外資系イケメンコンサルタントでも恋の指導はままならない
代官坂のぞむ
一章 丸の内デビュー
1 丸の内デビュー
「す、すみません! 大事な資料に!」
「大丈夫ですよ。予備は沢山ありますから。それよりスーツ大丈夫でしたか?」
ペットボトルのお茶をひっくり返して、テーブルの上の資料をダメにしてしまった私の横に、さっとティッシュを持って近づいて来たのは、さっきコンサルタントですと自己紹介していた人。確か、狭間涼介と体制図に書いてあった。
手際よく濡れた資料を回収して、机の上を拭いてくれた上に、私の服の方を心配してくれるなんて、うちの工場では見たことがないタイプ。しかもイケメン。
「はい。新しい資料です」
「あ、ありがとうございます」
にこやかな笑顔で渡されると、柄にもなく頬が熱くなってきた。うぶな高校生でもあるまいし、いい社会人の私が、何をぼうっとなっているんだ。
遠藤佳奈 22歳。大手メーカー五条インダストリーの相模原工場総務部勤務。本社勤務の丸の内ビジネスウーマンに憧れて就職したけど、入社後に配属されたのが地方工場だったので、やさぐれ気味。なんか自分で言ってて、嫌になる。
社内システムのあまりの使い勝手の悪さに、仲の良い先輩にいつも文句を言っていたら、本社で始まったシステム更新プロジェクトに参加するように、と指名されてしまった。相模原工場のユーザー代表だそう。きっと、他の人は忙しくてそんな雑務をしている余裕がないから、新人の私ならいいだろう、という課長の差金だ。
でも毎週金曜日の午後、丸の内の本社でユーザーを集めた会議に出席するだけの簡単なお仕事。文句なしに引き受けさせていただいた。毎週、丸の内に堂々とお仕事で行けるなんて、夢が叶ったのと同じじゃない?
それなのに、いざ会議に出てみると、偉そうな本社の人がずらりと対面にいて難しそうな顔をしているから、指名されても緊張でろくに発言もできない。さらに資料の上に、ペットボトルのお茶をひっくり返してしまう大失態をしてしまった。せっかく毎週、本社に出張できるお仕事が降ってきたのに、こんなドジを踏んで交代させられたら大変。ちゃんとしなきゃ。
「では、続きを。遠藤さん、現行の経費申請システムの画面で、不満に感じているところは、どんなところですか?」
狭間さんは、何事も無かったように、にこやかな笑顔で質問を再開した。やっぱりイケメンだ。うちの工場には、絶対いないな。
***
会議が終わり、偉い人たちがいなくなると、本社の若手社員が机を片付け始めた。私はよそ者だけど、新人なんだから、やっぱり手伝った方がいいよね。
「あの、私も手伝います。机はどうすればいいですか?」
「ああ、コの字になっているのを、全部教室みたいに前向きにするから」
「はい。わかりました」
四、五人の社員が動いていると、あっと言う間に机は前向きに揃ってしまった。
「ありがとう。遠藤さんって、今年入社だよね」
片付けていた中の一人が、話しかけてきた。さっきの会議で、やたら元気に発言していた人だ。
「はい。そうですけど……」
会議では、相模原工場の総務部から来ました、としか自己紹介しなかったのに、なんで知っているんだろう。
「俺のこと、覚えてないかな」
「……?」
残念ながら、私は物覚えが良い方ではない。特に、関心の無い人のことは、全く覚えていないから、学生の頃からよく友達に怒られていた。合コンで一緒だった男子に翌週会って、「初めまして」と言ってあきれられたこともある。
本社に仕事で来たのは、今日が初めてだから、会ったことがあるとしたら、就活か新人研修の時だ。
「俺、同期入社の吉岡泰造。社会人マナー研修とか、クラス一緒だったんだけど」
「あ、ああ、そうだったね。うん」
ごめん。全く覚えてない。
「俺の方は、遠藤さんのことずっと見てたから、覚えてたんだけどな」
「あ、はは。そうなんだ」
ちょっとストーカーっぽくて引くかも。ずっと見てたって、なに?
「でも、本社で見かけなくなったから、どうしたのかなと思ってたら、相模原行ったんだ」
「そうなのよ。私も本社勤務したかったんだけど、なんかあっちに回されちゃって」
「今日は、これからどうする予定? 相模原に帰る?」
どうしようか。もう四時過ぎているから、今から工場に帰っても退勤時間を過ぎてしまう。
「もう戻っても仕方ないから、ここの出張者用座席で時間つぶして、退勤時間になったら帰る」
「じゃあ、その後、飲みに行かないか?」
えっ。憧れの丸の内で、会社帰りに飲みに行く? 憧れの花金?
相手がストーカーっぽいところが、ちょっと気になるけど、でも同期と花金って良いよね。
「うん。いいよ。どうせ帰っても何もすることないし」
「よしっ。じゃあ、それまでに店探しておくから。イタリアンとかでいい?」
「うん。イタリアンなら大好き」
憧れの丸の内デビューは、上々のできかも。
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