14 最初のターン
「そろそろデザートが出てきますが、この後は僕のターンの第一回ということでいいですよね」
「え、あ、はい」
「ちょっと失礼」
イケコンは席から立ち上がると、店の隅に歩いて行った。お手洗いかな。
どうしよう。毎週交互にお付き合いして、クリスマスイブにどちらか決めるって。考えようによっては贅沢な話だけど、自分に決められるとは思えない。
それに、イケコンと勝手に話をして決めちゃったみたいになっているけど、吉岡君の意見は、まだ全然聞いてない。吉岡君にしてみたら、いつの間にかイケコンが割り込んで来たと思うよね。
「お待たせ」
イケコンが戻って来るとすぐに、ウェイターさんがデザートを持って来た。
「白玉入りアーモンドのスープです」
クリーム色の中に白玉が浮いていて、ほんのり湯気が立っている。
「温かいデザートなんですね」
「結構好きなんですよ、これ」
ニコッと笑う顔が意外にかわいい。え、そんな顔できるんだイケコン。会議の時に見る営業スマイルとは、ぜんぜん違う。
「食べ終わったら、ちょっとドライブしましょうか」
「え、ドライブ?」
「あ、ドライブと言っても、もちろん僕は運転しませんけど。タクシーを呼んだので、着いたら下に降りましょう」
さっき席を外したのは、お手洗いじゃなくてタクシー呼んでたんだ。
「着いたらって、連絡があるんですか?」
ここはビルの三十六階だから、地上でタクシーが来たかなんてわからない。
「ええ。大体の位置情報はアプリで見えますし、ビルの下に着いたらメッセージをくれることになっているので」
「タクシーの位置情報が見えるんですか?」
「いつも使っている個人タクシーなんで、共通の位置情報アプリを入れて友達設定してるんですよ」
よくわからないけど、個人タクシーを友達アプリで呼ぶの? なんかすごい。
「いかがでした、このお店の料理は? お口に合いましたか」
「ものすごく美味しかったです。今まで、食べたことのない料理も出てきて」
「それは良かった」
「デザートの白玉も美味しかったし」
「でしょ?」
新しいお茶が出てきて、これでおしまいかな。お腹いっぱい。
「そろそろ着いたみたいです。よろしければ行きましょうか」
「あ、はい」
イケコンと連れ立って店の入口に来ると、特に支払いをする様子もなく、イケコンは外に出て行った。お店の人も、にこやかに、ありがとうございますと見送っているから、いつの間にかお会計は済ませていたみたい。
「あの、今日のお食事代は……」
恐るおそる聞いてみると、また爽やかな笑顔で返された。
「当然ごちそうします。もうレースは始まっているんですから」
吉岡君にことわりを入れる前に、もう始まっているんだ。
エレベーターで一階に降りると、ビルの横手に白い個人タクシーが停まっていた。私たちが近づくと、運転手さんがさっと降りてきて、後ろのドアを手で開けて押さえていてくれる。あれ? タクシーって乗るところのドアは自動で開くよね。もしかして壊れてるのかな?
「狭間さん、お待たせしました」
「いつもありがとう」
イケコンは、車の少し手前で立ち止まると私の方を向いた。
「遠藤さん、先にどうぞ」
「え、あ、はい」
車の中は、運転席も助手席もずっと前に寄せられていて、後ろの座席はびっくりするほど広々としている。イケコンが乗り込むと、運転手さんはそっとドアを閉め、運転席に座って車をスタートさせた。あの丁寧な閉め方は、壊れているんじゃなくて、きっとおもてなしなのね。
「あの、行き先は?」
「着いてからのお楽しみですよ」
運転手さんにも、行き先言ってないんですけど……
丸の内から線路の下をくぐって十分ほど走ると、レインボーブリッジが見える海岸沿いの通りに出る。大きな倉庫のような、でも一面が大きなガラス窓になっているおしゃれな建物の前で、車は停まった。
「こちらですね。入口まで付けますか?」
「はい。建物の正面に寄せて下さい」
またゆっくりと進んで、建物の入口前に横付けされた。なんのお店だろうここ?
タクシーから降りると、イケコンは自然に私の横に立って、入口に向かって上がる階段をエスコートしてくれた。こういう身のこなしが、ほんとにさりげない。どういうトレーニングしたら、こんな動きができるようになるんだろう?
「予約しておいた、狭間です」
「お待ちしておりました。どうぞ。足元にお気を付けて」
黒服のウェイターさんについて店に入ると、二階まで吹き抜けの大きなガラス窓越しに、レインボーブリッジとお台場の夜景が広々と見えた。店内の明かりは最小限になっているから、夜景の他は何も見えない。
「すごい景色ですね」
「遠藤さんのために、夜景をまるまる予約しました」
キザな言い方。でも、ちょっと気分はいいかも。
メッセージの着信音がした。見ると吉岡君からだった。
[ いま、どこにいる? ]
吉岡君も、合流しようとしてるのかな。でもタクシーで来ちゃったから、ここがどこだかよくわからない。
「泰造ですか?」
「はい。いまどこにいるかって」
「今日は諦めろって返事してやって下さい」
それは、私からは言えない……
イケコンは自分のスマホを出しながら立ち上がると、ニコッと笑った。
「ちょっと待ってて下さい。引導を渡してきます」
スマホの画面をタッチして耳に当てながら、お店の入口に歩いていった。なんか可哀想だけど、私からは言えないし、先輩から言ってもらう方がいいよね。
二〜三分して、イケコンが戻ってくるのが見えるのと同時に、また吉岡君からメッセージが来た。
[ しかたないから、今日は諦めるけど、来週は俺のターンだから。期待して待っててね ]
[ うん。期待してる ]
[ 狭間さんには気をつけて ]
そんなこと言われても……
もうベッドまで運ばれちゃった仲だし。何もしてないけど。
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