25 最後のデート
「忘年会のアンケート、集計できた?」
「はい。十二月に入ると忙しいので十一月中にやりたい、という回答と、全て終わった後の十二月の最終週という回答が多いんですが」
先週、総務部内の全員に、忘年会の日程希望のアンケートをメールで依頼していた。回答を集計した表を印刷して渡すと、寺崎先輩は、ふんふんとうなづきながら見ている。
「去年と一緒だね。本当は、十二月最終週の方が忘年会っぽくていいんだけど、部長がね」
集計結果から素直に順番付けすると、十二月最終週を希望する回答の方が多い。けれど、総務部長が毎年、クリスマスから年末休暇に入ってしまうので、ここ数年は十一月にやるのが恒例になっていたらしい。
今年も、部長からの回答にはしっかりと『十二月二十四日から休暇に入るので、その週で開催する場合は、支払いだけします』と書かれている。
そんなこと書かれても、お金だけ下さいとは言えないよね。
「クリスマスから休暇に入って、皆さん稟議とか困らないんですか?」
年末は、駆け込みで手続きすることも多いと思うんだけど。
「もともと、週末でも稟議決済できるように、自宅にも業務用のノートパソコン置いてあるから、大丈夫みたいよ。会議もリモートからテレビ会議で入れるし」
「そうなんですか」
なんか、優雅にお休みという感じでもないみたい。
「曜日の希望は、ほとんど金曜日だったので、来週の金曜日一択だと思います」
「じゃあ、その予定でアナウンスして、急ぎ会場のお店を探そうか」
「はい」
今週は吉岡君だけど、来週のイケコンの回はスキップか。
その次の週はもう十二月で合宿だから、実質今週で終わりってこと?
金曜日、吉岡君がランチに連れてきてくれたのは、野菜でもご飯でも、なんでも蒸して出してくれる、蒸し物料理の専門店だった。
「健康的だろ?」
「確かに。じゃ、このせいろ蒸しご飯にする」
「俺は、豚角煮蒸しご飯だ」
お店はビルの七階にあって、東京駅の方を向いているから、窓の外には広々とした青空が広がっていた。
「あのね、来週の金曜日は工場の総務部の忘年会になっちゃったから、こっちには来られないんだ」
「そうなんだ」
吉岡君はちょっと寂しそうな顔をする。
「それで、その次の週は合宿でしょ。それが終わると、もう会議自体が無くなるよね」
「あ、もうこっちには来ないってこと?」
目を見開いている。
「そう。本社に来て遊びに行くのは、今日で最後」
吉岡君は、黙って少しの間、考えていた。
「金曜日の会議の後で交互にデートするルールは、今日でおしまいということか。クリスマスイブの勝負まではまだ一ヶ月もあるけど、どうしようか?」
「うん。狭間さんと確認した方がいいよね」
このままにしていたら、イケコンだけ車で相模原まで迎えに来て不公平になる。そこはちゃんとしておいた方がいい。
「今日の会議が終わった後で、狭間さんと話をする時間を取らない? 私から、狭間さんにメッセージ送っておこうか?」
ここは、ジャッジ役の私からの方がいいよね。
「ん、俺から連絡してもいいけど、遠藤さんからの方がいいかな」
「今、送っちゃう」
スマホを手に取って、さっとメッセージを書く。今日の会議の後、吉岡君と三人で話をしませんか、というだけのシンプルな連絡。
「送った」
「ありがとう」
十二月中の金曜日、私が本社に来れなくても、イケコンはあのタクシーで相模原まで迎えに来るつもりでいる。それに対して、吉岡君はどうするだろう。
電車で迎えに来るか、私が夜になって出て行くか。私がわざわざ、吉岡君に会うために出かけていくとしたら、それも不公平?
