第47話 対峙

 その日は曇り空だった。


 ――俺に仕切らせてくれりゃいいのに。


 ゴメル郊外。

 王太子ブラードンの腹心の一人であるナイゼルという官僚の仕切りで急造された処刑場の様子を格子の中から見渡して、クロウ将軍は内心で呟いた。

 正面には演壇、不格好な処刑台。

 その正面にクロウ将軍の檻は置いてある。

 処刑台や演壇には背を向ける形で拘束されているので、観察できたのは檻の搬入時だけだが。


 ――もうちょっとなんとかならなかったもんかね。


 自分の首をはねるだけなら問題ないはずだが、部下や夫役の関係者まで合わせて一日で百人くらい殺すつもりでいる。

 それで終わりならいいが、夫役の関係者はさらに千人以上いる。

 十日以上かけて処刑祭りをやるつもりらしい。


 ――絶対崩れるぞ。


 どうみても強度が足りていない。

 前方には、クロウ直属の部下二百人が、手足を縛られ座らされている。

 乱入防止用の木柵の向こうには見物に集まったゴメル市民達の姿があった。

 牢の中に閉じ込められていたクロウ将軍だが、特別な慈悲ということで髭を剃って水を浴び、衣装も清潔なものに替えられている。

 実際には慈悲というより、ナイゼルという男の潔癖症によるものだろう。

 辱めが目的であっても、汚物まみれの男が陣取っているのが嫌だったようだ。

 処刑の時間がやってきた。

 王太子ブラードンの名代として、親衛隊の兵に囲まれてやってきたナイゼルが演壇に立ち、口を開いた。


「これより元将軍クロウ、およびその配下の将兵の処刑を執行する。この者達は、病死したナスカらと共に、自らの名誉欲、権勢欲のためイベル山開拓という無謀な事業を強行し、結果、氷の森の暴走スタンピードを引き起こした。事業の危険性に気付いたブラードン王太子が早期に撤退を指示していたことで、暴走は小規模にとどまったが、祖国を危機に陥れた罪は許しがたい。よって、元将軍クロウ、その部下達、そしてイベル山の事業に関わった者たちをすべて、ここで死罪に処す。自らの意思によらず、夫役で徴用されて来た者は不憫ではあるが、すべては王国の未来、王国の子供達の未来のためである」


 ――ここだな。


 機を待つ、というやつではあったが、さすがに引っ張りすぎた。

 自分や部下達はいいが、わけもわからず連れてこられた夫役の者達に、身が細る思いをさせてしまった。

 牢のそばに立つ親衛隊員に軽く目配せを送る。

 先日クロウの牢を蹴り飛ばしていた兵と同一人物である。


「クロウ将軍をここに!」


 ナイゼルは高らかに告げる。

 クロウ将軍からは、角度的に見えないが、なにか身振りをつけていそうだ。

 親衛隊員が牢の鍵を開け、クロウ将軍に手を差し伸べる。

 

