第3話 ささやかな入学パーティ
簡単な学校案内の後、俺達はこれから住むことになるであろう寮へ案内された。
俺達生徒に与えられた部屋は八畳の1K、風呂トイレが別になった一人暮らしにはちょうど良い広さの部屋だった。
ベッドやパソコンなどは既にあるとは聞いていたが、まさか四十インチのテレビまであるとは思ってもいなかった。
これは生活費を切り詰めてでもゲームの購入を検討せざるを得ない。
ベッドに転がってみれば、どっと疲れが溢れてくる。
「恋愛実習ねぇ……」
通常ならばあり得ないであろう必修科目。
コミュニケーション能力の向上、異性との相互理解、自分磨きに対するモチベーションの向上。
恋愛を実践的に学ぶことによって、社会に出たときに活躍できる人間を育成するというのが恋愛実習の目的だ。また近年の少子化対策も兼ねているらしい。
おそらく、俺以外のほとんどの生徒がこの必修科目の存在を疎ましく思っているだろう。
多々納が仲良くなっていた女子グループは、あからさまに俺や周囲の男子達を見下していた。
恋愛実習の話をされたときも、隣の席の男子を指さしてブチギレていたくらいだ。
それでも文句を言うだけで行動を起こしたりはしていなかった。
俺は行動を起こしただけマシと言われたが、自分ではそんな風に思えない。
他の人がやらないならやる、くらいの意識でしかないのだ。
多々納だって質問しに来てはいたし、あんなことで積極性があるなんて評価をされても困る。
「はぁ……荷解きするか」
そのまま疲れに身を任せて眠ってしまおうかと考えたが、部屋の隅に置いてあるダンボールを見て考えを改める。
学園に持ち込める私物には限りがあったが、俺は元々趣味の少ない人間だ。
荷物もそんなに多くない以上、今のうちにやっておいて損はない。
気怠さを堪えて、ゆっくりと荷解きをしていく。
スノボ用品も一通り持ってきてはみたが、智位業学園に屋内ゲレンデはなかったため無駄になってしまった。
とはいえ、ボードは飾っておくだけでも気分が上がるので出しておこう。
「ん、電話?」
スノーボードを適当なところに飾ったところで、ちょうど電話がかかってきた。
スマートフォンが支給されたとはいえ、連絡先は交換しなければ手に入らない。
俺が連絡先を知っているのは浦野と多々納、あとは連絡先交換会に乗じて手に入れた上辺くらいだ。
「もしもし?」
『よお、友田! これから入学記念パーティやるんだがこないか?』
電話をかけてきたのは上辺だった。
入学初日に電話なんてハードルの高いことを意図も容易くやってのけるとは、さすがである。
「入学記念パーティ?」
『ああ、俺の部屋に男子を集めて親睦を深めようって話になってさ。友田もどうだ?』
俺は上辺の部屋に男子が集まったところを想像してみる。
上辺以外は俺のように冴えない眼鏡をかけた男子。おそらく俺と同様にコミュニケーション能力にも乏しいだろう。控えめに言って地獄である。
「わかった。すぐにそっちに行く」
地獄がなんだ。せっかく友達を作るチャンスなのだ。逃す手はない。
『参加してくれるのか! サンキューな!』
「こっちこそ誘ってくれてありがとな」
改めて思うが、上辺は本当に良い奴だ。
わざわざ俺みたいな日陰者にも手を差し伸べるなんてそうできることじゃない。
こういう奴がクラスの中心人物になって女子にモテるんだろうな。
電話を切ると、俺は浮足立った気持ちで上辺の部屋へと向かった。
「友田、待ってたぜ!」
「お、お邪魔しゃす……」
クソ、陽の波動が強すぎて対面だと言葉がうまく出てこない。
部屋に入ると、既に二人ほど男子が集まっていた。
確か、
てっきりもっと集まっているものかと思ったが、八畳にこの人数でもパーティをするには少し手狭な気もするのでむしろ良かったのかもしれない。
「さ、始めようぜ!」
上辺は買ってきた袋菓子をパーティ開きで開けると、紙コップにジュースを注いだ。
部屋は荷解きの途中のためか、雑多に生活用品が床に散乱していた。こういう男らしい雑さは見ていると安心感が湧く。
「俺達の入学を祝って、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