よくわからない。
「あ、返事が来た。五時半までは会議があるから、その後ならだって」
「なんか、今日のターンの時間を取られるのは悔しいけど、仕方ないか」
「また、高槻部長に捕まらないようにしないとね」
前回は、デジタルラボの終了時間が早かったので、会議が終わり次第フレックスタイムで四時半に早退した。今日は、そこまで準備はしていない。
「今日も、フレックスタイム申請出した方がいいかな?」
「何も無いのに、四時半から出てくるわけにもいかないでしょ」
「そうだな。なんとかオフィスで捕まらないようにする」
***
終業後、待ち合わせ場所にした隣のビル一階のカフェに座って、コーヒーを飲んでいると、五時半ちょうどにイケコンが現れた。
「わざわざ、泰造と三人で話をしたいとは珍しい。もう結論が出たということですか?」
「違いますよ。十二月の過ごし方の相談です」
イケコンはニヤッと笑いながら前の席に座ると、カウンターから持ってきたコーヒーを一口飲んで、楽しそうに続けた。
「僕は、今まで通り毎週交代で続けようと思いますけどね。泰造がどうしたいのか知りませんけど」
「それでもいいんですけど、不公平にならないようにしないと」
少し遅れて吉岡君が入ってきた。レジに並び、やはりコーヒーを買って私たちのテーブルにやって来る。
「お待たせ」
「女性を待たせるなんて、相変わらずなってないな、お前は」
「ごめん」
申し訳なさそうな顔。きっとギリギリまで仕事して、振り切って出てきてくれたんだと思うと、かわいそう。
「あの、来週は部の用事でこちらには来られません。その後、合宿を最後に会議が無くなるので、私が本社に来られるのは今日で最後になります。なので、クリスマスまでの十二月の過ごし方をどうしようかと思って」
「泰造はどうするつもりだ? 僕は、遠藤さんの都合の良い所まで車で迎えに行くから、今まで通り週替わりでいいぞ」
吉岡君は、口をへの字にして黙ってしまった。会おうとすれば、私が終業後にわざわざ電車で出てこないといけない。それが負担になるのでは、と心配しているのがわかる。
「吉岡君が良ければ、電車に乗って出ていくけど」
「何なら、僕が車で迎えに行こうか? その代わり、僕も一緒に最後まで付き合うけど。家まで送り届けないといけないし」
イケコンが、にこやかに困った提案をするので、吉岡君はグッと睨みつけている。
「それには及びません」
肩をすくめるイケコン。
「あの、提案なんですけど、合宿に行った後、結論を出すクリスマスイブまで、双方とも会わないということにしませんか?」
「どういうことですか?」
これは、昨日ずっと考えていたこと。
「少し冷却期間をおいて、頭を冷やしてから結論を出した方がいいかな、と思って」
吉岡君は、ちょっとホッとしたような顔をしている。対して、イケコンは不満そう。
「私もそうですし、逆に狭間さんと吉岡君も、冷却期間を置いたら私なんかどうでもよくなるかもしれないでしょ?」
「そんなこと、ありえません!」
声が揃ってる。
「ま、まあそうなるかもしれない、ということで。で、いずれにしろ、今日は吉岡君との最後の個別デートにします」
「そんなこと言われると、すごい緊張するな」
吉岡君の顔が固くなる。
先週イケコンにキスされたことは、吉岡君には言わない方が良さそうかな。そんなことを言って煽ったら、焦って良くないことになりそうだし。これが最後のチャンスだというだけで相当なプレッシャーなのに、それに加えて、イケコンに追いつかなきゃなんて暴発されても嫌だ。
吉岡君は、吉岡君らしく自然体でいてくれた方がいい。
「では、邪魔者は消えるとしようか。せいぜい頑張るんだな」
イケコンは、不敵な笑顔で立ち上がった。
「今日が最後のデートだなんて思ってなかったから、ちょっと困ったな」
イケコンがいなくなっても、まだカフェに座ったまま話をしていた。
直前にこんな話になってごめん。きっと、これから十二月までどうするか計画を立てていたんだよね。
「候補はいくつかあって、六本木ヤマビルのヤマ・アートミュージアムで面白そうな企画展やっているのとか、渋谷のスカイストリートへ行って、珍しい中東料理のレストラン見つけたのとか。乃木坂の美味しい一軒家ビストロにも連れて行きたかったし」
「ごめんね。いろいろ考えてくれてたのに」
吉岡君はスマホを手にして、探していたデート場所候補のサイトを順番に見せてくれた。
「どこが一番行きたい?」
ちょっと考えてから、答えを相手にゆだねる。
「吉岡君が、一番楽しそうだなと思うところはどこ? そこに行きたい」
私に選択権をくれる優しさはいい。けれど、最後のチャンスにどういうところを選んでくれるのか、あえて見てみたい。
「俺が、一番楽しそうだと思うところか……」
スマホの画面を見ながら、うーんと考えている。
「じゃあ、ここにしよう」
うん。そこが、吉岡君の一番なんだね。
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