第46話 霧氷
Dがよこしたサキュバス、インキュバスと言った夢魔たち、ムーサさんの配下であるオーク達は意外に即戦力だった。
日光にあてるとまずいというだけで、氷霊樹の糸作りにはそう高度な技術は必要ない。
事前にムーサさんたちが糸繰りの講習会をやった上で送り込んでくれたので、指導に手間を取られることもなく、スムーズに作業を任せられた。
「人間と仕事なんてできるか」「糸繰りなんてやってられっか」と暴れたのはサキュバスがひとりだけ。
本気でおれをどうこう思ってたわけじゃなくて、毛玉好きの特殊性癖者だったらしい。バロメッツたちに体当たりで鎮圧されて恍惚としていた。
糸作りをオークと夢魔達に任せたおれたちは、これまでに紡いでいた分の糸で五十メートルほどの糸の束を作り、それをメッシュ状に編み上げた糸の筒で覆って『線』の軸を作った。
この軸を五十本ほど束ねてメッシュで覆いこみ、感光を防ぐ素材で覆ってやると、『線』が完成するはずだ。
だがその前に、最初の軸の出来を確かめる必要がある。
最初の軸に感光を防ぐ魔術絹布を巻き付けて、運搬用のケースに詰める。
ルフィオの背中に乗り、ランダルとバロメッツたちを連れて『島の森』へと足を伸ばした。
『島の森』を覆う紫の霧をこえると例の白鳥の氷鳥が飛んできた。
「なにをしに来た」
「例の『線』のテストをしたい。掘り返して『線』をつなげそうな場所はあるか?」
ランダルがそう応じた。
「ついてこい」
氷鳥は身を翻す。
「ここがいいだろう」
「ここ?」
氷鳥が示した氷霊樹の大木近くの地面をルフィオが掘り返すと、地中の
「あった」
『線』の製作はおれの担当だが、接続だとか電気信号がどうしたって話についてはランダルの担当だ。
ランダルに軸を渡し、接続ができそうか試してもらう。
魔術絹布の筒を少しずらし、先端の繊維部分を露出させたランダルはその先端をぶすりと地中の繊維に突き刺した。
「よし、つながった。行けるぜ」
ニカリと笑うランダル。
「突き刺すだけでいいのか?」
もうちょっと複雑な儀式だとか加工だとかがいるんじゃないかと思ってた。
「接点が確保できて、信号のやりとりができりゃ、それでいいのさ。氷霊樹同士の
「そんなもんなのか」
まぁ、それでいいならそれでいいんだろう。
わざわざ見に来なくて良かったような気もしてきたが。
そんなことを思っていると、例の氷鳥がおれの近くに飛んできた。
その前にバロメッツたちが立ち塞がる。
(おっと、それ以上近づかないでもらおうか)
(おれたちはあんたを信用してない)
(八八門の
氷鳥を包囲したバロメッツたちが、氷鳥を威嚇するように「ヌエー」と鳴く。
「害意はない。その人間と話をしたいだけだ」
氷鳥は淡々と言った。
「大丈夫だ」
警戒状態のバロメッツたちにそう告げる。
確かに、害意はなさそうに感じられる。
なんとなくだが。
「話というのは?」
ここにいる面子の中では、おれが一番無力な存在だろう。
『島の森』に興味を持たれる要素なんかあるんだろうか。
「おまえは何者だ。我々を加工できるのか、おまえは」
ただの古着屋、は、さすがにもう違うか。
古着を扱わなくなってもう大分たつ。
「おれは裁縫師だ。氷霊樹の加工自体は難しいもんじゃない。扱い方に注意すれば誰でもやれる。氷獣に護られてるから入手ができないっていうだけだ」
実際今も、夢魔達が糸作りを進めている。
「ならば、ケーブル以外のものも製作できるか?」
「ケーブル?」
「『線』のことだな」
ランダルが補足してくれた。
「できなくはないと思うが、何か作れっていうのか?」
「具体的な要望があるわけではない」
氷鳥は重々しい声で言った。
「我々は、今後の生存戦略を模索しなければならない。
「おまえたちの、繊維としての使い道を考えろってことか?」
「そうだ」
「わかった。『線』の一件が片付いたら考えてみるってことでいいか?」
まぁ、共存の道を探ってくれると言うならいいことだ。
緊急停止コードとやらを使ったところで、大陸の半分を埋め尽くした氷霊樹と、それを護る氷獣の群がすべて消え失せるわけじゃないらしい。
北上は止まるとしても、これから先も氷の森と付き合っていくという現実は変わらない。
この世界から、全ての氷霊樹を駆逐することなんてできない。
新しい向き合い方を探っていくべきだろう。
まぁ『繊維としての利用』がその結論になるとは思えないが、おれにやれそうなことはそれしかない。やれそうなことをやってみるしかない。
「充分だ。人間。個体名を聞こう」
「カルロだ」
「記憶した。我々に個体名はないが、今後は、
そうして『島の森』霧氷との話を終えたおれは、ルフィオとランダル、バロメッツたちと共にアスガルへの帰途についた。
「しかし、繊維にもてるよな。おまえ」
その道中、ランダルは例のニカニカ笑いで言った。
「
「繊維にもてるってなんだよ」
意味がわからん。
「バロメッツをこれだけ手懐けてる奴がモテてねぇわけねぇだろ、あと、そいつも」
ランダルはルフィオを指さした。
「
時々毛をわけてもらったりしてるのは事実だが、ルフィオを繊維や素材として見た覚えはない。
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