第59話 賢者タイタス

 バロメッツたちは臨戦態勢。

 おれ自身もきなくさい気配を感じていたが、先制攻撃はさすがにだめだろう。

 それをやったらおれたちのほうが狼藉者だ。

 というか、常人には見えないバロメッツなにかが脈絡なく領主一行を急襲、制圧したりしたら、村人には理解不能の展開になりそうだ。

 まずは出方を待つことにした。

 ザンドール男爵が、馬車からルフィオの姿を見ている。スルド村で暮らしていたとき、ウェンディから聞いたんだが、ザンドール男爵は『美少女好み』なんだそうだ。

 ルフィオはそのお眼鏡にかなったらしい。

 気に入らないが、ルフィオ本人はそう気にしていないようだ。

 人間の悪意や欲望には鈍感らしい。

 とりあえずルルのところにもどろうとすると、ザンドール男爵一行が動いた。

 十五人ほどの男が剣を抜き、ザンドール男爵の息子のサルバンという男が吼えた。


「全員! 両手を頭の後ろで組んで跪け!」


 スルド村の長老ボンドが困惑の声をあげた。


「ど、どういうことでございましょう!?」


 サルバンは「黙って跪け!」と大喝すると、ボンドに歩み寄り、剣を振り上げる。

 他の村人を震え上がらせ、コントロールするための見せしめのつもりだったのかも知れない。

 バロメッツに「助けろ」と指示しようとしたが、その前に、一人の男が動いた。

 正確に言うと、魔法のケープでタイタスという商人を装ったサヴォーカさんだが。

 幻のようにサルバンの前に現れたサヴォーカさん、もしくはタイタスは静かな口調で言った。


「狼藉はやめるであります」


 少女の声じゃなく、魔法のケープで変換された男の声だ。


「邪魔だ!」


 サルバンは問答無用で剣を振り下ろす。

 ボンドの前にサヴォーカさんを切り捨てようとしたんだろうが、相手が悪すぎる。

 サルバンの剣閃を、サヴォーカさんは裸の右手で掴んで止める。

 いつもつけている吸血羊の手袋は外している。

 サヴォーカさんは、死と風化を司る魔物、死神グリムリーパーだ。その手にとらわれたサルバンの長剣はみるみるうちに赤く錆び、痩せて、へし折れた。


「……なっ……」


 サルバンは顔を青ざめさせ、後ずさる。


「……き、貴様! 何者だっ!」

「行商人のタイタスと申す者であります。羊毛の買い付けのため、ここにお邪魔しているであります。いかなる仔細があって、この村に乱暴を働こうというのでありますか? 正当な理由があるというなら、お聞かせ願いたいであります」

「だ、黙れっ! やれ! かかれ! 切り捨てろっ!」


 サルバンが叫び、男達は動き出す。

 サヴォーカさんがおれに目配せをした。

 肩の上のリーダーに囁く。


「頼む。できるだけ生け捕りにしてくれ」


(心得ました。バロメッツ! 全騎戦闘開始! 毛綿針ウォートホッグ誘導綿スピットファイアの使用は最低限に控え、急降下突撃ヘルダイバーで制圧しろ)

了解ラジャー!)


 八四体のバロメッツが動き出し、空中から男達に体当たりをしかけていく。

 ふわふわした毛綿羊の体当たりではあるが、真上から加速しながら仕掛ける急降下攻撃だ。クッションで思い切りぶん殴られるくらいのダメージはあるようだ。

さすがに一撃でノックアウトできるような攻撃ではないが、姿もなく、息つく間もなく襲いかかってくるバロメッツの雪崩の前に、男達は一人、またひとりとダウンさせられていく。


「手伝う?」


 ルフィオが言った。


「いや、大丈夫だ」


 サヴォーカさんやロッソから「ルフィオは人と戦わせるな」と言われている。

 人間みたいなもろい生き物が相手だと、手加減が利かないらしい。

 一撃で頭蓋を消し飛ばしたり、上半身と下半身をうっかり分断したりしかねないそうだ。

 山賊も同然とはいえ、一応は貴族が相手だ。とりあえずは生け捕りにして新王陛下の裁断をあおいだほうが無難だろう。

 サヴォーカさんとバロメッツに任せたほうがいい。

 サヴォーカさんは吸血羊の手袋をはめ直し、男達を次々とたたき伏せていく。ザンドール男爵家は武門の家柄だそうだが、全く相手になっていなかった。

 武器を腐食させられたサルバンは、近くに転がった長剣を拾い上げると、化鳥めいた声をあげて斬りかかる。

 だが、アスガルの七黒集の一角であるサヴォーカさんを、人間にどうにかできるはずもない。

 淡々と繰り出された拳の一撃で顎を射抜かれ、意識を砕かれて倒れた。

 最後は、馬車の中のザンドール男爵一人。

 必死になって馬車から飛び出し、逃げだそうとした男爵だが。


(へっ、逃がすかよっ!)

(観念しな!)


 超高空から襲ってきた二匹のバロメッツの突撃を受け、撃墜された。

 つーか、ルルの相手を任せた二匹だ。

 放り出してきたんじゃないだろうな。

 息をついたサヴォーカさんは、村人たちを見渡す。


「お怪我はないでありますか?」

「は、ははぁっ!」


 長老のボンドがその場に這いつくばる。


「どうなさったで、ありますか?」


 サヴォーカさんは、やや戸惑い気味に訊ねる。


「これまでの非礼をお許しください。タイタス様。あなた様が偉大な賢者様であらせられるとはつゆ知らず」

「けんじゃ?」


 ルフィオが小首を傾げた。


「……そうなったか」


 誤解が生じたようだ。

 ブレン王国は、昔から強力な魔術師や錬金術師を賢者と呼んで尊ぶ土地柄だ。

 王都にある魔法学校も賢者学院なんて名前になってて、成績優秀者には賢者もどきの賢士なんて称号を与えてる。

 サヴォーカさんがサルバンの長剣を風化させたり、目に見えないバロメッツたちが空中から男達を叩きのめしたことを、賢者様の魔法のなせる技と勘違いしたらしい。

 珍妙な展開になってきたが、まぁ、死神グリムリーパーという正体を明かすわけにもいかないし、得体の知れない魔物として忌避されるよりはましと判断したようだ。

 サヴォーカさんは困り顔をしながらも、あえて誤解は正さなかった。



 昏倒したザンドール男爵たちを村人たちに縛り上げてもらっている間に、おれはエルバやルフィオと共にルルのところに戻った。

 だが、家の玄関先にも、家の中にも、ルルの姿はない。


「どこいった?」

「あっちみたい」


 ルフィオが言った。

 ルフィオの先導で、村を少し外れた牧草地に出ると、ルルは一匹のバロメッツを抱きかかえ、木陰で寝息を立てていた。


「なんでこんなところで寝てんだ?」


 平和で幸せそうな寝顔だ。争いの気配に怯えたりせずに済んだのは良いことではあるんだろうが。


(終わったか)


 ルルに抱かれたままのバロメッツが、クールなトーンで短く鳴いた。


(騒々しくなりそうだったんでな。落ち着けるところに移らせたのさ)


 なにを言ってるのかはわからないが、こいつの仕業らしい。

 それはまぁいいんだが、どうしてこいつはこう、妙にキザな雰囲気を漂わせているんだろうか。

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