第4話 男子のチラ見は女子にゃガン見
次の日、教室の空気は予想以上に悪かった。
一部の女子が一方的にペアとなった男子に文句を言い、男子は小声で何とか反論している。その中には昨日の入学記念パーティに参加していた者もいた。
強制的にペアにされたのだ、こういう事態も学園は想定済みだろう。
「おはよ」
「あっ、おはよう」
まさか挨拶されると思っていなかったため、俺は目を泳がせながら挨拶をした。
改めて多々納を見てみる。
目元は濃い目のメイク、バッシバシのまつげの自己主張が激しい。
化粧品には詳しくないが、頬にも何かつけているのかほんのりピンク色に染まっている。
唇にもリップを塗っているのだろう。何もつけていない人より艶がある。俺のカサカサの唇とは大違いだ。
視線を下げていくと制服のブラウスは大きく胸元が開いており、そこにばかり目が行ってしまう。
スカート丈もかなり短く、剥き出しになった太ももが眩しい。
「……何?」
「い、いや、別に」
これ以上マジマジと見ていたら変態認定されそうだ。
慌てて視線を逸らすと、俺は前の席の浦野に話しかけた。
「おはよう浦野」
「ああ、おはよう」
浦野は呼んでいた本を閉じると、こちらの方へと体を向けてくれる。
上辺といい、浦野といい、良い奴らばかりである。
「そっちは大変そうだね」
浦野は多々納相手に委縮している俺を見て苦笑する。
「いや、俺が悪いんだけどな……浦野はうまくいってるのか?」
「まあね。乾さんは誰にでも優しいからこっちとしてもやりやすそうだよ。恋愛実習って感じじゃないけど」
浦野はため息をついていたが、実際のところペアの相手が乾というのはかなりやりやすいだろう。
乾は人当たりが良く、男女分け隔てなく優しく接することができる人間だ。
クラスの男子からは浦野によく嫉妬の視線が飛んでいるのを目にするくらいである。
「それに乾さんって、もう他クラスや先輩と繋がり作ったみたいでさ。二人になる時間が全然ないから、恋愛実習の成績の方はちょっと心配だよ」
「あいつもうそんなに繋がりできてんのかよ……」
さすがの行動力に乾いた笑いが出てくる。
「でも、先輩経由でテストとか楽勝になるんじゃないか?」
「そこは僕も期待してるんだよね」
浦野は本人曰く成績は良くないそうだが、どうにも知的なタイプの印象が強い。
本気を出すときに「データは捨てる」なんて言いながら眼鏡も捨てそうなイメージだ。
「でも、この学園のことだから下級生に情報漏らしたらペナルティとかありそうだな」
「それは普通にあるだろうね」
学園生活二日目にして既にわかったことがある。
智位業学園では懇切丁寧に生徒に説明したりはしない。
もちろん、必要最低限は聞けば教えてはくれるだろうが、基本的には自力で気づけのスタンスである。
疑問があれば質問する。これを心がけなければ智位業学園で生き残っていくことは厳しいのかもしれない。
意気込んでみたものの、学園生活はまだ二日目。授業内容は基本的な方針の説明がほとんどだった。
どの教科も特に変わったことはない。どうやら智位業学園において特殊な教科は恋愛実習だけのようだ。
授業終了のチャイムが鳴り、先生が退出していく。
休み時間になった途端に教室内に騒がしさが戻っていく。大人しい奴らばかりかと思ったが、同じ匂いのする人間ならば存外しゃべれるということだろう。俺なんてその筆頭である。
「友田、ちょっと話あるんだけどいい?」
浦野に話しかけようとした瞬間、多々納に呼び止められる。
「いや、別にいいけど……ここじゃダメなのか」
「いいから」
強引に手を引かれ廊下に連れ出される。
一体どうしたというのだろうか。
休み時間で会話しているときも、できるだけ機嫌を損ねないように気を付けていたのだが。
俺は視線をあちこちに泳がせながら、多々納の言葉を待った。
「あのさ、胸チラチラ見るのやめてほしいんだけど。話してるときなんて超露骨だし」
