第2話 必修科目:恋愛実習
名門校と言えど、入学式の内容は想像の域を出なかった。
校長のありがたくも長ったらしいお話。
初耳で全く歌える気のしない校歌。
想像と違うところがあるといえば、保護者がいないことだろうか。
智位業学園の学園内に保護者は入ることができない。繋がりを断絶されていると言っても過言ではない。
全寮制であり、入学した者は卒業まで親に頼ることはできない。というよりも、頼る必要性がない。
何せ全寮制でありながら生活費が学園から支給されるのだ。生活費だけではなく、スマートフォンやパソコンも授業で使用するという理由で支給される。
まさに至れり尽くせりという奴だ。
逆に言えば、それだけこの学園の生徒は期待されているということでもあるのだが。
「わが学園は高い進学率、就職率を誇ります。それは卒業生、在校生が積み上げてきた確かな実績があるからです。新入生の皆さんはそのことを忘れずに――」
そらきた。
今までこっちが頑張ってきたものをお前らも背負うんだぞ、という圧だ。
もちろん、学園側の期待に応えるために必死になって頑張るつもりは毛頭ない。
「ふぅあぁぁぁ……」
退屈すぎてついあくびが出てしまう。
話が長いから心の中でツッコミを入れていたが、すぐに暇になってしまった。
『先輩達の姿はよく目に焼き付けておいた方がいいですよー』
そこでふと、冠城先生の言葉が頭を過ぎった。
わざわざ新入生に出席してくれる先輩達の雄姿を見ておけという意味だとは思う。
しかし、何故か冠城先生の言葉にはそれ以上の意味があるように感じたのだ。
首に手を当て、首が痛む振りをしながら後ろの方へと視線を向けてみる。
すると、不思議なことに先輩達の容姿は新入生と違い、野暮ったい雰囲気は欠片もなく垢抜けていた。
改めて他クラスも含めて新入生を見てみるが、男女ともに一部を除いて野暮ったい見た目の者ばかりだ。
男子に至っては、俺を含めてコピー&ペーストしたような似た者同士っぷりである。ここまで統一感があるともはやホラーである。
違和感はそれだけではない。
明らかに新入生の集団と比べて二年生の集団は人数が少ないように感じた。
言いようのない不安が溢れてくる。
結局、俺は入学式が終わるまで延々と不安に駆られたまま過ごす羽目になった。
とはいえ、人間は忘れる生き物だ。
長い入学式から解放されたことで、感じていた不安は気がつけば解放感と共にどこかへ吹き飛んでいた。
教室に戻ると、再び冠城先生が教壇に立つ。
「さて、校長先生のながーいお話も終わったことですし、軽く自己紹介をしてもらった後に、支給品やこの学園のカリキュラムについて説明しようと思いまーす。自己紹介は、そうだなー……」
冠城先生は教室内を見回すと、手元の名簿を確認する。
「出席番号順で行きましょうかー。阿木良さん、トップバッターお願いしますね」
さっきの間は何だったのか。結局ド定番な方法で自己紹介が行われることになった。
「はじめまして! 入学式前に話した人は二度目まして!
教室の中央にいた女子が元気良く立ち上がる。
浦野や俺が窓側の席にいることから座席が出席番号通りでないことは理解していたが、それにしても滅茶苦茶な配置である。
阿木良に続きアから始まる苗字の生徒の自己紹介が終わると、今度は俺の斜め前――つまり浦野の隣の席に座っていた女子が立ち上がる。
「私は
入学前から繋がっていた、だと……。
見た目は黒髪ロングで一見清楚系女子に見える奴の発した悪魔のような言葉に戦慄する。
どうして教えてくれなかったんだと思いながらも、辺りを見てみれば笑顔で手を振っている女子がちらほらと見かけられた。
全員漏れなく見た目はイケイケである。
つまりあれか。勝負は入学前から始まっていたということか。
衝撃の自己紹介に精神的ダメージを負っていると、目の前の席の浦野が立ち上がった。
「僕は浦野良風です。まあ、よろしく」
自己を紹介する気が欠片もない浦野の自己紹介にまばらな拍手が送られる。周囲とは対照的に、俺は心の中でスタンディングオベーションである。
浦野はこれから自己紹介をする者達のハードルを下げてくれたのだ。これが感謝せずにいられるかという話だ。
まあ、目立ちたくないから実際はまばらな拍手に合わせて拍手するだけなのだが。
「おっ、次は俺だな」
しかし、浦野の作り出してくれた低いハードルをぶち壊しやがった奴がいた。
「俺は
長い長い自己紹介をしてきたのは冗談で冠城先生の彼氏に立候補したイケメン君、もとい上辺だった。
野球以外にも最近ハマっている音楽やドラマの話など、俺には眩しすぎる陽キャアピールが終わると、上辺は髪を掻き上げて笑顔を浮かべた。
「長くなったけど、これからよろしくな! 自己紹介終わったら連絡先交換しようぜ!」
止めの連絡先交換宣言を終えて、意気揚々と上辺は席についた。
再び上がったハードルにため息が出る。
