34 結論と

「あの日、走りに行こうって誘ってくれて、思いっきり走って、それでスッキリしたの。やっぱり私は、こっちなんだって」

 最後のデートの日に、大手門スパートで勝ったことを思い出しながら、受付前のベンチに座って吉岡君に話し続ける。今日はクリスマスイブだけど、お楽しみの前に、私の選択した結果をちゃんと話しておかないと。


「ありがとう、俺を選んでくれて」

「でもね、もう一つ選択しないといけないことがあったの」

「もう一つ選択?」

「そう。私の生き方を変えるかどうかっていう選択」

 英里紗の提案は、吉岡君にはまだ話していなかった。


「この間、英里紗が帰国して会った話はしたよね」

「うん」

「英里紗はね、来年MBAを取ったら、向こうでビジネスを始めるんだって」

「何の?」

「アメリカに進出した日本企業に、アメリカでのSDGs関連の規制とかガイドについてアドバイスする会社」

「すごいな」

「それでね、私も参加しないかって誘われたの。五条インダストリーを辞めて、英里紗の会社の日本側のマネージャになれって」

 吉岡君は、びっくりした顔でまじまじとこちらを見ている。


「SDGsって、遠藤さんも学生の時サークルで勉強してたって話だったけど、それで、その話に乗るつもり?」

「どうしようかなと、ずっと悩んでた」

 黙って聞いている。


「でも、どう考えても、同じ結論しか出なかったから」


 吉岡君は、黙ったままこちらを見ている。どんな結論を出したのか、想像がつかないんだろうな。

「あのね、新入社員で工場の総務しか仕事したことがない私が、いきなり会社のマネージャとか営業とかやろうとしても、難しいと思うの」

「それはそうだ」

「だから、ヘルプを頼むことにした」

「まさか?」

 そこまで言ったら、ピンと来たみたい。


「そう。狭間さんにも、参加してくれないかって頼んだの」

「えー!」

「さっき、電話して来るのが遅くなったのは、英里紗のビジネスプランと私に期待されていることを説明してたから」

「……」

「それで、私のビジネスパートナーになってくれませんかって頼んだ」

「先輩は、なんて返事だった?」

「しばらく黙って考えてたけど、わかりました。一緒にやりましょうって」


 吉岡君は、ベンチに座ったまま前屈みになってがっくりと肩を落とし、頭を抱えた。

「五条を辞めて、英里紗さんの立ち上げる会社に、狭間先輩と二人で参加するってこと?」

「そう」

「じゃ、昼間はずっと二人で仕事してるってことだ」

「そうなるかもね」

「なんだよそれ。昼間は、ぜんぜん気が休まらないじゃないか」


 そうかもね。


「ちょっと待って。今日、ここに来てくれたってことは、遠藤さんは俺を選んでくれたんだよね?」

 いきなりそう言われると、ちょっと恥ずかしい。

「うん。一緒にデートしたり、付き合うのは吉岡君だと思った」

「でも、仕事のパートナーとしては狭間先輩を選んだと。俺は、その選択肢には入らないの?」

 ごめんね。でも吉岡君じゃ、やっぱり難しいと思うから。


「吉岡君には、五条インダストリーでどんどん出世してもらわないと。もし英里紗の会社がうまく行かなくて潰れちゃったら、吉岡君に養ってもらおうかな〜」

「え、え、それって。え、そういう意味?」

「うーん。どうだろ」

 言っておきながら、顔が熱くなってきた。ちょっとフライング発言だったかな。


 吉岡君にしてみたら、自分の都合ばっかり考えている虫のいい女だろうけど、論理的に積み上げて考えても、感覚に任せて判断しても、同じ結論しか出なかったから。吉岡君とはプライベートをしっかり楽しめるし、イケコンとは、しっかり仕事をする。

 それが私にとっての最善な選択のはず。


「あー、なんか騙された気分」

「ねえ。クリスマスイブなんだし、そろそろラン行こうよ」

「え。本当に、これから走るの?」

 こちらを見上げる目が、ちょっと意外そう。


「だって、そのために、ここを選んだんでしょ?」

「場所のインパクトでここにしたけど、本気で走るとは思ってなかった」

「えー。ラン行こうよ」

「わかった」

 立ち上がった吉岡君は、右腕をヒジから曲げて、左腕で引っ張りながら腰をひねり、ストレッチを始めた。


「なんか釈然としないから、飛ばして行くぞ」

「今日は、歩行者も多そうだから、スピード出すと危ないよ」

 苦笑いしている。

「わかったよ。でも、走り終わったら素敵なディナーも予約してあるから、ゆっくりもしていられないし」

 さすが。そこは期待してる。


 一周五キロの皇居ランを、この間よりずっとペースアップして三十五分で戻ってきた。キツいというほどではなかったけれど、ちゃんと走った感じ。

 ランベースのシャワールームで、熱いシャワーを浴びながら、今日の二人への説明を思い出している。


 二人にはそれぞれ良いところがあり、一緒に過ごしてきた三ヶ月は、とても楽しかったし勉強にもなった。それを、どちらか一方だけ選んでおしまいにするのは、あまりにもったいないから。

 身勝手と言えば、とても身勝手な思いだけど、一応、受け入れてもらえたんだよね。


 英里紗の会社が立ち上がるまで、まだ一年はかかるから、それまでは五条インダストリーでの会社生活は変わらない。けれど、立ち上げ準備で、イケコンとは定期的に会って話をしよう、ということになっている。まずは、英里紗とリモート会議で顔合わせしないと。

 時差を考えると、日本の土曜日の朝は、カリフォルニアの金曜日夕方になるから、ちょうど良いかな。


 毎週金曜日の夜は吉岡君とデートして、土曜日の午前中はイケコンと会議する、か。花金が倍になった感じ。

 やっぱり、虫の良すぎる話かな。

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