第50話 朝っぱらから
乾燥待ちの『線』を倉庫の中に収めたあと、おれたちはビサイド市街に出て食事をした。
魔物の国の首都、魔物の都ビサイドには、人間はほとんどいない。
近縁種として
人口として多いのは、オークやオーガ、リザードマン、コボルドだそうだ。
よそ者として絡まれたりするんじゃないかと思ったが、ビサイドは強者と強者が争う
アスガル最強格と名高い七黒集を倒し、あるいは善戦して名を挙げようという魔物がちょこちょこと立ち塞がっては一蹴されていったが、おれのほうにちょっかいを出してくる奴は皆無だった。
大狼時のルフィオと同じくらいの大きさの野良ケルベロス(?)に唸られたことが一度あったが、おれじゃなくて周りのバロメッツに喧嘩を売っていたらしい。毛針やら毛綿爆弾やらを散々打ち込まれた挙げ句。
(コットンツー、コットンスリー! ダンスマカブルを仕掛ける! ついてこい)
(下手こくなよ!)
(だれに言ってやがる)
例の三匹が稲妻みたいな軌道で飛びながら繰り出した黒い木綿糸でぐるぐる巻きにされて動けなくされた。
(命までは取らん。頭を冷やすことだな)
今更だが、結構ヤバイ魔物なんだろうか。
そんなドタバタのあと、人間と食文化の近いオーガがやっている屋台で串焼きを食べ、ルフィオの背中に乗って屋敷に戻る。
寝る前にルフィオに魔力をもらっておかないといけないんだが、どうも話を進めにくい。
とりあえず屋敷の風呂に入り、もどってくると、ルフィオの姿が見えなかった。
「どこいった?」
リーダーにそう尋ねる。
(こちらに)
リーダーの誘導で屋敷の客間に入る。
ルフィオはベッドの上に裸で丸くなり、寝息を立てていた。
例の一枚布のキトンを着せておいたんだが、今は脱いでしまっている。
「寝ちまったか」
まぁ、そんな気配はあった。
空から押しかけてきた体長五〇メートルのドラゴンを五匹、尻尾をくわえてビタンズガンバチンと振り回し、海に捨て、串焼きを食べたら眠くなったらしい。それからだいぶうとうとしていた。
まぁ寝ちまったもんは仕方がない。
魔力のことは明日の朝でも間に合うだろう。
少しほっとしながら、ルフィオの身体に毛布をかけ、一枚布のキトンをたたむ。
そのまま隣のベッドに入り目を閉じた。
○
夜明けの前に目が覚めた。
――ねてた。
ルフィオとカルロが寝室としてつかっている屋敷の客間だ。
隣のベッドには銀髪の少年、カルロの姿がある。広いベッドだから一緒に寝ればいいと言っているのだが、カルロはそれだと寝つけないらしい。
仕方がないので最初は別に寝て、カルロが眠ったあとに潜り込むことにしている。
裸のままでベッドを降りたルフィオは、少年の枕元に立って、少し考える。
――どうしよう。
カルロに魔力を与える前に眠ってしまった。
眠っている間に唇を重ねてしまう手もあるが、眠っている少年に口づけをするより、起きているときに唇や舌をふれあわせるほうが心地よく、幸福感を得られる。
朝を待つことにして、少年のベッドに潜りこんだ。
起こしてはいけない。尻尾を振らないように注意して、毛布の中に潜り込む。
「ん」
よくわからないが、カルロのそばにいると嬉しい、安心する。
幸せで、気持ちがいい。
つい尻尾を振りそうになるのをどうにか我慢する。
少年の腕に額を当てるように寄り添って、
○
目が覚めると、顔の近くにルフィオの顔があった。
養父の店、リザードテイルの客間で寝起きするようになって二週間以上、目が覚めるとだいたいこの構図になっている。
この部屋のベッドは、身長三メートルのオークあたりまでを想定したものだから、人間であるおれと人間サイズのルフィオが一緒に寝ても余裕は充分ある。
だから一緒に寝よう、とルフィオに要求されたのだが、それをやるとおれが眠れなくなるので却下した。
本当は一緒の部屋で寝るのもまずいと思っているが、犬だったらキューンキューン鳴きだしそうな顔に耐えられずに折れた。
で、こんな生活になった。
一緒にいると寝付けないというなら、寝付いたあとなら潜り込んで大丈夫、という論理展開をしたらしく、目が覚めるとだいたいこうなっている。
多少なりとも距離が離れていたのは、変な寝返りを打ったルフィオがベッドから落ちかけていたときくらいだ。
こちらの身じろぎに気付いたようだ。ルフィオは目をあけると尻尾を振る犬みたいな顔で「おはよう」と言った。
というか本当に尻尾を振って毛布をばたばたさせている。
こういう顔を見せられてしまうと「しょうがない奴だな」としか思えない。
例の赤マントには「甘やかしすぎだ」と言われているが、やはり、強く叱るのはむずかしかった。
いつものとおり「おはよう」と応じてベッドから身を起こす。
だが、
「まって」
起き上がる前に、ルフィオは身を翻し、オレの腹の上に馬乗りになった。
変なところで肉食獣らしい動きを見せてくる。
「じゃれつくならせめて服着てからにしろ」
とりあえずそこだけは突っ込んでおいたが、ルフィオは首を横に振った。
「まじめなこと」
まじめな話なら裸でいいって話でもないが、おれがツッコミを入れる前に、ルフィオは続けた。
「しよ」
「しよの二音で意思疎通をしようとするな」
まるで察しがつかないというわけでもないが。
「魔力。入れないでねちゃったから。していい?」
ルフィオは小さく舌を出す。
察したとおりというか、まぁ、それしかないよな。
「わかった。頼む」
寝起きでいきなりかよ、とは思うが、先送りにしても仕方がないことだろう。
「うん」
ルフィオは嬉しそうに尻尾を振る。
「楽しそうだな」
「うん」
例によって屈託ゼロの顔で、ルフィオはうなずいた。
「魔力入れるの好き。カルロはきらい?」
「……嫌ってことは、ないが」
正直にいうと、好きと言っていいのかも知れない。
不快感を感じたことはないし、心地よさや快感もあった。
だが、おれはルフィオほど素直じゃない。
ルフィオほどに簡単に「好き」とは口に出来なかった。
「よかった……じゃあ、するね」
ルフィオは髪を掻き上げると、片手をおれの頭の横に置く形で顔を近づけ、唇を重ねて来た。
触れあった唇から柔らかい痺れが広がり、頭や胸の奥まで届く。
今までより少し深い場所で、舌が触れあった。
そこから暖かい痺れが生じて、全身に広がっていく。
ルフィオは少し、慣れてきているようだ。
気持ち的な慣れだけでなく、魔力を流し込むという行為自体に。
魔力の入り方が今までより柔らかく、なめらかに感じた。
ルフィオは一度顔を上げ、おれの顔をのぞき込む。
「苦しくない? だいじょうぶ?」
「ああ」
これまでも辛いとは感じなかったが、今回のほうが魔力の入り方が優しい。
「どっちかっていうと、気持ちいい」
素直に認めることにした。
「よかった」
ルフィオはゆっくり尻尾を振った。
「つづけるね」
ルフィオは、再びおれに顔を近づける。
唇と唇、舌と舌が、もう一度重なって、触れあった。
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