第7話 ツーブロベリショ、オネガイシマス
学園内には大型ショッピングモールのような施設があり、生徒達は基本的にこの場所で買い物を済ませる。生活用品から電化製品、ファッション関係の店や飲食店、など至れり尽くせりだ。
このショッピングモールは学園のスポンサー企業の店舗で構成されており、まだ市場に流通していないような製品も販売されている。
これらについては、学校側で定期的にアンケートが実施される。
企業側としても学生をターゲットにした商品の傾向などを知れるうえに、将来的には卒業して有名になった生徒がブランド自体の広告塔になってくれる可能性もあるのだ。
一見、学生だけが得をしているように見えて企業側のメリットも大きいということだ。
「で、俺はどうすればいいんだ」
「まずはヘアサロンじゃない? 眼鏡にしろ、服にしろ、まずは髪型から変えた方が良さそうだし」
「それもそうだな」
「ヘアサロンの方は良さげな店あたしの方で予約しちゃっても大丈夫?」
こいつは天使か何かか?
気遣いのできる女、風鈴。彼女の気遣いは留まることを知らない。
「何から何まで世話になりっぱなしですまん……お願いします」
「いいっていいって、あたしらペアじゃん。困ったときはお互い様ってね。ギブアンドテイクってやつよ」
ギブアンドテイクというか、今のところ風鈴からのギブアンドギブな気がするのだが。
「そう言ってもらえると助かる。俺も期待に応えないとな」
正直、見た目に関してはどうでもいいと思っていたのだが、風鈴にここまでしてもらったのだ。
少なくとも、彼女の隣にいて恥ずかしくない状態には持っていきたい。
自然とそんな風に考えている自分がいた。
風鈴が予約してくれたヘアサロンに到着すると、俺は覚悟を決めて扉を開けた。
「いらっしゃいませー!」
扉を開けた瞬間、お洒落な店員のお姉さんが満面の笑みで出迎えてくれる。
「あっ、えっと、その……」
ヘアサロンなんて人生で使ったこともない俺は、緊張のあまり言葉が出てこなくなってしまった。
「予約の友田です。あたしは付き添いです」
そこですかさず風鈴が俺の代わりに予約していたことを伝えてくれた。本当にありがたい限りである。上辺が言っていた意味とは違うが、確かに風鈴がペアなのは〝当たり〟と言えるだろう。
「ああ、なるほど。そういうことですか。お待ちしていました」
店員のお姉さんはどこか納得したように頷くと、俺と風鈴を店内へと案内してくれた。
「お連れの方はこちらでお待ちください」
「はーい」
風鈴は店員のお姉さんの言葉に従って待合室へと向かう。
「主税、一応予約のメニューで〝会話なし〟にチェック入れといたから」
すれ違いざまに告げられた言葉にもう泣きそうだった。
風鈴は天使どころか女神だったようだ。
「あ、ありがとな」
「いいってことよー」
せっかく風鈴がここまでしてくれたのだ。俺も頑張らねば。
「ツーブロベリショ、オネガイシマス」
俺は気合を入れてネットで得た知識から魔法の呪文を唱える。
これさえ言えれば、あとはじっと待って髪が仕上がるのを待てばいい。
「かしこまりました。あっ、でも、お客様ならアップバングショートが大変お似合いになられるかと思いますよ?」
そう思っていたのに、俺の唱えた呪文は店員のお姉さんが唱えた新たな呪文でかき消されてしまった。
「こちらアップバングといっても種類はたくさんあって、お客様の髪質だとこちらのスタイルが合うと思うのですがいかがでしょうか?」
店員のお姉さんが見せてくれたカタログには様々な種類の髪型が乗っており、そのどれもがアップバングショートに分類されるようだった。
髪型ごとに髪質や長さなど細かい表記がされており、ゲームの攻略本でモンスターのステータスを見ている気分だ。
「えっ、あっ、はい。じゃあ、これでお願いします」
結局、俺は為す術もなく自分の髪質に合っているであろうアップバングショートとやらを選択した。
カット中は特に会話はなく、シャンプーや顔剃り、眉剃りもスムーズに進んだ。
途中、確認らしきものはあったが、俺は全肯定ボットと化してそれらの会話をやり過ごした。
「それではセットしていきますね」
「あっ、はい。お願いします」
「アップバングのセットはドライヤーでのブローが大事なんですよ」
店員のお姉さんは髪のセットについて、実践しながら丁寧に説明してくれた。
これを毎朝やらなければならないという事実にゲンナリするが、自分と風鈴の退学がかかっているのだ。我儘は言ってられない。
必死にセットのやり方を覚えていると、あっという間にカットの時間は過ぎていった。
セットも終わり鏡を見てみると、そこには程よく短髪になり前髪を上げた自分の顔があった。
自分の顔のため、さっぱりしたなという感想しか出てこないが、マシにはなったと思いたい。
軽く服を払ってもらい、風鈴が待つ控室へと向かう。
「お待たせ」
ファッション雑誌を楽しそうに読んでいた風鈴へ声をかけると、風鈴は雑誌から顔を上げて目を輝かせた。
「おー、めっちゃさっぱりしたね! 似合ってるじゃん!」
「へ、変じゃないか?」
「変じゃないって! イケてるイケてる!」
風鈴は俺の背中を叩きながら手放しで髪型を褒めてくれる。
お世辞だとわかっていても褒められるのは気分が良いものだ。
少なくとも、これで風鈴の隣を歩いてもおかしくない程度にはなれただろうか。
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