「将軍」

「悪いな」


 伸ばされた手を取り、牢の中から足を踏み出す。


「少々ご辛抱を」


 親衛隊員がナイフを取り出し、手首の縄目を断ち切った。


 そこでようやく、おかしいと気付いたようだ。

 ナイゼルが声をあげた。


「な、なにをしている!」


 そう叫んだ喉元に、四本の刃が突きつけられる。

 ナイゼルのそばに控えていた、四人の親衛隊員が携えた刀槍だった。

 愕然とするナイゼルの前に歩み出て、クロウ将軍は言った。


「謀反だよ。もちろん」



 泥将軍クロウの謀反の規模は、処刑を待っていた旧来の部下二百名、ナイゼルに従ってゴメルに出向いていた親衛隊員、二百名。

 総勢四百名の小兵力。

 ナイゼルを牢に放り込み、拘束されていた人々を解放したクロウは、六人の親衛隊員をブレン王国の王都へと先行させ、北進を開始した。

 先行した六名は、ゴメルからの急使として王都に入る。

 数時間後、王都親衛隊長デンゼルは、完全武装の兵三千でブレンの王宮を包囲した。

 王都、王宮の守護を司るはずの兵が、そっくりそのまま王宮に刃を向けた格好だった。


 ――なにが起きている。


 王宮に閉じ込められた王太子ブラードンは、なすすべもなく、王宮から周囲を見渡すことしかできなかった。

 守備兵力である親衛隊がそっくり寝返っているため、戦闘すら起こらない。

 逃げ出そうとした従僕や貴族などが取り押さえられ、縛り上げられてどこかに連れていかれただけだ。


 ――逃れるほかない。


 戦いもせずに逃げ出すという形になるが、親衛隊が突入してくれば、対抗手段はない。

 王宮の抜け道をつかって脱出し、諸侯を糾合、改めて王都、王宮を奪還するべきだろう。

 だがその場合、父親であるブレン王の扱いが問題となる。

 果断さとはほど遠い人物だ。脱出を提案しても、ぐずぐずと判断を伸ばすのが目に見えている。

 取り返しのつかない遅滞を招きかねない。

 だが、置いていけば父王を捨てて逃げたという汚名を受けることになる。


 ――毒を飲んでいただこう。


 毒を飲ませ、死んでもらう。

 恐怖と心労で倒れ、事切れたことにするのが良かろう。

 そう判断したブラードンは、毒の水薬を入れた小瓶を懐に、父の元を訪ねた。

 玉座の間でも、執務室でもなく、寝室である。

 親衛隊の反逆、包囲状態による心労で疲弊したブレン王は、ベッドで横になっていた。


 ――老いぼれが。


 さっさと王座を降り、王位をブラードンに譲っていれば、こんな手間はなかった。

 そもそも親衛隊の反逆などという無様な事態も起こらなかっただろう。

 幸いと言うべきか、父王に仕えていた従僕たちは、城から逃げだそうと姿を消している。

 人払いをする必要はなかった。

 眠る父親の顔をおさえ、鼻を塞ぎ、水薬を口から流し込む。

 気が付いたようだ。

 ブレン王は目を見開き、息子の顔を見据えた。

 だが、手遅れだった。

 ブレン王は、悲鳴をあげることもできぬまま泡を吹き、静かに息絶えた。

 このままここを後にするわけにはいかない。

 ブレン王の死は、あくまでも病死でなければならない。


「典医は! 典医はいるか! 父上が! 父上が!」


 既に典医は逃げ出している。

 それを承知の上で、ブラードンはそう声をあげた。



 ブラードンは王宮を後にした。

 緊急用の地下通路を抜け、王都の西側の森に出る。

 そこに一人の男がいた。

 地味な作りの鋼の鎧に、妙に仕立ての良いサーコートをつけた中年男。


「国王陛下は、ご一緒ではないようで」


 飄々とした調子でいう男に、ブラードンは問いかける。


「何故貴様がここにいる。泥将軍」

「そりゃあもちろん」


 中年男、泥将軍クロウはにやりとした。


「首謀者だからだよ。この謀反の」

親衛隊長デンゼルを、抱き込んでいたのか」

「どうだろうな」


 泥将軍クロウは腰の剣に手を掛けていった。


「結果的に、そういうことになるのかもしれん。だが、俺は拾っただけだ。おまえさんが捨てたものを」

「デンゼルを軽視したことはない」


 自分の身の安全を担保する存在だ。充分以上の見返りは与えてきた。


「デンゼルの部下はどうだ? あいつの部下は平民上がりや下級騎士ばかりだ。税やら夫役やら、役人の腐敗やら高利貸しやらに直接、間接に苦しんでいた。それを見ない振りできる奴じゃなかったんだよ。デンゼルは。そしてそういう奴は、おまえさんが思ってた以上に多かった。ずっと、機会を待ってた。ずっと、薪を積み上げ続けてたんだ。おまえはそこに、イベル山の開拓事業っていう火種を投げつけちまった。事業だけでもまずかったが、閉じ方がまずすぎた。夫役で無理矢理引っ張り出した民草を、今度は氷の森の生贄にしようとしたんだ」


 クロウは大げさに肩を竦める。


「普通の感覚があれば、思うだろ。これ以上、こいつを放っておいちゃいけないって」

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