第6話 チー牛最高!

 俺と風鈴は少し早い夕飯も兼ね、学園内のカフェテリアに来ていた。昼食は購買部のパンで済ませたため、カフェテリアに来るのは校内案内に続いて二回目だ。

 カフェテリアは、表参道や渋谷にありそうな洒落た雰囲気の店をとにかく広くしたというイメージである。これが学園外ならば気後れして入るのはまず無理だったと言ってもいい。

 カフェテリアには先輩らしき人達が既に席をとっており、その多くが男女の組み合わせだった。

 店内にカウンター席がないことから察するに、智位業学園ではボッチは許されないのだろう。慈悲はない。


「とりあえず、あたしがご飯注文しとくから主税は席とっておいてよ」

「いや、俺が飯買うわ」


 陽キャの巣窟のような場所で一人待っているなんて、俺にはレベルが高すぎる。待っている間に辺りを不審に見回してしまうことは避けられないだろう。


「それに、いろいろ世話になった礼もしたいからここは奢るぞ」

「えー、悪いよ。支給された生活費だって限りはあるんだから自分のために使いなって」

「俺がしたいんだからこれも自分のために使ってるよ」

「そう? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。でも、次はあたしが奢るからね?」

「おう、楽しみにしてる」


 俺は腰に付いているチェーンを手繰ってスマートフォンを取り出す。


「それじゃ、ここの支払いは俺に任せてくれ」


 バリバリバリィ! という小気味良い音が食堂に響き渡る。

 不思議なことに食堂中から一斉に視線が集まる。

 その瞬間、風鈴が焦ったように俺の手を掴む。


「待って待って待って! 何でキャッシュレス化のこの時代にマジックテープの財布!?」

「いや、財布じゃないぞ。これはスマホケースだ」

「何でスマホケースがマジックテープなの!?」


 風鈴は何故か俺の愛用しているスマホケースを信じられないものを見るような目で見てくる。


「丈夫で使いやすいし、チェーンも付いてて百パー落とさないしなくさないだろ? ゲレンデでも安心して使えるぞ」

「違う、そうじゃない」


 こめかみに手を当てて風鈴はため息をつく。

 それから徐に自分のスマートフォンを取り出した。


「スマートフォンを略してスマホなんだからスマートに使わなきゃ意味ないでしょ?」

「ゴッテゴテにデコられたスマホ見せられても説得力ないんだが」


 おそらく自前のスマホケースを学園から支給されたスマートフォンに取り付けたのだろう。

 風鈴のスマートフォンはピンク色のゴツゴツした物体で覆われていた。これが噂に聞くスマホデコという奴か。


「でも、あたしはすぐに画面付けて見れるよ。ほら」

「画面の防御力低そうだな」

「防御力って……」


 深いため息をついた後、風鈴は考え込むように唸った。


「ゲレンデの頂上で高級革の長財布使ってたらどう思う?」

「場所を考えた方が良いと思う」


 別に普段使いの財布をそのまま使う人もいるだろうが、お洒落な財布はアクティブな活動をしている場にはそぐわないと思う。


「そう、それ! あたしが今思ってるのはそれ!」


 我が意を得たり、とばかりに風鈴は俺に詰め寄ってくる。

 その際、甘い香りが漂ってきたことで俺は反射的に距離を取った。

 下手に匂いを嗅ぐと変態と思われかねない。


「と、とにかく、スマホケースの話は後にしよう。今は注文が先だ。何食べるんだ?」


 誤魔化すように話を逸らして風鈴の注文を尋ねると、驚きの言葉が返ってくる。


「チーズ牛丼にする。温玉付きね」

「何て?」

「だから、チーズ牛丼だって。この学園の看板メニューらしいし」


 風鈴が指さした方を見てみれば、そこにはデカデカと『とろけるチーズとジューシーな牛肉が奏でるハーモニー! 口の中で開催されるオーケストラや♪』と有名グルメリポーターのコメントばりのキャッチコピーが掲げてあった。