浦野の空気のまま自己紹介を終えられれば楽だったというのに、どうしてくれるのだ。
それから自己紹介は滞りなく進んだ。
奇をてらってスベる者、無難に自己紹介を終える者、既にできた友達と会話しながら自己紹介する者、見た目に反して自己紹介は個性に溢れていた。
そして、俺の一個前の出席番号である多々納の番がやってきた。
多々納は緊張した様子もなく、明るい声音でクラスメイト一人一人に語りかけるように自己紹介をした。
「あたし、多々納風鈴! 〝ふうりん〟って書いて〝かざり〟って読むんだ。だから昔から友達には〝ふーりん〟ってあだ名で呼ばれてたの。みんなも気軽にふーりんって呼んでね!」
「「「ふーりん!」」」
「あははっ、ありがとー!」
やめてくれ、これ以上ハードルを上げないでくれ。嫌いになっちまいそうだ。
こちとらあだ名呼びなんて小学校以来されたことないんだ。頼むから変な流れを作らないでくれ。
「あっ、えっと……」
自己紹介の流れが始まったときからずっと考えていた文言が頭から消し飛ぶ。
立ち上がったはいいものの言葉が出てこない。これがラジオならば放送事故である。
「あっ、友田、主税です……あっ、名前は〝しゅぜい〟と書いて〝ちから〟って読みます」
「よっ、ちから!」
咄嗟に多々納の自己紹介を真似て名前ネタで責めると、多々納が横ですかさず合いの手を入れてきて笑いが起きる。
周囲で笑いが起きたことにより、心臓が縮こまる感覚がした。
名前が笑われたわけじゃない。多々納だって悪意はない。
頭ではわかっていても、周囲の奴らが自分をバカにして笑っているように感じてしまう。
「あはは……サンキュー。えっと、趣味はですね。いや、あれは趣味と言っていいのか……俺レベルの人間が趣味なんておこがましいんじゃないか……」
思考がまとまらずに考えた言葉が口から漏れ出す。
どうしたものかと視線を泳がせていると、目が合った相手の「ス・ノ・ボ」という口の動きが見えた。
「あっ、そうだ。スノボが好きです。昔はよくシーズンになるとゲレンデに行ってました」
「えー、意外! 滑れるの!?」
頼むからもう黙っていてくれ。
今は俺の自己紹介なのだ。口を挟まれるとペースが崩れてしゃべれなくなる。
「まあ、滑るなら、うん、滑れる」
「へぇ、あたしも滑ってみたいなぁ」
本当はそんなこと欠片も思っていない癖に。
結局、俺の自己紹介は終始微妙な空気のままだった。
ガックリと肩を落として席に着くと、ふと男子の視線が冷たいことに気が付いた。
何故だ。何故そんな親の仇を見るような目で俺を見るんだ!
そこで俺はある可能性に思い至った。
スノーボードは陽キャのスポーツってイメージ強くないか、と。
まさか、陽キャのイメージがあるスポーツをやっていたというだけで敵認定されたのだろうか。
なお、女子からはどうせ滑れないだろみたいな疑わし気な視線が向けられていた。
ふざけるな、チー牛だろうとスノーボードを楽しむ権利は誰にでもあるんだ。
そんな俺の心の声は誰に届くこともなく、前途多難な学園生活が幕を開けた。
全員の自己紹介が終わり、俺が項垂れていると冠城先生が笑顔のまま告げる。
「さて、支給品とかカリキュラムについて説明する前にここでクエスチョンですー」
週末の夜に放送しているクイズ番組のような言葉に、全員の視線が冠城先生へと集中する。
「どうして出席番号関係なく、皆さんはバラバラな配置になっているのでしょうかー?」
冠城先生の言葉に、クラスメイト達は一斉に考え込む。
周囲の生徒達と相談したり、一人でブツブツと考察を呟いたりしていたが、正解が出ることはなかった。
「時間切れですー。正解は、この学園の必修科目のペアを隣同士にするためですー」
「必修科目のペア?」
「そうですー。途中でペアを変えることも不可能ではありませんが、その話は追々していくとしましょうかー……簡潔に言うとですねー」
次の瞬間、冠城先生は驚くべき言葉を放った。
「君達には今から恋をしてもらいます」
慌てて配られたカリキュラムの資料を見てみれば、必修科目の欄に普通ならば入っているはずのない文字が入っている。
必修科目:恋愛実習
カリキュラムの説明が終わった後、俺は真っ先に教室を出て冠城先生を追いかけた。
「冠城先生!」
「あら、どうしたんですか友田君ー」
衝撃のカリキュラム説明をした後だというのに、冠城先生は変わらぬ様子で穏やかな笑顔を浮かべていた。
「強制的に恋愛しなきゃいけないなんて、聞いてないです」
「ええ、入学してから説明する決まりですからー」
「普通、入学前に説明しませんか!?」
恋愛実習はいってみれば智位業学園における独自のシステムだ。
どんな基準の元に決めたかは知らないが、生徒の意思を無視して強制的に初めて会った異性と恋愛をしなければいけないのだ。
そんなことが認められるわけがない。
