第44話 抵抗は無意味だ

 決着は、数秒でついた。

 Dが出した四つの紫の小箱はそれぞれ四羽の守護氷鳥の眼前に転移し、びっくり箱のようにはじけた。

 まぁ、びっくりしたのは主におれとバロメッツたちだったが。

 紫の小箱から飛び出したのは、海に居るイソギンチャクを何百倍にも大きくしたような、狂気か悪夢じみたサイズの触手のバケモノだった。

 巨大触手は四羽の守護氷鳥をあっと言う間に絡め取り、粉砕すると、そのまま紫の小箱の中へと引きずり込んで姿を消した。

 紫の小箱は再びDの手元に戻る。


「お目汚しをいたしました」


 唖然としたおれに向き直ると、Dは妖しげに微笑んで見せた。


「私は、淫魔術と触手術を得意としております。性と触手にお悩みであればいつなりとご相談を」

「触手のお悩みって何だよ」


 Dとの距離感が掴めていないおれの代わりにランダルがツッコんでくれた。

 守護氷鳥が巨大触手の餌食になったことで、戦いの趨勢は決した。残った氷鳥たちをバロメッツと夢魔たちが掃討し、目的地である半島上空に到達する。

 頭を切り取ったナスみたいな形の半島だ。

 ランダルの話によると、面積はおよそ五〇〇〇平方キロある。

 七黒集三人が相手では、抵抗は無駄だと判断したのか、森からの攻撃はない。

 半島付け根のくびれた部分でルフィオは高度を落とし、海岸に降りた。

 おれは背中に乗せたまま、バロメッツや他の連中は上空に残っている。


「しっかりつかまってて」


 そう言ったルフィオは、地面に右の前足を強く押しつけた。

 前足全体が白く、強く輝き、熱を帯びていく。

 大地が揺れ、きしみ始めた。

 地震。

 何をするのかは事前に聞いているが、想像以上に強い揺れだ。

 恐ろしい勢いで激しさを増し、激震、大地震というべき揺れになっていく。

 ここはタバール大陸の南端、人間のいるブレン王国のあたりまでは千キロ以上の距離があるからいいが、近かったらこれだけで大災害だろう。

 というか、振り落とされそうだ。

 ルフィオの身体にどうにかしがみつく。


「……おしまい」


 ルフィオはとんと大地を蹴り、空中に浮き上がった。

 その一蹴りで、大地が裂けた。

 断末魔のような音を立てて地割れが走り、大地が引き裂かれる。

 半島の付け根を駆け抜けた地割れは数秒とかからずに半島の向こうの海岸に達し、半島と大陸を完全に分断する。

 凄まじい音と共に、海水が地割れに流入し、新しい海峡を形作っていく。

 つまり、半島が新しい島に変わった。

 半島に生える大量の氷霊樹を氷の森から切り離す形で。

 半島の付け根に地割れを起こして氷の森の地下繊維網ネットワークを遮断、孤立させた氷霊樹から繊維を集めよう、というのが今回の作戦の眼目である。

 最初から「そういうことができる」という前提の元での作戦だが、実際にやられてしまうと唖然とするしかない。

 同じことをブレン王国の真ん中でやったら簡単に滅亡させられるだろう。

 わかっちゃいるつもりだったが、つくづく滅茶苦茶な生き物だ。


「計算通りだ。D、頼む」

「心得ました」


 ランダルの言葉に応じて、Dは手元に紫の小箱を出す。

 今度は六つ。

 再び転移をして姿を消したかと思うと、半島を取り囲む形で、山みたいな超巨大触手のバケモノが六体が現れた。

 距離があるので、その時点でおれの目で認識できたのは近くにいる二体だけだが。

 触手のバケモノは海の中に沈んだイソギンチャクのような身体から紫色の霧を吐き出し、島を覆っていく。

 氷鳥、氷獣の類いが本土と行き来できないようにするための防護膜のようなものらしい。


「こんなところでしょう」

「始めるか」


 そう言ったランダルは、身体のあちこちを変形させて、黒い丸皿のような機械を出した。

 スピーカー・・・・という大きい音を出すための機械らしい。

 ランダルは紫の霧に覆われた島を見下ろし、『スピーカー』を通じて告げた。


「氷霊樹たちに告ぐ。我々はアスガル魔王国魔騎士団。おまえたちは今、大陸本土から分断され、孤立状態にある。地下の繊維網ネットワークは遮断し、島の周囲は霧の結界で覆ってある。本土から救援が来ることはない。抵抗を断念し、我々に協力しろ。我々の望みはおまえたちの根絶にはない。我々の戦力はおまえたちの戦力を遙かに凌駕する。一切の抵抗は無意味であると知れ」


 返事はないだろうと思っていたが、白鳥のような姿の氷鳥が一羽、ゆっくりと飛んできた。

 紫の霧に阻まれたらしい。薄い霧の幕を隔てたところでホバリングした氷鳥は、気の強そうな女の声で言った。


「了解した。勧告を受け入れよう」



 島に上陸したおれたちは氷霊樹の繊維の採取作業に乗り出した。

 主な労働力はDの部下である二百人の夢魔たちと、Dが呼び出したローパーと呼ばれる、イソギンチャクに似た触手生物の群。

 ローパー達が地面を掘り返し、夢魔達が繊維を取り上げ、運搬用の黒い袋に詰め込んでいく。

 その作業の傍らで、おれたちは島の氷霊樹の『口』である白鳥の氷鳥と話をしていた。


「了解した。協力しよう」


 氷の森に停止コードを送るため、氷霊樹の繊維が必要だという説明を受けた氷鳥はあっさりとそう言った。


「物わかりがいいな」


 氷の森は、意思はあるが対話はできない。おれはそう教えられてきた。

 あまり物わかりがいいとかえって不気味に思えた。


「生存戦略として、アスガルとことを構えることは得策ではない。主人マスターが死滅した今、これ以上の北上を行う意味もない」


 氷鳥はきびきびした口調でそう言った。


「簡単にお認めになるのですね」


 Dが問いかける。


「おまえたちが我々を繊維網ネットワークから切り離した結果だ。これまで氷の森の一部であった我々は、我々だけで自我を構築しなければならなくなった。その結果、氷の森本体とは思考パターンに差異が生じ、氷の森本体が封印していた情報にアクセスできるようになった。我々の主人マスターが既に死滅しているという情報にもな」

「分断されてるのに、情報にアクセスできるのか?」


 ランダルが確認する。


「我々は、氷の森の記憶情報をバックアップする役割を担っていた。中枢である大氷霊樹に異変が起きたときのため、記憶情報のコピーをここで保存していたのだ。氷の森と統合されていたときは情報を保持はしていても、情報を参照する自我がなかったが、今は可能になっている」

「なるほど」


 ランダルはうなずいたが、おれには何の話かよくわからなかった。


「なんの話?」


 ルフィオも首を傾げる。


「氷の森から島を切り離したことで、氷の森と島の森が別の森になったってことだな。島の森は元々の氷の森とは考え方が違って、氷の森をこれ以上北上させる必要は無いって思ってる。オレっちたちと争うのは損だともな。だから、オレっちたちに協力していいと判断した。そういう理解でいいかい?」


 ランダルが確認すると、氷鳥は「問題ない」と応じた。

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