見えるが、今の時代にそれをできる者はなかなかいない。

 初めて会ったときとは印象がまるで違う。

 座っているときの姿勢もいいし、箸の使い方や食べ方だって綺麗だ。

 風鈴の所作からはどこか育ちの良さを感じるのだ。


「ねえ、主税。制服しわできてるけど、ちゃんとハンガーにかけてる?」

「部屋で脱いだら適当にそこらに放ってるけどダメなのか」

「えぇ……」


 風鈴は俺の発言に引いていた。

 それから咳ばらいをすると、俺に言い聞かせるように腰に手を当てて説教を始めた。


「あのね、制服は長い間着ることになるんだから、ちゃんとしないとダメでしょ」

「しわってそんなに気になるか?」

「だらしない人って思われるよ。実際、だらしなくても人前ではちゃんとしないと――って、何よ?」


 だらしない服装と言われて、目の前の風鈴を見てみる。

 胸元の見えるくらいにあけたブラウスに、丈の短いスカート。

 少なくとも制服については彼女には説教される言われはない。


「いや、制服そんな風に着てる人に言われてもなぁって思って」

「あたしのは〝着崩してる〟の。別によれよれの制服着てるわけじゃないから」


 確かに智位業学園の校則は緩いが、風鈴に服装を注意されるのはどうにも納得がいかない。


「お洒落と身嗜みは別でしょ」

「そういうもんかねぇ」

「無精ひげと整えて生やしてるひげじゃ印象違うでしょ?」

「まあ、それはそうだけど」


 風鈴の言うことにも一理はある。

 指摘された以上、女子目線で気になる状態にあるということだ。

 それならば改善しておいて悪いことはないだろう。


「正直、自分じゃわからないことも多いし、俺の気になった部分をまとめて教えてくれないか?」

「オッケー、結構キツイことも言うから覚悟しといてね」


 こうして、風鈴による俺の講評が始まった。

 放課後、風鈴は寮にある俺の部屋へとやってきた。


「うっ……!」


 扉を開けた瞬間、風鈴が顔を顰める。

 その反応だけで心が死にそうになるが、何とか堪えて彼女を部屋の奥へと通した。


「悪い、換気する」

「換気扇もつけていい?」

「頼む」


 俺が窓を開け、風鈴が換気扇を付ける。

 新鮮な空気が流れ、淀んだ空気が押し出されていく。


「いや………………ないわ」


 俺の部屋を見た風鈴は固まったまましばらく動かなかったが、やっとのことで声を振り絞ってそう呟いた。


「自分でもちょっと散らかってるとは思う」

「これでちょっと!?」


 俺の部屋は地面にペットボトルやビニール袋、脱いだ服が放置されていた。

 世間一般的に見ても散らかっている方ではあるだろう。


「いやいやいや! ちょっとってレベルじゃないから! まだ引っ越してから一週間も経ってないよね!?」

「二日目くらいにはこのくらいだったぞ」

「え、えぇ……」


 風鈴は理解できないものを見たかのように顔を青褪めさせていた。

 散らかっているという自覚はあったものの、どうやら予想以上に俺の部屋は非常識な状態だったらしい。


「……ごめん、さすがにこのままじゃ話どころじゃないし、部屋の片付けをさせてほしいんだけど」

「えっ、手伝ってくれるのか?」

「このままだとあたしがしんどいから」


 そう言うと、風鈴はテキパキと指示を出しながらも積極的に手を動かして部屋の片付けを手伝ってくれた。

 放置していた洗い物までやってくれ、また頭が上がらなくなってしまった。


「よし! やっと綺麗になった!」

「マジで助かった。ありがとな」

「いいのいいの。あたしがしたくてしたんだから」


 手をひらひらと振って答えると、風鈴は苦笑しながら告げる。


「一人暮らしだから雑になっちゃうのはわかるけど、散らかった部屋で過ごしてたら気分も落ち込むから、できるだけ片付けはした方がいいよ」

「それはわかってるんだけどな……」


 自分だけの空間。そう思うと、どうしてもいろいろと適当になってしまうのだ。


「嫌じゃなかったら、定期的にあたしがこよっか? そしたら、片付けようって気持ちにもなるじゃん」

「……お願いします」


 俺は別に自分の部屋に誰かがいて落ち着かないタイプではない。

 そのため、風鈴の提案はありがたく受け入れることにした。


「それじゃ、本題に入ろっか」


 風鈴はそう前置きすると、鞄からノートを取り出した。


「あたしなりに、入学してから今日までの主税の気になったとこを言ってくね」


 そんなこともしてくれていたのかと絶句する。

 風鈴の開いたノートにはびっしりと書き込みがされており、ところどころ色ペンも使って見やすくまとめられていた。


「まず、挙動不審すぎ。胸見るのやめてくれたのはありがたいけど、話してると視線があっちこっちに飛んでて話聞いてないのかなって思っちゃうよ」

「その、人の目を見て話すの苦手でさ」

「だったら、ここを見るようにしたら?」


 風鈴はそう言って自分の眉間を指さした。


「目が合うのが嫌なら、ここ見てればちゃんとこっちに意識を向けてるって思えるし、言いたいことも人に伝わりやすくなると思うよ」

「そんなに違うのか?」

「うん、大事なとこで視線を合わせるだけで自信があるようにも見えるもんだよ。主税がスノボの話をしてるときなんてガッツリ目を見れてたし、あたしも楽しそうだなーって思ったもん」

「なるほど、自分に自信がなくても形から入るっていうのも大事ってことか」

「そゆこと」


 俺の返事を肯定すると、風鈴は笑顔を浮かべて続ける。


「制服に関しては今朝言った通りだね。他にもだらしないって感じたとこで言うと、目ヤニが付いたままだったり、寝癖がそのままで登校してたり、ってとこかな。朝ちょっと早く起きて顔は洗った方がいいと思うよ」

「マジか、そんなに細かいとこまで見てたのか……」

「そりゃペアだし」


 想像以上に指摘がたくさん来たことで、改めて風鈴が俺のことをどれだけしっかり見ていたくれたかを実感した。胸や太ももばかりを見ていた自分を殴りたい気分だ。


「髪だってせっかくカッコよくしたんだから、セットは毎朝した方がいいよ。慣れれば楽しくなってくるからさ」

「格好良い、かなぁ……」


 どうにも自信が持てない。自分の顔だからということもあるが、格好良いと言われると否定しなくてはいけない気持ちになるのだ。

 そんな俺に対して、風鈴は苦笑すると言い方を変えて告げた。


「少なくともあたしは好き」

「お、おう。じゃあ、頑張ってみる」


 好き。深い意味はなくとも、その一言に宿る破壊力はモテない男子代表である俺には絶大だった。

 相変わらず自分の単純さに嫌気が差す。

 それでも、今は風鈴の言葉を真に受けて頑張ってみてもいいのではないかと思えた。

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