 お洒落なカフェテリアなのに、チーズ牛丼が看板メニューとはこれ如何に。

 しかし、どんなに一押しだろうと俺はチーズ牛丼を頼みづらい理由があった。


「いや、ほら、チー牛がチー牛頼んでるって笑われるかもしれないし……」


 俺のような見た目の人間は〝チー牛〟という蔑称で呼ばれている。理由はチーズ牛丼食ってそうな見た目だからだ。理不尽なことこの上ない。

 いかにもな見た目の陰キャの総称としてこの蔑称が使われていることもあり、俺は外ではこのチーズ牛丼を頼みづらかったのだ。

 チー牛がチー牛食ってるなんて笑われでもしたら、心に受けるダメージが大きすぎて枕を濡らすことは避けられない。

 俺の心配に風鈴は呆れたように肩を竦めた。


「誰もそんなこと気にしないでしょ。ほら、先輩達もみんなチーズ牛丼食べてるし」


 風鈴に言われて見てみれば、カフェテリア内の垢抜けた見た目の先輩達もチーズ牛丼をおいしそうに頬張っていた。


「ね?」

「わかったよ……」


 みんなが食べているのならば大丈夫だろう。

 日本人にありがちな悲しき集団心理に負けた俺は、大人しく風鈴と自分の分のチーズ牛丼を注文するのであった。

 確保してくれていた席に二人分のチーズ牛丼を持っていくと、風鈴は眩い笑顔で俺を迎えてくれた。まったく、勘違いしそうになる笑顔はやめてほしいものだ。


「買ってきてくれてありがとね。ごちになります!」

「どういたしまして」


 漠然と感じていた自分の欠点がどういうところか気づかせてくれたのだ。こちらとしてはチーズ牛丼一杯奢るだけでは恩を返せたとは思えない。

 そのうえ、今後の恋愛実習では俺みたいなモテない要素を詰め込んだ人間がペアとなってしまった。感謝よりも申し訳なさの方が先に立つというものだ。


「いっただきまーす!」


 俺の内心は露知らず、温泉卵を割ってチーズ牛丼に乗せると、風鈴は器用な箸捌きでチーズ牛丼を口に運んだ。


「んー! やっぱ、チー牛最高!」


 何故だろう、風鈴のその一言だけで救われた気持ちになる。

 そんなことを考えながら俺もチーズ牛丼を堪能する。看板メニューということだけあって、チーズ牛丼は今まで食べた中で最高においしかった。

 チーズ牛丼を堪能した俺達はドリンクサーバーから紅茶を入れて一息ついていた。

 俺がそのままスマートフォンを取り出してSNSを開こうとしたとき、風鈴が声をかけてきた。


「それで、これからどうしよっか」

「何が?」

「恋愛実習のこと」


 恋愛実習。入学前の説明では、当学園独自のカリキュラムとだけ説明されていた部分だ。

 冠城先生から説明された内容では、隣同士に配置された男女でペアを組み授業や課題に取り組むとのことだった。

 恋愛実習に関する成績はペアで共有されるため、片方が怠けることは不可能。

 そのうえ、成績が悪ければ退学処分になることもあるらしい。


『余程のことがなければ退学にはならないので安心してくださいー』


 正直、冠城先生の言葉は全く信用できなかった。

 厳しいカリキュラムの内容をあんなにヘラヘラ笑いながらできるのだ。ああいうタイプは腹黒いと相場が決まっている。

 ペアについては明確な変更理由があれば変更は可能らしいが、相手をとっかえひっかえできないようにペナルティもあるようだ。

 学園側が俺達を調査した上でペアを組ませているとは言っていたが、どこまで信憑性があるかは甚だ疑問である。


「本当に恋人になる必要はないらしいけど」

「……どうみても周りはカップルっぽいよね」


 周囲の先輩達はどう見ても学園に強制されて一緒にいるようには見えない。

 課題に取り組む内に、自然とそうなっていくのだろうか。


「とりあえず、付き合うかどうかは置いといて課題をどうにかした方が良さそうだよね」

「一週間後、お互いを知った上で改善すべきところ見つけて直すって奴か」

「うん、先生もヒントくれるみたいだし楽勝だね」


 内容を自分達なりに考えて取り組むことも課題の一環なのか、冠城先生は具体的なことは教えてくれなかった。


『ヒントとして言えるのはこのクラスの半数が既に課題をクリアしていまーす』


 一応、ヒントらしきものをくれたので、それとなく課題の目的は見えている。


「既に課題をクリアしてる人もいるって言ってたけど、誰のことなんだろうね」

「たぶん、上辺や風鈴、乾みたいな見た目がいい奴のことだろ」


 少し考えればわかることだ。

 クラスの半数以上が冴えない見た目をしている。

 特に男子に至っては、ほとんどが俺のような冴えない見た目なのだ。

 そして、先輩達は見る限り垢抜けた容姿の者達ばかり。先生も入学式の前に先輩達の姿を目に焼き付けるように言っていたのもヒントの一つだろう。


「要するに、俺みたいな見た目の奴は美容院行ってコンタクトにすれば課題はクリアってわけだ。女子も似たようなもんだろ」


 男はとりあえず美容院で〝ツーブロベリショ〟という呪文を唱えればいいとネットに書いてあったからな。


「別に眼鏡はそのままでもいいんじゃない? お洒落なフレームの奴とか結構あると思うし」

「どうだろうな。眼鏡自体が似合わないって俺は思うけど……」


 だからといって改善する気もないが、見た目を改善しなければいけないのならば眼鏡を外すのも仕方のないことだと諦められる。


「だったら、これからいろいろ見に行こ。どうせ放課後は暇なんだし」

「えっ」


 それは所謂放課後デートという奴なのではないだろうか。


「さ、善は急げだよ」

「………………マジで?」


 課題のクリアが目的とはいえ、入学二日目から放課後デート。

 いろいろな段階をすっ飛ばしている気がしないでもないが、俺の学園生活は最高のスタートを切ったのであった。

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