多々納は深いため息の後、困ったような顔で告げた。
「み、見てないぞ。冤罪だ!」
確かに、ことあるごとに多々納の胸元に視線が吸い寄せられたことはあったが、面と向かって話しているときはもっとさりげなく見ていたはずだ。
「はぁ……視線でわかるから。見てて」
こめかみに手を当ててため息をつくと、多々納は俺の目と胸の当たりで視線を動かしてみせた。
「こうやって、チラチラと、見てたら、わかるでしょ?」
こっちが正面を向いてるため、小刻みに頷いているような動作になっているそれは多々納から見たらさぞ滑稽で不愉快だっただろう。
「そ、そんなに露骨だったのか……」
「男のチラ見は女にとってガン見だから」
そして、俺は多々納の指摘によって恐ろしい可能性に気づいた。
「た、多々納って視線にめちゃくちゃ敏感だったりしない?」
「あのね、今のであんたがわかったんなら女子は全員わかるから」
僅かな希望にかけて尋ねてみたが、希望は打ち砕かれた。
つまり、俺は女子と話すときは目は見ない癖に胸ばかり見ていた変態野郎ということになる。
「やっぱり、不愉快だよな」
「無意識なんだろうけど、普通にやだよね。こっちが話かけてんのにどこ見てんのってなる」
「うぐっ……」
悪いのは自分だということはわかっているが、想像以上に精神的ダメージが大きい。
これがこの場限りのことだったのならばダメージも少なかっただろう。
だが多々納の指摘には、過去に自分が気づかずに犯していた罪をまとめて突き付けられたような辛さがあった。
「やっぱ、そういうことだよなぁ……」
「何が?」
「あっ、いや、昔、幼馴染がそっけなくなったときのことを思い出してさ」
俺には異性の幼馴染がいた。
それ自体は何もおかしなことではない。
「小学校低学年の頃は男友達と変わらない感覚で遊んでたんだけど、高学年になって、その……」
今まで男友達と変わらない距離感で接していた。
だが、成長と共に女の子らしくなっていく幼馴染に俺は惚れた。
その結果、気持ち悪い行動を繰り返していたのだろう。
疎遠になったのも当然のことだ。
「あー……何となくわかったわ」
多々納はそれだけで察してくれたのか、憐みの視線を向けてきた。
「自分が格好悪くて気持ち悪い人間だってのはわかってたつもりだけどさ。何かこの学園に入学してから、自分の思っていた以上なんだってことを痛感させられるよ」
「確かに友田はキモいとこあるけど、そこまで卑下することなくない? 今までもっとキモい奴いっぱい見てきたし、そんなに気にしなくても――」
「やめてくれ。フォローされる方が辛い」
「は? 何それ」
優しくされる方が辛かったため、多々納の言葉を遮ると彼女は不愉快そうに眉を顰めた。
「あたしはあんたを気遣ってフォローするほど、まだあんたと仲良くないから」
「それは、そうだけど」
確かに多々納とは出会って二日目だ。
隣の席とはいえ、俺がまともに会話できないこともあり、お互いのことはまだほとんど何も知らない。
「てか、自分で嫌いな部分がわかってるなら直せばいいだけじゃん」
「いや、具体的にどうすればいいのかなんてわかんないし……」
「あたしらはペアでしょ。それくらい別にいつでも相談乗るって」
多々納は何てことないようにそんな言葉をかけてくれた。
「そういうわけだから、もうちょっとしゃきっとしなよ」
「あ、ああ」
俺みたいな奴と強制的にペアを組まされて死ぬほど嫌がっていると思っていた。
でも、嫌がっていたのは俺の方だったのかもしれない。
自分の境遇を嘆くばかりで改善しようとせず、多々納のことを知りもせずに苦手な人間だと決めつけていた。
少しだけ、ほんの少しだけ。
多々納のことを知りたい。
軽やかな足取りで教室に戻っていく彼女の背中を見て、俺はそんなことを考えていた。
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