26 忘年会

「それでは、第一陣出発しまーす。みなさん、遅れないように十八時までに来て下さいねー」

「あー、遠藤さん。後から行くから、お店の地図ある?」

「はい。どうぞ」


 先週は、吉岡君と最後のデートに行ってきた。そして今週は、相模原から出ないで総務部の忘年会。吉岡君が最後に選んだ一番はだったし、たった一週間で、この落差はすごい。


 忘年会の会場は、隣駅の駅前から歩いてすぐで、住所も電話番号も案内メールに書いてある。スマホの地図アプリに入れておいた方が簡単でいいと思うんだけど、やっぱり紙の地図がほしいという人もいる。これも寺崎先輩の引き継ぎメモに書いてあったから、ちゃんと用意しておいた。


「地図が欲しい人は、入口横の掲示板にコピーを貼っておきましたので、そこから持っていって下さいね」


 課長が、カバンを持ってやってきた。

「ほら、みんな、仕事はもうおしまいにして。出発するぞ」

「はいはい。行きますよー」

 寺崎先輩も声をかけながら、立ち上がる。 


「じゃ、行こうか」

「はい」

 仕事を片付けた六、七人が、一団になって廊下に出た。

 駅へ行くシャトルバスは十分ごとに出ているから、そろそろ行かないと乗り遅れそう。


 工場からシャトルバスで駅まで行き、一駅だけ乗って隣街へ。最寄り駅より多少大きな街なので、大人数が入れるお店を探すと、どうしてもこちらになってしまう。

 一緒に会社を出てきた一団を引き連れて、改札デッキを渡って少し歩くと、すぐに目的の居酒屋に着いた。


「こんにちは。予約していた遠藤です」

「いらっしゃいませ。えー、遠藤様……二十二名さまですね」

 紺色の半纏のような制服を着た若い女性の店員さんが、レジ横に置いてあるタブレットをのぞき込んでいる。

「こちらへどうぞ」


 まだそれほどお客さんが入っていないテーブル席の間を抜けて、店の奥のお座敷に上がる。掘り炬燵だから、足は楽なはず。

「遠藤さん、席はどうする感じですか?」

「お座敷は貸切なので、どこでも自由にどうぞ」

「あ、佳奈ちゃん、部長の席は一番奥に開けといてね。ちょっと遅れて来るかもしれないから」

 しまった。それ忘れてた。


 出入口に近い端の席に座り、封筒を出した。隣に寺崎先輩。

「寺崎先輩、ありがとうございます」

「大丈夫よ。じゃ会費集めようか」

「はい」


「皆さーん、会費を先に集めるので、事前に連絡しておいた金額を持ってきて下さい」


***


「遠藤さん、今年一年はどうだった? うちの会社に入って、半年ちょっとだけど」

 コースの料理が二、三品出てきて、飲み放題のジョッキも二杯目だから、だいぶ口が軽くなってきた気がする。けれど、正面に座った課長に改めて聞かれると、どう答えたらいいものかと考えてしまう。


 仕事については、まだまだ大したことはできていない。指示された作業を淡々とこなしているだけで、すごくやりがいがあるわけでもないし。かと言って、不満があって爆発しそうというわけでもない。


「そうですね。最初は大変でしたけど、ようやく慣れてきた感じです」

 無難な答えかな。

「そうか。週一の本社出張とか面倒なこともお願いしているけど、嫌がりもせずにこなして、ちゃんと報告も上げてくるし、新人にしてはしっかりしてて、良いと思うよ」

「ありがとうございます」

 本社出張は、面倒なことはないです。むしろ美味しいことばかりです、なんて言えない。


「来週は、金曜から一泊の宿泊出張って申請が出てるけど、丸二日、缶詰め検討会やるの? 経営企画部から、わざわざ出張経費は経営企画部持ちって連絡が来たし、本社はすごい力が入ってるね」

「え? あの会議で宿泊出張なの?」

 隣に座っている寺崎先輩が食いついてきた。

「は、はい……」


 この間の同期と一緒に? と、何も言わないけど目が語ってる。

 ちょっと顔が熱くなって、汗が出てきた……


「おーい、遠藤さーん、追加ー!」

「はーい」

「中ジョッキ三つと、レモンハイ二つ、烏龍茶一つ」

「あー、遠藤さん、水割りも」

「はい。水割りの人、他にいませんか? じゃ一つお願いします」

 あちこちの席から、飲み物の追加の声がかかってくるので、それをまとめて店員さんに注文するのも結構大変。


「昔は、宴会のビールなんか、ピッチャーでもらって勝手に注いで飲んでいたし、水割りも自分達で割ってたけど、コロナ騒ぎの後から見なくなったな」

「居酒屋でも、大皿メニューって見なくなりましたよね。前はサラダとか唐揚げとか、どんって山盛りで出てきたけど、今はみんなめいめい皿で出て来るから」

 へえ、そうなんだ。課長と、総務部でも古参の社員さんが話しているのを聞いていても、「昔の宴会」というのがよくわからない。


 大学に入った時は、まだコロナウイルスの感染が収まりきっていなかったから、そもそも大人数の宴会なんて無かったし。卒業する頃には平常に戻っていたけれど、SDGsサークルだと、地場の有機野菜を使ったレストランでお食事だったから。


「ね、ね、佳奈ちゃん。来週、会議でお泊まりなの?」

 寺崎先輩が、小さな声で聞いてくる。

「え、あ、はい。なんか研修施設に泊まり込んで、一日中検討会するみたいです」

「この間の同期の子も来るんでしょ? 会議なんてどうせ昼間だけだから、夜は二人でゆっくり過ごせるわね」

「いや、それはちょっと」


 先輩は、右手の指をあごに当てて、ちょっと首をかしげてる。

「でもホテルと違って、小さな研修施設だと他の人に見られちゃうか。部屋に入る時と出る時は気をつけないとね」

「そんなことしませんって!」


 吉岡君だったら上司もいるから、バレたら大変。

 イケコンだったりしたら、さらに大変なことになりそう。

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