6 グループワーク
入口に立っていたイケコンの狭間さんが、プリントを差し出しながら話しかけてきた。イケメンのコンサルタントだからイケコン。
「今週は、小さなグループでのディスカッションをメインにします。こちらが座席表ですので、お名前の書かれている席に座って下さい」
「あ、ありがとうございます」
会議室の中を見ると、先週とは違うレイアウトになっていた。テーブルが、大きなコの字ではなく、二つずつ向かい合わせにして並んでいる。四人ずつグループになって話をするのに、ちょうどいい感じ。
これって、先週カフェテリアで『少人数のグループに分けたり、小さな部屋でフランクに話せるように工夫してみます』と言っていたのを、本当に準備してくれたってこと? 私みたいな下っ端が言ったことを気にして、いろいろやってもらうなんて、なんだか申し訳ない。
「気をつかっていただいて、どうもすみません」
「参加していただく方がやり易いように準備するのが、我々の仕事ですから」
イケコンの営業スマイルにも、だんだん慣れて来たかな。無駄にドキドキしなくなってきた。
座席表を見ると、窓側の後ろにあるDテーブルに自分の名前が書かれていた。隣の席は吉岡君。正面はイケコン。その隣に書かれている山田さんは、誰だかわからない。
まだ開始まで時間があるけれど、吉岡君もすぐ来るだろうし、とりあえず座っておこう。
「コーヒーと紅茶がありますが、どちらがいいですか?」
「ふえっ!」
座った途端、隣にイケコンが立って耳元に声をかけて来たから、びっくりして飛び上がりそうになった。見ると、会議室の隅にポットとコーヒーサーバーがあり、横にコーヒーカップが積んである。先週はペットボトルのお茶だったけれど、少しグレードアップしたみたい。
「あ、自分で持って来ます」
新人の私がのうのうと座って、ひとにお茶を持って来させる、なんてことはできないし。みんなの分も、配った方がいいのかな。着席している人は何人だろう。
あわてて立ち上がろうとしたが、イケコンにニコリとして制止された。
「出席者の方は、どうぞ座ったままお待ち下さい。どちらがいいですか?」
「あ、では、コーヒーで」
「ミルクと砂糖は、要りますか?」
「いえ、ブラックでいいです」
すっと、静かにサーバーのところへ移動し、手際良くカップにコーヒーを注いで持ってきてくれた。なんだか、高級ホテルのウェイターみたい。
「あ、ありがとうございます」
「会議が始まるまで、もう少しお待ち下さい」
ニコッと微笑むと、また会議室の入口に戻って、次に入ってきた人の案内を始めた。こんなサービス、一人一人にしていたら、忙しくて大変だろうに。先週も二十人は出席していたはず。
開始時間が近づいてきたので、入口には、どんどん出席者が並び始めていた。手際よく紙を渡して、席の説明をするイケコンと若手君。
あれ?
後から来た出席者の人には、自分で飲み物を持って行けって言ってる?
カフェサービスは、私だけ?
「今日はまず、一番社員の方の利用が多い、経費精算システムからご意見をいただきたいと思います。まずは皆さんの思う『使いやすい経費精算システム』のイメージを、手元の付箋紙に書いていただけますか」
会議の開始時間になったので、テーブルに座った三人に対してイケコンが説明し始めた。今週は、各テーブルに一人ずつ、コンサルタントや事務局の人が入ってリードするやり方で進めるそう。
四人目にやってきた山田さんは、海外プラント事業部にいる若手の人だった。偉い人がいると話しにくい、と言ったからか、このテーブルのように若い人だけが集められたグループと、偉い人だけが集められたグループに分けたみたい。
さっそく、隣の吉岡君が口を開いた。
「金額とか入力してから、いちいち印刷して、レシートを糊で貼り付けるのが面倒なんですよね。スマホでレシートの写真を撮ったら、それで終わりとかどうですか?」
「いいですねえ。スマホ経由でオンラインに取り込むだけで済む、なんていいアイデアですね。まずそれを書いてみて下さい」
褒められて吉岡君は気を良くしたみたい。付箋紙に大きな字で書き込むと、イケコンが模造紙の上の方に貼り付ける。
「他の方もどうぞ。遠藤さんも、遠慮せずに書いてみて下さい」
「あ、ええ、はい」
いきなり名前を呼ばないでよ。ドキッとするじゃない。
***
「ああー、疲れた。あれこれ考えるのって、普段使ってない筋肉を使っているみたいで、脳が疲れるなー」
「遠藤さん、脳まで筋肉になってる?」
「違うわよ! たとえよ。た、と、え」
たっぷり一時間検討した後、休憩の時間になったので、イケコンや事務局の人たちは、模造紙のボードを持って会議室の前の方に集まっている。
一応公式な会議ではあるが、グループでわいわいやっていたから、吉岡君も私もすっかり新人研修の時のノリに戻っていた。褒め上手のイケコンに、乗せられているのかもしれない。
「ちょっとお手洗いへ行ってきます」
山田さんが席を立つとすぐに、吉岡君が小声で聞いてきた。
「夕飯も食べに行ける?」
「大丈夫だよ」
どんなお店に連れて行ってくれるのかな。ランチも良かったから、期待できそう。
「地下道でつながっている隣のビルに、いいお店があるから、そこに行こう。外に出ると寒そうだし」
「うん。楽しみ」
昼に凍えていたのをちゃんと覚えていて、気遣いしてくれるのはポイント高いぞ、吉岡君。
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