二章 花金のルール
11 相談
「遠藤さん。年末調整の申請書はどうなってる?」
イケコンと吉岡君が、あんなに仲のいい先輩・後輩だったなんて知らなかった。でも今週の金曜日はどうしよう。
「経理部から取りに来いって、連絡あったぞ」
イケコンは、自分にはもったいないくらい高スペックだし、吉岡君は、すごくいい子で一緒にいるとほっとするし、どちらも選べない。
「遠藤さん! 聞いてる?」
「は、はいっ!」
考え事をしていたら、いつの間にか課長が目の前にいて怒ってる。
「経理部から年末調整の申請書を受け取ってきて、仕分けてからメール室に持って行って。明日までに、社内メールで発送できるようにね」
「わかりました!」
すぐ行かなきゃ。
「待て、待て。手ぶらじゃなくて、台車持って行け。段ボール二箱はあるから、手で持ってくるのは無理だ」
「はい」
まずは、目の前の現実をこなすことから。悩むのは、その後にしよう。
***
「へえ、本社の部長達と懇親会かあ。すごいなあ」
「でも、緊張しました」
社員食堂で、いつもの総務部女性社員グループでお昼を食べていると、自然と話題は金曜日の本社出張のことになる。みんな、出張なんてほとんど無いから、うらやましいみたい。
「独身のかっこいい人いた?」
寺崎先輩は、私から見ても美人だし、しっかりしているし、いい奥さんになれそうなんだけど、なかなかいい男と巡り合わない、といつも愚痴っている。毎日この職場に通っているだけの生活では、新しい出会いなんて無いから、仕方ないのかな。
「来ていた人がみんな独身かどうかまで、ちゃんとリサーチしてないですけど、隣に座って話をした人は、みんな結婚してるみたいでした」
幼稚園の運動会がある守口さんとか、高槻部長とか。山田さんも指輪してたし。吉岡君は独身だけど、ちょっと話題にできない。
「なんだ。良さそうな人がいたら、佳奈ちゃんに合コンセットしてもらおうと思ってたのに。うちの社員なら、マッチングアプリで探すより固いし」
「寺崎さん、マッチングアプリまでやってるの?」
「登録はした。でも、なかなかピンと来るのがいないから、まだリアルで会ったことはないけど」
マッチングアプリに登録している人って、どんな感じなんだろうと思ってたけど、寺崎先輩みたいな人もいるんだ。
「懇親会って、どんな店に行ったの?」
「海鮮居酒屋でした」
「へえ。丸の内で部長達と行ったって言うから、もっと高級な店かと思った」
「お店を取ったのが同期でしたから」
あ、しまった。
「最初の日に、帰りにご飯食べてきた子? 同じ会議に出てるんだ」
寺崎先輩の目がキラッと光った。やっぱり聞き逃さないか。
「は、はい」
「さすがに佳奈ちゃんと同期だと、年下過ぎか」
「え……」
吉岡君は年下過ぎても、イケコンなら二十六、七歳だから、二十八歳の寺崎先輩と年齢的にはちょうど良さそう。うちの社員より固いかは何とも言えないけれど、今は稼いでいるみたいだし。なんと言ってもイケメン。
でも、本気かどうかわからないけれど、あんなにアプローチされて、しかも酔った勢いで部屋に泊まってしまった人を、紹介するわけにもいかないし。
「その同期はちょっと、先輩には物足りないと思います。他にも、そんなに良さそうな人はいませんでしたよ」
「そうかあ。やっぱりマッチングアプリで真剣に探すかな」
二人からアプローチされて困っているけど、どうしたらいいか、こっそり寺崎先輩に相談しようと思っていたけど、無理か……
食べ終わった食器を下膳口に運んでいると、スマホにメッセージが来た。吉岡君だ。
[ 今週もランチからこっちに来られる? ]
[ そのつもり ]
[ よし! 素敵な店に連れて行くから。今回は地下のロビー入口に一時で ]
ランチは、イケコンからのお誘いがないから、迷わなくていいよね。
[ わかった。楽しみにしてる ]
「ね、佳奈ちゃん」
「はい?」
スマホに返事を打ち込みながら、事務室に戻る廊下を歩いていると、並んで歩いている寺崎先輩が話しかけてきた。
「最近、ちゃんとメイクして来るようになったね。今日は金曜日ほどじゃないけど」
ああ、やっぱり見られてた。イケコンに言われたことが気になったから、本社に行かない日も、多少はちゃんとすることにしたんだけど。社会人になって、高校生のころの面影がとか言われるのは、さすがに幼すぎて問題だと思うし。
「そ、そうですね」
「いいことよ。大人の女性の身だしなみだから。いくら、総務部だと課長ぐらいしか、見ている男がいないとしても」
「はい」
「本社に行ったのが、いい刺激になったのかな?」
その通りです。
「それとも、向こうでいい人でも見つけた?」
「えっ」
ニヤッと笑っているけど、寺崎先輩、鋭すぎです。
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