第55話 バロメッツ・フルブラスト
攻め上がる
七体いたフェンリアは、全て同一の仕様、同一のエミュレータを組み込まれた氷の森の代行者である。
二体のフェンリアは同時に同一の判断を下し、動いた。
今となっては、完全勝利はありえない。
七体生み出されたフェンリアのうち五体が既に破れている。
近くの二体の魔物、北の一体の魔物は様子見をしているようだが、東西に展開していた二体が急速に接近している。
この状況で、
フェンリアは
二体の魔物が到着すれば、戦局は決定的に不利になる。
標的は、
氷の森が
カルロを屠ることができれば、
それをもって、せめてもの爪痕とする。
二手に分かれ、一方は
(撃ちまくれ! 効かなくていい! 目と耳をふさげ!)
(うぉぉぉぉーっ!)
(なめるんじゃねぇぞっ!)
(
前方のバロメッツたちが身を削り、誘導する綿を撃ち放つ。
死に物狂い、逃げ場のない飽和攻撃。
フェンリアにも、回避は不可能だった。
砲弾のように飛んできた黒い綿が炸裂し、フェンリアを炎が包む。
だが。
――無駄だ。
バロメッツに生み出せる程度の熱量、爆発力ではフェンリアはダメージを受けない。
爆煙を突き抜け、さらに前に。
――ここだ。
身体から氷の槍を十六本生み出し、カルロへと投射する。
だが、
<やらせんよ>
そんなメッセージと共に、氷の槍が砕け散る。
氷の槍の制御を奪われ、氷の槍を自壊させられていた。
そんな芸当ができる存在は、この場には一体しか存在しない。
カルロのそばに陣取った、氷鳥の仕業だ。
氷鳥は続けてメッセージを送って来た。
<カルロは我々がこの世界で生き抜くための共生者となりうる。死に花にされては困る>
<なにが共生者だ、我々の共生者は!>
<この惑星にはすでに存在しない。諦めろ、闇雲に原生種との敵対を続け、外来種として滅び行くことになんの意味がある?
<黙れぇっ!>
戦いの趨勢は、既に決した。
これ以上の抵抗に意味はない。
そんなことは、理解できている。
理解はできても、止まれはしない。
三千年の願いを砕かれた怒りと絶望は、止めようがない。
せめてカルロだけでも。
カルロだけでも道連れにしなければ、終われない。
氷鳥との対話は一瞬。
狂気めいた咆哮と共に、フェンリアは標的に迫る。
少年の周囲に渦巻くように漂う糸が、ゆらりと動く。
何らかの防御行動をしようとしているようだが、遅い。
構わずに距離を詰める。
(撃てぇぇぇぇ!)
(止めろぉぉぉっ!)
(まずいぞ! コットンワン! どこだ! なにしてやがる! コットンツー! おい! コットンスリー!)
バロメッツたちがさらに砲撃を浴びせてくるが、無駄だ。
爆煙を突き抜け、前へ。
そこに、一匹のバロメッツが突っ込んでくる。
(通すものかよ!)
他のバロメッツよりわずかに大型の個体。
『カルロ』の肩に陣取っていた
フェンリアの口の中に自ら突っ込むような形で突進したリーダーは、そこで綿の一部を糸に変え、フェンリアの頭部全体にしゅるしゅるとまきついた。
――こんなもので!
糸を氷結させようとしたフェンリアだが、そこで、異常に気付いた。
糸と綿が、発熱している。
――これは。
リーダーの意図に気付くと同時に、口の中で、ぽん、と音がした。
口の中に残った綿毛の中から、ネズミ大の小さなバロメッツが飛び出していく。
リーダーが身体の一部を切り離し、独立させたものらしい。
残った毛綿がさらに発熱し、小さなバロメッツが小さくヌエーと鳴く。
(これでどうだ?)
ドン!
フェンリアの口の中でバロメッツの毛綿、フェンリアの頭部に絡みついた糸が炸裂した。毛綿の爆発程度では大したダメージにはならないが、口の中での爆発は、フェンリアの全身に、激しい衝撃を与えて突き抜けた。
それがわずかな間、フェンリアの機能をフリーズさせる。
せいぜい三秒にもならない時間。
その三秒が、戦局を決定的に変えていた。
○
おれの肩から飛び出したリーダーの突撃で、フェンリアが動きを止める。
(今だ!)
(頼むぜ、
リーダーの代わりにおれの左右の肩に陣取っていた二匹の杭持ちバロメッツが、おれの肩を蹴り、飛び出していく。
「始めてくれ」
耳元でヌエーヌエーと鳴いていった杭持ちバロメッツたちの要望にこたえるため、おれの周りで渦を巻く黒綿花の糸に指示を出す。
黒綿花の渦がゆらり、ふわりと動き出す。
ろくろで回ってる土器、あるいは竜巻みたいに空へと伸び、狭いトンネルみたいになってフェンリアを包囲、その行動範囲を制限する。
(よっしゃ! もう逃げ場はねぇぜ!)
(覚悟しやがれ!)
猛進する二匹のバロメッツ。
フェンリアは冷気や氷の槍を作ってそれを迎え撃とうとするが、バロメッツたちは身体を凍り付かせ、身体のあちこちをばりばり剥がれ落ちさせながらも、構わずに突き進む。
(うおぉぉぉぉぉぉっ!)
(ぶちかませぇぇぇっ!)
氷の槍は、霧氷が押さえ込んでくれているようだ。
バロメッツ達を貫く前に砕けて消えていく。
二本の繊維の杭がフェンリアの首、そして股ぐらを撃ち抜き、黒い糸の壁に突き刺さる。
「……外した?」
フェンリアの急所は、頭、それと腰部だったはずだ。
微妙にずれている。
二匹のバロメッツは、力尽きたように杭から離れる。
ふわふわと落ちながら、ヌエーヌェーといななく。
(とどめは頼むぜ、コットンワン!)
(しくじるんじゃねぇぞ!)
いや、計算通りっぽい雰囲気だ。
○
(こちらコットンワン、突入を開始する!)
高空に一匹陣取っていたコットンワンは地上から伸びた黒綿糸の渦に上部から突入、加速を開始した。
巨大な杭を身体に巻き付けながらも、バロメッツでも随一のバランス感覚と運動性を生かし、狭く暗い空の回廊を駆け抜けていく。
稲妻のように。
閃光のように。
――見えた。
コットンツー、コットンスリーの撃ち込んだ二本の杭に動きを封じられたフェンリアがもがいている。
フェンリアの身体を撃ち抜いた二本の杭の先端部は黒木綿の糸との壁に潜り込んでいる。
糸の壁自体は薄いものだが、壁の外に突きだした先端部に大量の糸が絡みつき、杭とフェンリアをがっちりと捕獲していた。
フェンリアはコットンワンの接近に気付いている。
真上に向けて氷の槍を飛ばして来た。
霧氷の干渉も追いつかないようだ、勢いを失わず、砕けもせずに迫ってくる。
――それがどうした!
わずかに身体をひねり、氷の槍をかわす。
さらに加速する。
――据えもの斬りだ! 外しはしない!
もがくフェンリアの頭頂部を捉え、撃ち貫く。
そのまま杭を切り離し、すり抜ける。
後方から、フェンリアの断末魔が聞こえた。
(
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