俺達は紙コップをぶつけ合うと、ジュースを呷って上辺が広げた菓子を摘まみ始めた。
「それにしても、恋愛実習ねぇ……」
上辺は空になった紙コップにジュースを注ぎながらため息をついた。
「彼女作る気満々だったから良かったけど、せめて相手は選ばせてほしかったよな」
「わかる」
「それな」
おい、お前ら。相槌が雑過ぎるだろ。
俺も大概コミュニケーション能力が欠如した方だとは思うが、どうやらこいつらはおれ以上の匂いがする。
「そりゃ上辺みたいなイケメンはいいよ。選べる立場だからな。だけど、俺みたいな奴は強制でもされなきゃ恋愛なんてできなかったから、文句は言えないと思う」
「何だ、友田は恋愛実習ノリ気なのか」
「ノリ気なわけあるか。女子は苦手なんだよ」
そのうえペアが多々納ときたもんだ。
こちとら初期レベルなのに、いきなり最終決戦レベルの相手が出てきたようなものである。たまったものではない。
「おいおい、当たり引いた癖に贅沢言うなよな」
「当たり?」
俺には上辺がの言葉の意味が良く分からなかった。
これから卒業まで一番苦手なタイプの女子と恋愛実習しなければいけないというのに、何が当たりなのだろうか。
「ああ、ぶっちゃけ女子の中で言えば見た目は乾と多々納のツートップだろ」
「胡桃ちゃん可愛いよな」
「多々納は怖いけど可愛い」
上辺の言葉に三人が赤べこのように頷いて同意する。
どうやら単純に容姿の話をしていたようだ。
「二人共、見た目も良いし胸もでけぇよな」
「まあ、それはな」
その言葉には同意せざるを得ない。
多々納は確かにスタイルも良い。そのうえ制服を着崩しているため、開いた胸元にどうしても視線が吸い寄せられてしまうのだ。
「俺のペアの風見も可愛い方だけどな」
「二人共いいよなー」
「俺なんて『こんなチー牛がペアとか死んだ方がマシ』って言われた」
「僕も言われたよ。あいつらだってブスのくせに」
「そういう奴ほど男子に当たり強いよな。男子にも優しい乾を見習えっての」
「ホントそれね。鏡見てから出直してこいっての」
「女子ってマジで自分のこと棚に上げて悪口言うよな」
「僕らがチー牛なら女子はスイーツ(笑)ばっかだね」
「スイーツ(笑)って、もう死語だろ」
相槌ばっかり打っていた連中は、女子への不満を口にした途端に饒舌になりだした。
何だろう、こうして見ていると悪口で盛り上がるのは女子も男子も同じ気がする。
「でも、俺らの見た目じゃそう言われても仕方ないだろ」
「いい子ちゃんぶるなって、どうせお前もあんなギャル勘弁してくれって思ってんだろ?」
「そんなことないぞ」
「嘘つけって」
突然饒舌になった男子の一人である蒲生は、俺が本心を見せていないだけだと思っているらしい。
ニヤニヤしながら男子同士の面倒臭いノリで詰め寄ってきた。
「確かに苦手だし怖い。けど、申し訳なさの方が先に立つよ」
「申し訳なさ?」
「せっかくこれから青春しようぜ、ってときに俺みたいな奴と授業とはいえ、強制的に恋愛実習のペアにされたんだぞ。罰ゲームなんてもんじゃないだろ」
俺は見た目も良くなければ成績も良くはない。さらに言えば話していて面白くもない。
俺が女子なら友達にもなりたくない男子である。
「あんま自分を卑下すんなって。言うほど不細工じゃないだろ」
「顔だけならともかく、俺は中身もつまんないんだよ」
俺には誇れるものなんて何もない。
そんなこと、とっくの昔に思い知っているのだ。
「そんなことねぇって。俺は少なくとも急に誘ったのにこうして来てくれたのは嬉しかったぜ」
「……ああ、ありがとな」
本当に上辺は良い奴だ。
周りの奴らとはあまり仲良くできる気がしないが、少なくとも上辺とはこれからも友達としてやっていけそうだ。
それがわかっただけでも、このささやかな入学記念パーティには参加した価値があった。
それから俺達は中身のない話でバカみたいに盛り上がり、消灯時間になる前に解散したのだった。
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