2 ウラオモテ
出張者用の座席フロアは、本社ビルの十五階にあると先輩に聞いてきた。私のような地方の事業所から来た社員が使えるように、デスクとパソコンが用意されていて、ログインすれば、いつもの自分のパソコンのようにメールを読んだりできるらしい。
十五階でエレベーターを降りてオフィスに入ると、確かにずらりとパソコンが並んでいる。だけど空いている席が……無い!
人がいない席はあるものの、近くまで歩いて行くと、必ず上着やカバンが置いてあった。お願いだから、いなくなる時は上着とか持って行ってほしいなあ。
吉岡君と約束した五時半までは、まだ一時間ある。このまま、誰かが席を立つまで、ぼうっとここで立っているか、休憩所とか、どこか座れそうな場所に移動するか。迷うまでもない。さっさと座れるところに行こう。
私の仕事は、払い出し申請があった紙の申請書フォームを社内メールで発送したり、備品を貸し出したり、事務所にいないとできない事ばかり。ここで依頼メールを見たところで、何もできることはないから、月曜日になってから見ても変わらない。課長に何か言われても「出張者用の座席が満席でしたー」て言えばいいよね。
入口の壁に本社フロアガイドが貼ってあるので、社員食堂を探すと、すぐ下の十四階に、カフェテリアと書いてあった。さすが工場と違って、言い方がおしゃれ。すぐ横に階段があるし、エレベーターホールはちょっと遠いから、一つ下なら階段で降りちゃおう。
階段を降りると、カフェテリアの端の方に出てきた。だけど、飲み物が置いてあるレジカウンターは、はるか向こうのエレベーターホールに近い側にあるようだった。なんだ、結局あっちに行かないといけないのか。
レジカウンターに近い方の席は、休憩に来ている社員がたくさん座っているけれど、このあたりまで来るとほとんど誰もいない。こっそり休憩するには、いい場所かも。
背の高い鉢植えに囲まれた、テーブル席の間を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「君達はどう思った?」
あれ? あのイケメンコンサルの人? 思わず、鉢植えに背を向けたソファに座ってしまった。会議でのにこやかな笑顔を思い出すと、ドキドキしてくる。
「言いたい放題言ってましたね」
「相当、不満が溜まっている感じですか」
「あれがユーザーの生の声だ。最初にちゃんと話を聞く姿勢を見せて、我々は同じ船に乗っている仲間だ、という意識を植え付けるのが目的だからな」
声は確かにあの人。でも会議の時の、にこやかな話し方とは全然違う。一緒にいるコンサル会社の人たちの方が年上に見えたけど、明らかにイケメンコンサルの人に気をつかっている感じ。
「議事録はできたか?」
「も、もう少しです」
四人目の若そうな人の声が聞こえた。
「遅い。会議中にポイントを押さえてメモを整理しておけば、三十分もあればドラフトできるだろう」
「す、済みません」
なんか、すごく厳しくて冷たそう。身内には厳しい人なのかな。
「あのペットボトルひっくり返した女の人、すごいテンパってましたね」
「そうそう。笑っちゃいました」
ああ。こんなところでも笑われてる……。恥ずかしくて、次から行けない。
「おい! お客様に対して、なんてこと言ってるんだ」
「す、済みません」
おや?
「お客様の陰口など、冗談でも言うんじゃない。そんな奴は俺のチームにいる資格はない。出て行け」
「す、済みません。二度と言いません」
声は静かだけど、めっちゃ怖い。絶対に自分の上司にはしたくないタイプ。うちの課長は平和な人で良かった。
会議では、にこやかな笑顔に騙されてぼうっとしていたけれど、あれはお金をくれる「お客様」に向けた営業スマイルなんだよね。そんなことはわかっているのに、もしかして、なんて勘違いしてドキドキしていたとか、どこまでお人好しなんだろう。
見つからないうちに、さっさと行こう。
鉢植えの方に背を向けてそっと立ち上がり、見えないように、こそこそカウンターまで歩いて行って、コーヒーをオーダーした。まだ四十分は待っていないと。
少し待ってコーヒーを受け取り、カウンターから離れた窓際の席に向かって歩いていると、後ろから声をかけられた。
「遠藤さん」
「はい」
ゆっくり振り向くと、にこやかな笑顔の彼がいた。ああ、やっぱりイケメンだ。
営業スマイルでもなんでもいいけど、やっぱりイケメンだ。
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