12 ブラジリアンランチ

 地下鉄の改札から本社ビルの地下入口に入る。ここに来るのも三回目になると、すっかり道順にも慣れて、さっさと移動できるようになってきた。

 エスカレーターのある地下ロビーに着くと、十五分前だというのに、もう吉岡君が待っていた。一体いつからここにいたんだろう……


「や、やあ」

「うん」

 なんとなく、ぎこちない。スマホのメッセージなら気にせずやり取りできたけれど、いざ面と向かうと、どうしても先週のことを思い出してしまって、気恥ずかしくなる。


「早かったね」

「だんだん、乗り換え場所に近いドアとかわかってきたから、一本早い地下鉄に乗れたんだと思う」

「じゃ、地下道を通って移動しようか」

 丸の内から日比谷のあたりは、ずっと地下道がつながっていて、地上に出なくても大体は歩いて行けるということも最近わかってきた。就活の時は、本社ビルに真っ直ぐいくことばかり考えていたから、周りを見て回る余裕はなかったし。


 地下道への出入口に向かって歩いていると、逆にビルに入って来た人と目が合った。イケコン!

「あ、遠藤さん。こんにちは」

「あ、あの、えと、先週は……」

 ちゃんとお礼を言わなきゃと焦るけど、うまく言葉が出てこない。


 あたふたしていると、吉岡君がにこやかにかぶせてきた。

「狭間さん。いつもお世話になっています。午後のセッションの準備ですか?」

「え、あ、はい。14時から、よろしくお願いします」

 そうか。ここはうちの会社の中だから、「泰造と先輩」の関係じゃなくて、「取引先社員とコンサル」の関係なんだ。


「では、遠藤と食事に行ってきますので、後ほど」

「行ってらっしゃい」

 イケコンは、ちょっと複雑な表情で私たちを見送っている。なんだか悪いな。遠藤なんて苗字で呼び捨てにされると、身内と外の壁を強調しているみたいで。社会人の挨拶としては、当然のマナーなのは知ってるけど。


 出口を出てしばらく歩いてから、得意そうな吉岡君にちょっと嫌味を言いたくなった。

「吉岡君、イジワルだね」

「何が?」

「狭間さんにわざと『遠藤と食事に行ってきます』とか言ったでしょ」

「どうして? 会社の中なんだから、社会人として当然だろ」

「それはそうだけど……」


「それより、今日のランチはブラジリアンにしようと思うんだけど、どう?」

「ブラジリアン?」

 ブラジル料理って、どんなのだろう。

「夜は、シュラスコって肉のかたまりを焼いて、ナイフで薄切りにしたのが名物なんだけど、ランチは、豆のスープとか鶏肉の煮込みとか、いろんなおかずを好きなだけ取れるバイキングスタイルなんだ」

「へえ。食べたことない」


「このビルの中」

 地下道から横に入り、ちょっと古めかしいガラス扉を押して、ビルの中に入って行った。

「お店の中は、いつもサッカーの試合のビデオを大画面で流してるから、スポーツバーみたいな雰囲気でね」

「面白そう」

「ここ」


 ビル内の廊下に面してカウンターがあり、入口側には壁もドアも無くテーブルが並んでいるので、すごく開放的な雰囲気。店内には、ブラジルの国旗や、赤や黄色の装飾が一面に飾られていて、壁にかかった大きなディスプレイでサッカーの試合を映していた。試合中継の音声はないけれど、BGMでサンバが流れている。

「すごい。海外旅行に来たみたい」

「でしょ」

 店員さんに案内してもらってテーブルに着くと、水も来ないうちに吉岡君は立ち上がった。


「メニューはランチバイキングしかないから、ビールとか頼まなければ、特にオーダーはいらないんだ。料理取ってこよう」

「うん」

 吉岡君についてカウンターに行くと、ずらりとおいしそうな料理が並べられていた。最後の方にはシロップのかかったケーキみたいなのもある。

「ここでプレートとお皿を取って、あとは好きなものを好きなだけどうぞ」

「えー。全部ちょっとずつ食べたいけど、全部は食べきれないよ」

 仕組みは、工場の社員食堂と似ているけれど、置いてある料理のバリエーションがぜんぜん違う。


 料理を取り、席について食べながら、先週、記憶をなくしていた間の出来事に探りを入れてみる。

「バーで、私が酔い潰れていたところに狭間さんが来て、その後どうやって家まで行ったの?」

「狭間先輩が電話でタクシーを呼んで、一階まで、二人で両肩を担いで行ったんだよ」

 恥ずかしすぎる。イケコンと吉岡君に担がれていたなんて。

「吐いたりしなかった?」

「それは大丈夫だった」

「良かった」


「で、狭間さんの家について、ベッドで寝かされてたんだけど……」

 なんて聞こう。スーツ脱がされて、イケコンが隣で添い寝してたとか無いよね。顔が熱くなってきた。


「ああ、先輩の寝室に連れて行ったら、急にすっと立ち上がって、スーツ脱ぎ始めたんで、焦ったよ」

「ええっ!」


 男性二人の目の前で、自分から服を脱ぎ始めたなんて。本当に私、どうしちゃってたんだろう。


「シワになると困るから脱ぐって、はっきり言ってるから、酔いが覚めたのかと思ったけど、先輩がハンガー持ってくる間にふとんに入って、そのまま寝ちゃった」

 え。


「狭間さんと吉岡君は、どこで寝たの?」

「俺はリビングのソファー。先輩は、もう一部屋書斎があるから、そっちのリクライニングシートで寝たみたい」


 良かったー。イケコンとは何もなかったんだ。

 でも、本当にとんでもない女だな、私……

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