第43話 春遠からじ
(まわせーっ!)
氷霊樹の繊維は日光に当たると急激に劣化する。
そのことさえわかれば、あとはそう難しいことはなかった。
魔騎士団から回してもらった野営用のテントを加工してかまぼこ形の作業スペースを作り、そこで作業を進める。
真っ暗では作業にならないので、星明かりに近い光を放つという星光石のランプを使う。
こっちはエルロイから買ったものだ。
エルロイ以外に入手ルートがないということでふっかけられたが、ロッソに相談したら経費で落ち、ついでに「自腹で買おうとするな」と説教された。
人手はないが、
バロメッツたちにスピンドルや糸車を回してもらい、
作業効率は悪くないが。
「繊維が足りない」
氷霊樹百本分の繊維じゃ話にならない。
千本分でもだめだろう。
「最低でも五千本分くらい欲しい」
「わかってる。最初のはあくまで実験材料だ。加工のめどがついたなら五千本分でも一万本分でも用意してやるよ」
作業テントに顔を出したランダルが金属の右目を青白く光らせて言った。
異星体絡みの案件ということで、本人も異星体であるランダルが主な相談相手になっている。
なんで他の星の奴が魔物の国にいるんだ、と聞いてみたら「侵略に来て返り討ちに遭った」という返答だった。
撤退時にしんがりとして戦って、力尽きた後、先代魔王に気に入られてアスガル入りすることになったそうだ。
最近わかったが、この世界は基本
○
アスガル魔王国で氷霊樹の糸作り、『線作り』が進んでいた頃。
ブレン王国王太子ブラードンもまた、氷の森の
「イベル山の開拓事業に関わった人間を全員ゴメルに集め処刑する。これをもって、氷の森への供物、贖罪とする。一人たりとも欠けてはならない。既に死亡した者、あるいは行方がわからない者がいた場合には、その親類、縁者を連行せよ」
この指示を受け、イベル山の事業に夫役を差し出していた貴族達は、今度はイベル山の夫役から戻って来た者達を拘束しはじめた。
その貴族の中には、スルド村を支配するザンドール男爵もいた。
スルド村からは五人の男が夫役に出ていたが、戻って来た者は四人。
羊飼いエルバの代役として夫役にいっていたカルロは、夫役を終えたきり姿を消し、スルド村には戻っていなかった。
行方がわからない者がいた場合には、その縁者を連行せよ。
ザンドール男爵の兵達は、カルロに代役を頼んだ羊飼いエルバを拘束、スルド村より連れ去った。
翌日。
一人親を失い、一人家の前に立ち尽くしていたエルバの娘ルルの前に一人の男が現れた。
黒いフードを被った、中年の商人。
タイタス。
カルロがやってきてからやってきて、カルロがいなくなってから来なくなっていた不思議な男だ。黒装束に黒手袋。
商人のくせに「あります」という変な語尾で話す。
「風邪を引くでありますよ」
ルルに歩み寄ってきたタイタスは童女の前にしゃがみ込むと、大きな旅行鞄から白いマフラーを取り出し、ルルの首に巻き付けた。
その暖かさは、ルルのよく知っているものだった。
「これ、カルロ?」
前にカルロがつくってくれた寝具と同じ暖かさを感じた。
「やはり、わかってしまうでありますね」
タイタスは微苦笑する。
「カルロ殿から預かってきたものであります」
「カルロ、どこ?」
「今は、遠いところに行っているであります。ですが、ルル殿やエルバ殿のことは案じておいでであります」
「おとうさんは……」
ルルの目が潤む。
タイタスはその頭に、手袋をした手でそっと触れ、微笑んだ。
壊れやすいものに触れるように、ぎこちなく。
「存じているであります。大丈夫でありますよ。そう遠からず、エルバ殿は戻って来るであります。この国の冬は、あと少しで終わるであります」
○
「氷霊樹が足りない」と言った翌日。
おれはルフィオの背に乗ってタバール大陸の南方に飛んできていた。
同行者は身体のあちこちから炎を放って飛ぶ異星体『憤怒』のランダル、黒い翼を広げて飛ぶ『姦淫』のD、それとDの配下であるサキュバス、インキュバスと言った夢魔系魔族が合計二〇〇。
あとはいつも通りにバロメッツが八八匹。リーダーはおれの肩に、残り八七体は三匹二九チームに分かれて、ルフィオのまわりにフォーメーションを組んで飛んでいる。
海上から目的地の半島に近づいていくと、カモメに似た氷獣、いや、氷鳥の群が空を埋めて飛んでくる。
おれたちを迎え撃つつもりのようだ。
(こちらコットンワン、間もなく敵
(了解した。コットンリーダーより全騎。敵
(あいよ)
(おっぱじめますか)
バロメッツたちが先陣を切って氷鳥の群に突っ込み、蹴散らしていく。
(遅い!)
(まるで七面鳥撃ちだぜ)
(いただきだ!)
身体から細い糸を飛ばし、氷鳥たちを次々葬るバロメッツたち。
まぁそれはいいが。
(ロックオン。ファイア)
時々鶏の卵みたいな綿の塊を飛ばしてるのはなんなんだ。
撃ち出されると勝手に標的を追いかけていって爆発、氷鳥を木っ端みじんにする。
「やるじゃねぇか、あいつら」
ランダルはニカっと笑いつつ、右手を前方にかざす。
帯電しているらしい。
青く光り、バチバチ音をさせていると思ったら、まばゆい閃光が視界を埋め、轟音がおれの耳、というか全身を撃った。
でかすぎる音はうるさい以上に痛いものらしい。
「うるさい、危ない、やめて」
ルフィオが抗議の声をあげるのを聞きながら、おれは目を瞬かせる。
視界が戻ったときには、空中の氷鳥たちは半分くらい消し飛んでいた。
たぶん、広域に電撃をまき散らしたんだろう。
バロメッツたちが巻き込まれていないか心配になったが、全員無事のようだ。
というか、氷鳥に撃墜されている気配もない。
一方的に狩りまくっている。
「なにをやったんだ?」
「小さめの雷を二〇四八本飛ばした。おまえの眷属は巻き込んでないから心配すんな」
そんな話をしている間にもバロメッツたちは氷鳥たちを次々葬っていく。さらにDの配下のサキュバス、インキュバスたちが黒い魔力の矢を放ち、氷鳥たちを撃ち砕いていく。
だが、さすがにこれで終わりと言うことはなかった。
(コットンワンよりコットンリーダー。第二波が来る! 翼長百メートル超、でかぶつが四羽だ!)
守護氷獣ならぬ守護氷鳥と言ったところだろうか。
翼長百メートルを超す、巨大な猛禽型の氷鳥が四羽、最初の氷鳥たちの何倍ものスピードで突っ込んでくる。
(チ、速い!)
(くそったれ!
バロメッツたちが迎撃に入るが、このサイズの氷獣が相手だとさすがに歯が立たないようだ。
針攻撃はもちろん、例の爆発する綿玉も効果がなかった。
夢魔達の魔力矢なども効き目がないようだ。
「ちゃんと捕まってて」
ルフィオが尻尾を立てる。
そこに、Dが声をかけてきた。
「ここは私がお引き受けいたしましょう。カルロ
そう告げたDは、腰の高さまで上げた掌を空に向ける。
その掌の上に、紫の色の小箱のようなものが四つ浮かび上がった。
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