24 ひとりコーヒー
窓から入る光が眩しくて目が覚めた。昨日、遮光カーテンを閉め忘れて寝てしまったらしい。
ベッドの上に起き上がると、いつもの自分の部屋だった。
目が覚めたら、またイケコンの部屋だったら面白かったのに。なんて不謹慎なことをちょっと考えてみたり。
昨日、ライブを聴きながら、とうとうキスされてしまった。
キスぐらいで大騒ぎするような、ウブな小娘ではないつもりだけれど、それでもしっとりとした唇の感触は、心を溶けさせるのに十分なほど魅力的だった。
座っていたソファー席は、ステージから一番遠い端にあり、ステージに注目している他の席のお客さんからは、目に付かなかったはず。でも、誰かに見られているのではないかという緊張感も、頭の隅にはあった。
唇が触れていたのは十秒くらいのことで、後は肩を抱いたまま静かに演奏を聴いていたから、イケコンも同じだったのかも。
思い出すと、またじんわりと体の芯が熱くなってくる。
キッチンへ行き、コーヒーメーカーに粉と水を入れてスイッチを押すと、いつものようにポコポコと音がして、コーヒーの香りが漂い始めた。
昨日は、そのままお持ち帰りされるようなこともなく、いつもの個人タクシーに乗って家まで送ってくれた。家の前まで一緒に乗って来たのは、前回とは違うけれど、車から降りる時に軽くチュッと額にキスされたのは同じ。
「勢いで無理に寝たりするのではなく、遠藤さんが、しっかりと本心から僕を選んでくれるのを待っていますから」
イケコンはそう言って、タクシーに乗ったまま去って行った。
ここ二週間の私は、ほんとに最低かもしれない。
二人の男性から好意を持たれているのをいいことに、あっちにふらふら、こっちにふらふらしてばかり。
勝手に勝負を始めたのは、吉岡君とイケコンだけど、優柔不断にそれに乗ってしまったは私だから。
できあがったコーヒーをマグカップに注いで、窓際のテーブルに座る。窓の外を見上げると、隣のビルの上に青空が広がっていた。
このまま、合宿でお泊まりなんか行っていいのかな?
イケコンは、大人でしっかりしているし、経済力もあるし、別の世界に連れて行ってくれそうな期待感がある。何より、あのイケメンで迫られると、それだけでじゅんとしてしまうのは、どうしようもない。
一方の吉岡君は、不器用だけどまっすぐに好きだと言ってくれるし、頑張っているし、センスがよくてグルメだし、一緒にいるとすごくリラックスできる。がっしりとした手の感触も、男らしくて素敵。
何を基準に選んだらいいんだろう?
始める時イケコンは、気持ちのまま素直に決めればいいと言っていたけれど、肝心の気持ちが会うたびに揺れ動いてしまって、決められそうにない。
そういえば、学生の時に英文学の授業で読まされた中世の騎士道物語で、似たような話があったな。
二人の騎士が争って、決闘で勝った方がお姫様と結婚するお話。
読んだ時は、勝手に相手を決められてしまうなんて、ひどい話だと思っていたけれど、いざ自分がその立場になってみると、決めてもらえるならどんなに楽か、と思えてしまう。
自分はお姫様なんて柄じゃないのに、なんでこんなことで悩まないといけないんだろう。
寺崎先輩に言ったら、「なに贅沢なこと言ってるのよ!」って怒られそう……
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