15 教えて

「乾杯」

 夜景に向かって、四角いテーブルの斜め隣どうしに座りながら、手元にはシャンパンを注いだグラスが一つずつ。今日は飲みすぎないようにしないと。


「遠藤さんのことを、もっと知りたいな。何が好きで、どんな趣味があって。どんな夢を持っているのか」

 イケコンが、こちらを向いて、にこやかに話しかけてくる。

「趣味と言っても、特に無くて」

「陸上は、高校を卒業してからも続けていたんですか?」

「いいえ。インターハイが終わって部活を引退してからは、なんか燃え尽きてしまって……」

 そう。まだ若かったイケコンに励まされたけど、あれっきり競技で走ることはなかった。

「そうですか。ちょっと残念ですけど、それも遠藤さんの選択ですしね」

「すみません。救護室であんなに言っていただいたのに」


「大学では、サークルか何か入っていましたか?」

「友達が立ち上げたサークルに誘われて、一応」

「やっぱりスポーツですか?」


 なんて説明しよう?


 高校で陸上をやめた後、大学に入っても特にやりたいことは無かったけれど、友達に誘われて一応サークルには入っていた。『持続可能な開発を進めるSDGsの勉強と、身近な実践活動』をテーマに掲げた、流行りの社会問題に乗ったまじめなサークル。フェアトレードのチョコレートを仕入れて学園祭で売ったり、SDGsを掲げている企業に見学に行ったりしていた。


 立ち上げた友達は真剣だったし、入る前も入ってからも、熱心にその意義を語られたけど、正直、自分は就活の時に面接で話すネタになるかなという程度の、軽い気持ちで参加していただけ。うちの会社を受ける時も、学生時代に打ち込んだこととして、しっかり使わせてもらったけど、全然思い入れはない。


「あの、硬いテーマのサークルで」

「硬いテーマ?」

「SDGsとか」

「ほう! さすがですね。学生の時からそんな問題意識があったなんて」

「いえいえいえ。違うんです。そんな問題意識とか全然無くて、友達に誘われて入っただけで」

「お友達もレベルが高いですね。さすが遠藤さんです」

 絶対誤解されてる。



「本当に、まったくそういうのではないんです。誘ってくれた友達は熱心でしたけど、私は全然」

「五条インダストリーに入ったのも、会社としてSDGsの活動に取り組んでいるからですか?」

「本当に違うんです」

 だから、買い被りすぎだってば! やっぱり言わなきゃよかった。


「そういう活動をしていたということは、仕事の上で何か夢をお持ちですか? あ、仕事に限らずプライベートでもいいですけど」


 夢? 夢なんて、就職してから考えたことなかった。学生の時はいろいろあったけど。都会でかっこいいビジネスウーマンになるとか、バリバリ働いて大きなプロジェクトでキャリアを伸ばすとか。今から考えるとほんと幼稚な夢。

 でも、現実に会社に入って働き始めると、そんな夢なんてどこかに行ってしまった。毎日の仕事をこなしているだけで精一杯。


「特に無い、かもしれません。なんか寂しいですね」

「寂しいですか」

 イケコンは、ちょっと首をかしげてシャンパンを一口飲んでから、私の目を真っ直ぐに見て言った。


「なら、一緒に夢を作ってみませんか?」


「夢を作って、それを実現するために、僕も協力しますよ」

「ゆ、夢を作る?」

 何を言ってるんだろう?


「遠藤さんが、やってみたいことや、なりたい自分を、形にしてみるんです。それをどうすれば実現できるかは、一緒に考えましょう」

「やってみたいこと、ですか?」

「そう」


 なんだろう、私のやってみたいことって。

 シャンペンをぐいっと飲む。あれ? もう一杯目がなくなっちゃった。


「おかわりしますか? それとも」

 ニヤッと笑っている。

「飲み過ぎる前に、僕の家に行きますか?」


 ちょっと待って。それ選択肢に入るの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る