「でも、詳細は入学後に明かす旨とそれに伴う特別科目に関する同意書にはチェックを入れましたよねー」
「同意、書?」
「はいー。読んでないはずがないですよねー」
俺の考えなどお見通しとばかりに、冠城先生は告げる。
「送った書類から個別に専用サイトに飛ぶためのURLが乗っていましたよねー。そこには内容を読んだ上で同意にチェックを入れるよう書いてあったはずですよー」
「あんなに項目たくさんあるのに、まともに読んでチェックなんてする奴いませんよ! あれチェックしなきゃ入学手続き終わらないんですよ!」
オンラインゲームや様々なサイトでアカウントを作成する際、必ずと言っていいほど注意事項に関する同意書というものがある。
その内容を上から下まで全て読み込んだ上で同意する者は少ないだろう。
大抵の場合が、適当にスクロールして適当にチェックを入れる。
「この学園において最も重要な項目ですよー。面倒だから読んでないなんて言い訳が通ると思いますか?」
「それは……!」
「取り引きをするときに契約書は必ず確認するものですよー。一つ、勉強になりましたねー」
冠城先生の言葉からは、同意書をよく読まずにチェックを入れた者だけが入学できた。いや、むしろそういう連中を意図的に集めたように感じた。
「それでも、友田君は優秀な方ですよー」
返す言葉もなく俯いている俺を、冠城先生は褒め始めた。
「他の子達は私の元へ質問にも来ていない。教室の中で愚痴や文句を言っているだけ。友田君は入学式前にもすぐに浦野君に話しかけていましたし、積極性に欠けているわけではなさそうですねー」
「見て、いたんですか」
「ええ、あなた達の生活圏には監視の目がありますのでー。もちろん、これも同意書の内容にありますよ」
言うまでもないことだが、と言外に匂わすと冠城先生は続ける。
「調査報告では、男子ならば友人はそれなりにいたと聞いていまーす。間違いはなかったようですねー」
「……自分と似たような相手なら話せるってだけです。上辺や多々納みたいな連中とはまともに話せる気がしません」
「自分が劣っていると感じるからですかー?」
「そう、ですね」
俺は自分が大したことのない人間だということを誰よりも理解している。
一時期、自分がすごい人間なんだと勘違いして振る舞った結果、痛いしっぺ返しを食らった。
だから、自分と同じような人間か、自分よりも下と判断した相手でなければ仲良くなれる気がしないのだ。
「正直、多々納みたいな絵にかいたギャルと恋愛実習なんてできる気がしません」
「レッテル貼りはよくないですよー」
「いや、だってどう見てもギャルじゃないですか! 恋愛なんてしたことないし、普通の女子でさえ苦手なのに、どうやってあんなラスボスみたいなのと恋愛しろってんですか!」
「それを考えて真剣に取り組むのが恋愛実習ですよー」
取り付く島もないといった様子で、冠城先生は笑顔のまま踵を返した。
「それじゃあ、私は職員会議の準備があるのでこれで。多々納さんはまた後でー」
「マジかよ……えっ、多々納」
結局、何の収穫も得ることはできなかった。
だが、今はそれ以上に気がかりなことがあった。
「ラスボスみたいで悪かったわね」
背後から聞こえてきた声に、油が切れたネジのようにゆっくりと振り返る。
「先生に質問あったんだけど、あんたが先に質問してたから待ってたの」
そこには不機嫌そうな表情を浮かべた多々納が立っていた。
「も、もしかして」
「全部聞いてた」
それは死刑宣告だった。
本人のいないところで言う悪口を聞かれていたときほど気まずいことはない。
多々納は腰に手を当てて俺に詰め寄ってくる。
「女子が苦手なのはしょうがないかもだけど、さすがに失礼じゃない?」
「わ、悪い……」
「ま、強制恋愛ってのにはあたしも文句はあるけど」
多々納はこめかみに手を当てて深いため息をついた。
彼女からしてみれば、こんないかにもモテなさそうな男子と強制的に恋愛しなけばいけなくなったのだ。
感じる不満は俺の比ではないだろう。
「それにしても同意書ねぇ。あたしも名門校の推薦もらえてラッキーなんて思ってたから、完全に嵌められたわ」
「あ、あれは罠だよな」
「それでも入学しちゃったし、やるしかないのよね」
「でも、恋愛実習だぞ?」
「あたしらは文句を言える立場じゃないでしょ。別に本当に恋人になるわけじゃないだろうし、うまく出された課題だけやってりゃいいのよ」
多々納はそう言うと、教室へ戻っていく。
慌てて俺も後を追うように教室へと戻る。
「出された課題だけやってりゃいい、か」
先ほどの冠城先生の言葉や入学してからずっと覚えていた違和感の数々。
そのせいもあって、俺にはどうしても恋愛実習がそんなに簡単なものには思えなかった。
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