第56話 もうおわり
繊維の杭に頭を撃ち抜かれたフェンリアは、絶叫めいた咆哮をあげ、形を失った。
黒綿花や霧氷の支援があったとはいえ、ルフィオたち七黒集と戦うためにやってきた七匹のフェンリアの一匹を葬り去った。
やっぱり
そんなことも思いつつ、自爆させた身体から脱出してきたバロメッツのリーダーに手を伸ばし、着地させる。
「大丈夫か?」
(お気遣いなく)
(ちょろいもんだぜ)
(二度は御免だがな)
(まったくだぜ)
集まってきたバロメッツたちもヌエーヌエーと声をあげる。
残るフェンリアは、ルフィオが向かい合っている一匹だけ。
ルフィオは苦戦をしているというか、やりにくいようだ。
大けがはさせられていないが、毛皮をあちこち凍結させられていた。
「カルロ殿」
「無事か?」
大陸の東西に展開していたはずのサヴォーカさん、ロッソが飛んできた。
「おれは大丈夫だ。あとは、ルフィオだけなんだが」
「手こずっているようでありますね」
「奴らは
「なんとかできないのか?」
「助太刀はできないであります。ここで我々が手を出せば、ルフィオの名誉を傷つけることになるであります」
そうかもしれない。
ランダルもアルビスも、一対一でフェンリアを倒している。
ここでルフィオだけ誰かの力を借りるとなると、ルフィオのプライドは傷つくだろう。
「……くそ」
ルフィオが負けたり、殺されたりするとは思わない。
霧氷や黒綿花の力は借りたが、バロメッツたちが倒せた相手だ。
ルフィオがやられるようなことはないとは思うが、見ていてどうにもはらはらする。
ロッソはフン、と鼻を鳴らし「世話の焼ける」と呟いた。
「俺を着ろ」
赤マントだけの姿になったロッソがおれの肩に覆いかぶさってきた。
「どうするんだ?」
憑依するつもりのようだが、手は出せないはずだ。
「
「冥層に降ろす?」
「黒綿花やバロメッツが本来存在している位相であります。冥層に隠れておけと指示すれば、冥花たちが自分で降りていくでありますよ」
「わかった。悪いが、隠れててくれ」
(了解、バロメッツ、全騎冥層潜行)
ネズミサイズのリーダーが声をあげる。
(あいよ)
(気をつけてな)
(またあとでな)
バロメッツたちと、黒綿花たちがすうっと姿を消した。
「霧氷殿は私の側に」
「わかった」
呼びかけに従い、霧氷はサヴォーカさんのそばへと飛んだ。
おれに憑依したロッソが、おれの口を使ってルフィオに呼びかけた。
「
○
――また取りついてる。
無理矢理ではないようだが、ロッソがまたカルロに取り憑いている。
憑依をされると、その後もカルロの身体にロッソの匂いが残るので好きではない。
「なんで、取りついてるの?」
繊維の杭を尻尾でまき、ルフィオはロッソに問いかける。
別に憑依が必要な場面ではないはずだ。
ロッソはカルロの鼻を「フン」と鳴らした。
「おまえがだらしないからだ。おまえがそれに手こずる様子に心配している。とっとと片付けてしまえ。余波は気にするな、カルロは俺が護ってやる」
――心配?
心配してくれていた。
心配させてしまっていた。
嬉しいような、腹立たしいような、複雑な気分になったが、最終的には、腹立たしい方が勝った。
カルロに心配をかけてしまった上、ロッソにしゃしゃり出られた。
フェンリアに手こずり、カルロを心配させてしまったのだから仕方がないのだが、腹が立つものは腹が立つ。
「わかった」
とにかく、ロッソの言う通り、フェンリアを片付けてしまうしかない。
ロッソが憑依した状態なら、強い力を使っても、余波でカルロを傷つける心配もないはずだ。
「やっつける」
最後のフェンリアに目を向けたまま、ルフィオは姿を変えた。
「
大狼の姿から、尻尾の生えた少女の姿に。
だが、素裸ではなく、超高熱の光でできた輝く衣装を身につけている。
カルロが作ってルフィオに着せている一枚布のキトンと全く同じ造りのものだ。
意識しないと形のないオーラ状に展開されるものを、意識してカルロのキトンの形にしていた。
人間的な羞恥心が目覚めたわけではないが、同じ身に纏うものなら、好きな形にしておきたい。
さらに大きな力を出すなら、ここから大狼状態になればいいが、そこまでやったらやりすぎだ。ロッソの防御があってもカルロを傷つけかねない。これ以上の変化はせずにおくことにした。
フェンリアを消し去るだけなら、少女の姿で充分だ。
ルフィオの周囲に熱風が吹き荒れる。
尻尾に引っかかっていた繊維の杭が、灰になって四散した。
現在の高度は雪原から五十メートルほどだが、周囲数百メートルの雪が一瞬で溶け、蒸発する。さらにその外周部の雪も、瞬く間に溶け崩れ、沸騰していく。
既にロッソたちはカルロを連れて避難してくれていた。
拳を握り、告げる。
「もうおわり。覚悟して」
押し寄せる熱風に熱操作で耐えつつ、フェンリアは叫ぶように言った。
「……いったいなんだ、その力は。おまえは、いったい何者だ」
「しらない」
いつか先代魔王が『神代の創世伝説に関わる何か』と言っていたが、それも結局、何か止まりだ。
正確なところはなにもわからない。
特に気にしてもいなかった。
知らなくても困らないし、知らなくても、毎日は楽しい。
「いくよ」
右手に熱を収束。
虚空を蹴り、加速した。
○
鉄を焼き溶かすほどの熱風が、一帯を完全に支配している。
冷気を放つことも、氷の槍を作ることもできない。
フェンリア自身の溶解を押しとどめようとするだけで、精一杯だった。
だがそれも、悪あがきでしかなかった。
熱風を纏った
なすすべなどない。
熱操作で対応するには、あまりにも膨大すぎる熱量。
フェンリアの正面に踏み込んだルフィオは、格闘技の掌底突きのように掌を突き出す。
その掌から、衝撃波のような熱風が放たれた。
一瞬とさえ言えぬ刹那に、それはフェンリアを破砕し、蒸発させる。
さらに、後方数十キロに渡って雪原を吹き飛ばし、蒸発させた。
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