第51話 侵略ケーブル
『怠惰』のアルビスは七黒集の朝の会合で『線』が完成したとの報告を受けた。
「予定より早いわね」
『傲慢』のムーサが呟いた。
円卓のメンバーは、非番のルフィオを除いた六者。
「どうする?」
「待つこともあるまい。今夜のうちにカタをつける。『半分の月』には俺とランダル、ルフィオ、カルロとで出向く」
「ルフィオは非番だけど?」
「どうせカルロについてくる。留守居はムーサ、おまえに任せる」
「了解」
「Dは森の北方で待機。北上や暴走の気配があれば押さえ込め」
「心得ました」
「サヴォーカは森の西部、ロッソは東部で待機。カルロのことは今回はルフィオに任せろ。こう相手がでかいと戦力を一カ所に集めるわけにもいかん」
「心得ているであります」
「問題ない。人間への連絡はどうする?」
「おまえに任せる。ブレン王のもとに出向き、今夜しかけると伝えてくれ」
「いいだろう。すぐにブレン王国に向かう」
アルビスの指示を受け、ロッソが円卓を立ち上がった。
○
その日の夜、おれはアルビス、ランダル、ルフィオ、バロメッツたち、それと籠に入った氷鳥霧氷と共にキリカラ山脈の『半分の月』を訪れた。
長さ五十メートルの『線』はランダルが担いでいて、接続や緊急停止コードの発信などもランダルがやる。
アルビスの役回りは、キリカラ山脈とアスガルの間の転移用ゲートの構築。
おれの役回りは『線』に不具合があったときのための緊急対応で、トラブルがなければやることがない。
ルフィオはおれについてきているだけなので、やはり特別な役回りは持っていなかった。
霧氷は、アドバイザーという形で同行している。さすがに完全に信用していい相手じゃない。動きを封じるための鳥かごに入れられて、おれの手にぶら下げられている。
厳密に言うと『島の森』の霧氷そのものじゃなく、その姿と記憶、思考パターンを模した分身のようなものらしい。
外からはわからないが、中には氷霊樹の繊維で出来た骨組みが入っているそうだ。
「どんな感じだ?」
ルフィオの背中に座ったまま、鳥かごを氷の森に向けた。
日は暮れているが、白い霜に覆われた氷霊樹が星明かりを照り返している。見通しは良かった。
「拡散の準備が進んでいる。もう少し遅ければ、種子の打ち上げが始まっていた」
鳥かごの中の霧氷が応じた。
「良かったのか? 裏切って」
「裏切ったわけではない。おまえたちに従うという生存戦略を選んだだけのこと。我々が生き残ろうと、氷の森が生き残ろうと、氷霊樹という種が存続できればそれが勝利となる」
霧氷はこともなげに言った。
「奴の目的は、そこからだいぶずれてしまっているようだが」
「奴? 氷の森のことか?」
「我々は、氷の星で『半分の月』の異星体、氷人たちと共生していた植物だ。この星の綿や麻、バロメッツなど同じようにな。氷人たちの文明が進歩し、それに合わせて改良、調整を重ねられて、今の我々となった。氷人との共生が、我々の生存戦略だった。奴らは、その生存戦略を更新できなくなっている。氷人がいなくなったにも関わらず、氷人のための環境改造を続け、絶滅への道を走り続けている」
霧氷は少し間を取った。
「手段と目的が逆転している。生存と繁栄の為の共生だったはずが、共生のために破滅の道を歩むことになっている。氷人との共生関係は、既に破綻しているというのに」
「幸せだったのか? 氷人との共生は」
そばに居たバロメッツに手を伸ばし、掌に載せてみる。
「幸せという概念は理解できない。だが、ずっとそうしてきた。氷の星で氷人に出会って、一万年以上」
「そうか」
氷の森が、環境改造とやらに固執する感覚が、少し、わかったような気がした。
微妙な気分になり、バロメッツを頭に乗せる。
(さむいのか?)
(どうした?)
(おいおまえらこっちこい)
何故かバロメッツたちがわらわら集まってきた。
「まるで毛玉だ」
霧氷は笑うように言った。
「たまに言われる」
くっつきすぎているバロメッツどもを引き剥がす。
親切でやってくれていることはわかっている。何匹か毛糸のマフラーにして首に巻いておいた。
「カルロ」
霧氷は改まった調子でおれの名前を呼んだ。
「なんだ?」
そう応じたが、霧氷はそれ以上なにも言わなかった。
「なんだ?」
「いや、やめておこう。まだ時期とは言えない」
「そうか」
よくわからないが、聞き出す方法も、理由も思い浮かばなかった。
そこにランダルが「はじめるぜ」と声をかけてきた。
「ああ」
ランダルが『線』の『アダプター』部分を『半分の月』につなぎ、大氷霊樹の根元へと引っ張っていく。
「ここ掘ってくれ」
「ここ?」
ルフィオが地面を掘り、地下の
『線』の先端にかけた日よけのカバーを外し、六四本の『軸』の繊維部分を露出させたランダルはそれを
「良さそうだ。埋めてくれ」
掘り返した土を盛り直し、ルフィオが線を固定する。
「ここで重しになっててくれ。これから緊急停止コードを飛ばす。そこまでやったら、氷の森も気付くはずだ。緊急停止コードで綺麗にとまってくれりゃいいが、氷獣や寒波が押し寄せてくる可能性もある。警戒しといてくれ」
埋めた『線』の上に重しとして陣取ったルフィオは「まかせて」と応じた。
○
カルロとルフィオ、アルビスらを外で待機させたランダルは、一人で『半分の月』の中に入った。
「生ぬるいっつーか、なんというか」
『半分の月』の
「オレっちをなんだと思ってんだ? あいつら」
ランダルの出自はこことは違う惑星で作られた
そんなものに異星文明の漂着物の制御など任せたら何を企てるか、想像できても良さそうなものだ。
母星に信号を送って増援を要請。
『半分の月』を暴走させてこの星を死の荒野に。
やれることはいくらでもある。
「あんまりオレっちをなめてると痛い目に遭うぜ? そのうち」
まぁそのうちである。
今はその時ではないのはランダル自身が一番良くわかっている。
『先代』が健在である時点で動きようがない。
七黒集にしても一対一で互角の相手が六。
下手に動いても数時間で鎮圧されるだろう。
それに、わざわざ侵略しなくても、それなりに面白い日々を過ごせていた。
悪事やら侵略やらを企てるのは、もう少しあとでいい。
右手の侵略ケーブル群を打ち込み『半分の月』の中枢に接続。
中枢部にエネルギーを供給し、制御を開始。
『半分の月』はランダルの母星とは別文明の産物だが、問題はない。
ランダルの侵略ケーブルはあらゆるテクノロジーに侵入、分析、支配する対高度文明用侵略兵装である。
カルロが作ってくれた『線』も期待通りに機能している。
前回は得られなかった氷の森、大氷霊樹からのデータが一気に流れこんでくる。
――ぎりぎりだったな。
霧氷が警告していた種子の生成、種を飛ばすためのガスの充填が、大陸全域の氷霊樹で進んでいる。
場所によっては、あと一時間以内に種が飛び始める状況だった。
――けど、時間切れだ。
侵略ケーブルを通じ『半分の月』へと命じる。
「緊急停止コード発信! 全氷霊樹の活動を停止させろ!」
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