5 ランチカフェ

「お、おおっ!」

 待ち合わせ時間の十分前に、本社ビルの一階に着いたのに、吉岡君はもうロビーに立って待っていた。しかも、エスカレーターで上がってきた私を一目見るなり、この大げさな驚き方。


「な、なに? 変な格好してる?」

「いや、すげえカッコいいし、キレイ」

「ちょっと……」

 あんまりストレートにベタ褒めされると、どう反応していいかわからなくなるから、やめて。

 でも今日は、ユニット・アンド・ローズで買った、ちょっとおしゃれめなスーツを着て、メイクも、いつもより丁寧にして来たから、先週とはイメージが違うはず。そこを見逃さないのは、吉岡君、ポイント高いよ。


「い、いつもと一緒だよ」

「そうか? ま、それなら、それでいいけど」

「このまま、外に出る?」

「そう。通りを右に行って二つ目のビルの一階」

「どんなお店かな。楽しみ」

 自動ドアから外に出ると、びゅうと吹き付ける冷たい風に、思わず震え上がった。地下鉄の改札フロアから直接ビルの中に入って来たので、気温差がすごい。まだ十月で、時間も午後一時だというのに、外は真冬並みだった。


「さっむいね。風も強いし」

「ここは、特にビル風が強いからな」

 気合を入れて着てきたスーツは、春秋用に買ったもので、残念ながら冬仕様ではない。コートも着ていないから、かなり厳しい。朝、工場に行く時は、駅からシャトルバスが出ているから、気温なんてあまり気にしていなかった。


「こ、こっち?」

「もう一つ先のビルに入ったところ」

「うー。走ってもいい?」

「え」

 普通に歩いていたら凍死しそうだから、いっそのこと、走って温まった方がいい。もう一ブロックならすぐだ。バッグを抱えて走り出すと、吉岡君も少し後ろについて来た。ヒールじゃなくて、ぺたんこのスニーカーを履いてきて良かった。

 目標のビルの前に着くと、走ったから体はポカポカになり、風向きのせいかビル風もおさまっていた。


「はあ、はあ、はあ、遠藤さんて、足、速いな」

「そう?」

「俺、陸上部だったから、足は自慢なんだけど、遠藤さんについて来るのに、結構本気で走ったぞ」

「私も陸上部だったから」

吉岡君の目が、きらりと光った。


「遠藤さんも陸上部だったの? 種目は?」

「主に短距離。長時間走っているのは、大嫌いだったから」

「俺も」

 なんか、キラキラした目でこっち見てる。でも、今日はワインが入ってないから、ドキッとしたりしないからね。


「お腹すいたから、早くお店行こうよ」

「わかった、わかった。こっちのカフェ」

 ビルのガラス扉を開けて中に入ると、ちょっとウッディなフロアに、テーブルの上や天井からグリーンがさりげなく飾られていて、ナチュラルでおしゃれ系のお店。カウンターの上には、ドライフルーツやナッツを漬け込んだ大きなビンが並んでいる。あれはお酒なのかな? それともシロップ漬け?


「いいねぇ。素敵」

「だろう?」

 自慢げな顔は、やっぱりちょっとかわいいかな。


 ランチタイムのピークは終わっていたので、あちこち席は空いていた。窓際の、外の通りが見える席でランチプレートを食べながら、工場に配属されて以来、とんと音沙汰のなくなった同期の近況を聞いてみる。


「本社で、同期どうしで飲みに行ったりしてるの?」

「他の部署とは、あんまりないかな。同じフロアにいる竹田とは、何回か行ったけど」

 竹田君て、どんな人だったっけ。これも印象に残ってない。ほんと私って、人付き合いが下手だなあ。


「飲み会は、部門の先輩や上司に連れて行かれるのが多いかな」

「どんな所に行くの? 先週みたいなおしゃれな店?」

「あんな店、行くわけないじゃん」

 けらけら笑っている。

「先輩に連れて行かれるのは、大体、八重洲口側の焼き鳥屋とか焼肉屋だよ」

「そうなんだ」

 それなら、工場で課長たちと行ってるのと変わらない。意外と、この辺でもそんな店があるんだ。


「遠藤さんが、連絡つながっている同期って誰?」

「えー、あんまりいないんだよね」

 女子で、すごくできそうな子が一人いて、なぜか仲良くしていたけれど、すぐに会社辞めちゃったし。今はアメリカにいて、何かの資格の勉強をしているはず。それ以外は、個人ラインでつながっている人もいない。


「同期で今も会っているのは、吉岡君くらい。まず工場にいたら、同期と顔を合わせる機会ないから」

「え、そうなんだ」

 また、嬉しそうな顔して。

「同期で集まる話とかあったら、教えて。金曜日にセットしてくれたら、参加できるから」

「わかった。話が上がってきたら、連絡する」


 結構なボリュームのあるランチプレートだったが、ぺろりと食べてしまった。食後のコーヒーも飲んだし、時間的にもちょうどいい感じ。

「そろそろ、戻るか」

「そうだね」


 ビルの外に出てみても、食事をして体が温まったのか、風がおさまったせいか、走らなくてもそれほど寒くなかった。食べてすぐ走るのは、お腹によくないし、帰りはゆっくり歩いて行こう。


「遠藤さんは、会議室に直行する?」

「うん。直接十八階に上がる」

「俺は、自分のフロアに一回戻ってから行くから」

「わかった。じゃ後で」

 会議室のある十八階と、吉岡君のオフィスのある九階は、別々のエレベーターに乗る仕組みになっているので、一階ロビーで別れる。


 十八階でエレベーターを降りたら、まずはお手洗いへ。歯を磨いて、リップを直して、よそ行きモードへの切り替え準備を整えて。

 廊下に出て、先週と同じ会議室に入ると、入口に狭間さんと若いコンサルタントの二人が立って待っていた。

「お疲れさまです」

 にっこりと、あの営業スマイル。


 さて、今日の第二ラウンド、開始だぞ。

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