第49話 終わりの支度
砂になった『牛』が崩れ落ちると、琥珀の槍はふっと姿を消した。
「お見事であります」
軍服の少女は涼やかな声で言った。
「ありがとう。貴女は?」
「アスガルのサヴォーカ。ロッソの同郷の魔物であります」
「ロッソ?」
「俺の古い名だ」
クロウの身体から離れ、再びマント姿の青年となった赤マントが告げた。
「修繕をしたのでな。
「いい名前だな」
クロウ将軍は祝福のつもりだったが、ロッソは返事はしなかった。
マントとして修復されても、性格面でのこじれ具合は直っていないようだ。
クロウ将軍は苦笑する。
ロッソはフンと鼻を鳴らした。
「助勢はここまでだ。あとは自分の足で歩くがいい」
「では、失礼するであります」
そうして、魔物達は姿を消した。
後ろで「続けー!」と声をあげたものの結局続く前にカタがついてしまった兵達とともに、ブラードンの遺体に歩み寄る。
『牛』に魔力と生命力を持って行かれたせいで、禿頭の老人のような姿になり果てている。
――こいつがブラードンだって言っても、信じてもらえないんじゃないか?
そんなことを思いつつ、部下に担架を組ませ、その上に遺体を乗せた。
――一人きりだったな。
ブラードンは、地下通路から一人きりで出てきた。
裏切りを恐れたのだろう。
「いくらなんでも切り捨てすぎだ」
物事を大局的に判断し、時には誰かを切り捨て、犠牲を払い、責任を負う。
それが為政者。
一面の真理ではあるが、ブラードンは、その判断があまりにも軽すぎた。
為政者、権力者という暖衣の中で、自らが強いる犠牲の意味、重さを認識することなく、安易に、雑に、犠牲を強い続けた。
そして、切り捨てるものがなくなった。
信用できるものがなくなり。
信頼してくれる者もいなくなり。
一人きりで死んだ。
――明日は我が身かも知れないが。
クロウは妾腹、王位継承権のない王子だ。実権のない名ばかり将軍の立場から、土木事業を中心とした地味な仕事で少しずつ名を売り、味方を増やしてきた。
故に、権力による感覚の麻痺は少ないが、この謀反が成功したなら、今まで通りとはいかないだろう。
あるいは、ブラードンの過ちを繰り返すことになるかも知れない。
奇妙な薄ら寒さのようなものを感じた。
○
王太子ブラードンを討ったクロウ将軍は、王宮を包囲した親衛隊長デンゼルと共に王宮に入った。
最後の課題はクロウ将軍自身の父親でもあるブレン王への対応だったが、ブレン王は急死していたらしい。
こっそり遺体を見に行ったサヴォーカさん曰く「ブラードン王太子に毒殺されたようであります」とのことだった。
タイミングの関係で、やってもいない父殺しの噂まで立っているそうだが、権力交代自体はスムーズに進み、クロウ将軍はブレン王国の新王として政治権力を掌握、ブレン王国のトップの座についた。
貴族などの反発は少なかったそうだ。
治水や架橋、開拓などの現場担当者としてブレン王国の各地を飛び回っていたクロウ将軍は、意外にも顔が広く、また信頼のおける人物として貴族人気が高かったらしい。
酷薄な恐怖主義者であるブラードン王太子をクロウ将軍が倒し、権力を掌握したことを歓迎する貴族が多かったらしい。
さすがに全貴族が諸手を挙げて歓迎をしたわけではないが、明確に対決姿勢を取る者は出なかった。
ブレン王国の実権を握ることは、氷の森対策の責任者になることでもある。
わざわざそんな責任を背負いたがる物好きはいない、という部分も大きいそうだ。
ロッソの読みでは、問題が起きるとすれば、氷の森が落ち着いてから、とのことである。
危うく処刑されるところだったエルバもスルド村に無事帰還、ルルやウェンディとの再会を果たした。
ブレン王国が森に変なちょっかいをかける心配は、これでなくなった。
おれたちが氷の森にちょっかいを出すための『線』も、納期の二日前には完成を迎えようとしていた。
○
「頼む」
「うん」
全部で六四本の『軸』を束ね合わせ、上から感光防止用の魔術絹布を巻き付けた『線』の根元側を少女姿のルフィオがひょいと抱え、夜空に向ける。
ものがでかいので、作業場の建物の目の前、夜の草原での屋外作業だ。
(はじめるぞ! コットンワンからシックスティーフォー! 作業にかかれ!)
六四匹のバロメッツが六四本の『軸』にとりつき、身体から伸ばした木綿糸を『軸』の繊維部分に絡めて上にひっぱる。
引っ張り上げるのではなく、『軸』をすべて上向かせるのが目的だ。
「よし、下ろすぜ」
上空に『アダプター』を抱えて待機していたランダルが『アダプター』を下ろしていく。 バロメッツ達は次々と『アダプター』の中をくぐり抜け、六四本の『軸』の先端を『アダプター』に通した。
「全部通ったぜ」
「わかった、巻いてくれ」
肩の上のリーダーを通して、次の指示を出す。
(まわせーっ!)
『アダプター』の底の部分には六四本のネジがついている。バロメッツたちはネジの周囲をくるくる回って飛んで、六四本の『軸』の繊維部分をネジに巻き付ける。
(終わったぜ)
『軸』を引っ張るのに使った木綿糸を引き戻し、バロメッツたちが戻ってくる。
ランダルが腕をネジ回しに変えて、六四本のネジを締め、繊維を『アダプター』に固定する。
『線』との接続が終わった『アダプター』部分をルフィオとランダルが地面に下ろす。
次で最後の作業だ。
「爺さん、頼む」
「ほい来た」
そばに待機していたアラクネのエルロイがアダプターに近づくと、尻から黒いタールのようなものを出し、ネジにまきついた繊維部分を覆い隠していく。
アラクネの糸の元になる粘液を、糸にしないで直接出したものだ。
ネジ部分の感光防止処置である。
「こんなもんでいいかい?」
「薄いぜ爺さん。もう一回」
エルロイの仕事をチェックしたランダルがツッコミを入れる。
「蜘蛛使いの粗いやつは親の死に目に会えないぜ?」
「元の星に帰る予定もねぇよ」
そんな話をしつつ、エルロイは最後のコーティング作業を終えた。
「おまちどう」
「ありがとう」
「なぁに、お安いモンさ」
「お安いモン?」
ランダルが顔をしかめた。。
「ネバネバ出すだけであんだけぼったくっといて?」
「そう思うならよそをあたりゃあいい」
「できた?」
おれのそばに戻って来たルフィオが尻尾を揺らす。
「作業はこれで終わりだな。あとはコーティングが乾くまで待てば完成だ」
「あの厚さなら明日の昼まで置いといたほうがいい」
エルロイが言った。
「わかった。報告はどうする?」
「明日の朝にオレっちから入れとく。速けりゃ明日の夜には『半分の月』に向かうことになる。それまでゴロゴロしとけ」
そう言ったランダルは、おれにじゃれついているルフィオに声をかける。
「今夜の内に魔力押し込んどいてくれ。現場でなにかあったら困る」
「わかった」
ルフィオは真顔でうなずいた。
真顔で言ってるが、魔力を押し込むってことは、また舌を入れてキスをしろって話だ。
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