第42話 氷の糸の紡ぎ方
養父の店、リザードテイルを作業場に、おれはアルビスから請け負った氷霊樹の繊維の加工法と『線』の製作方法の検討を始めた。
作業場には『半分の月』から持ってきた、短い金属筒のような構造物を搬入してある。
『半分の月』の穴のところからランダルが取り外してきた『アダプター』という金具だそうだ。
『線』を『アダプター』の中に突っ込み、『アダプター』を『半分の月』につなぐと『線』が半分の月につながって、例の緊急停止コードを使えるようになるそうだ。
『線』は氷霊樹の根から伸びている綿状繊維を細い糸状にしたものを編みあげたものらしい。
『アダプター』に残った『線』の一部を見ると、手作業で五十メートル分も編んだら編み上がる前に発狂しそうな密度と精度だった。
ルフィオに魔力を回してもらって裁縫術を使うか、バロメッツたちに手伝ってもらう方法を考えたほうが良さそうだ。
といっても、まずは糸を作ってしまわないと話が始まらない。
サヴォーカさんに回してもらった吸血羊の織物で作った
まずは、普通の綿みたいに紡げないか試してみようとしたんだが。
つまむことさえ出来ない。
土を払うためにとりあげようとしただけで、ぼろぼろと崩れて粉のようになる。
(空気清浄いそげ!)
(ラジャー!)
空気に混じった氷霊樹の繊維を九匹のバロメッツが静電気で吸い付けて、作業場の外に飛んでいく。
ひどく劣化しているようだ。
氷霊樹の繊維は氷霊樹の根から伸びて、地下を走っているものだ。乾燥がよくないのかと思い、少し水をかけてみたが、繊維は水に触れただけでぼろぼろに崩れた。
「なんだこれ」
予想以上に繊細、脆弱な繊維のようだ。
ランダルに取ってもらった最初のサンプルはあっと言う間に全滅。
仕方がないので根巻き状態でおいてある氷霊樹から新しい繊維を取ってみる。
取ったばかりの時は、名前の通り氷の冷たさを帯びていて、そこそこの強度がある。引っ張ってもすぐに崩れるようなことはなかったが、三十分もしないうちに柔軟性を失って、やはりぼろぼろになって崩れた。
氷霊樹から離さなければいいんじゃないかと、あえてちぎり取らずに洗浄、加工をしてみたが、やっぱり途中で劣化して、崩れ落ちた。
まるで話にならないまま、時間だけが流れる。
昼過ぎには半日仕事だったルフィオがちょっかいを出しにやってきた。
その少しあと、エルロイがでかい植木鉢を抱えた巨人達を十人ほど連れて現れた。
根巻き状態のまま置いておいて、地面に根付いたりするとまずいということで、ロッソが発注していたものだ。百個の巨大植木鉢を並べた巨人達は、そこに百本の氷霊樹を移す。
氷霊樹の繊維を取れなくなっては意味が無いので、土は盛っていない。
「はかどってるかい?」
巨人達の仕事を監督しつつ、こっちに近づいてきたエルロイが言った。
休憩がてら大狼姿のルフィオの腹に寄りかかって座っていたおれは「いえ」と応じた。
「手こずっています。触れるとすぐに、ボロボロになってくずれてしまって」
「糊でもぶっかけてみちゃどうだ。用意してやるぜ」
「のり付けの前に糸にして編まないといけないんですよ」
「そうか。まぁ、無理なら似たような別の材料って手もあるかもしれん。相談してくれりゃ、いつでも相談に乗るぜ」
そう言うと、エルロイは離れていった。
「うまくいかない?」
今度はルフィオが訊ねてきた。
「今のところな。まぁ、まだ始めたばかりだ。焦るようなところじゃない」
「わたしの魔力、使ってみる?」
ルルの布団作りでやったアレか。
ルルの場合は衰弱しているルルのを回復させるためにやったんだが、この場合意味はあるんだろうか。
まぁものは試しだ。
巨大植木鉢に移動した氷霊樹の繊維を引き出し、息を吹きかけるように魔力を込めてもらうと。
「とけた」
「そうなるか」
繊維は溶けて蒸発した。
まぁ、そうなるような気がしなくもなかった。
氷の森を構成する氷霊樹とは相性が悪いんだろう。
その日は結局、上手いやり方を見つけ出すことはできなかった。
王宮で午後六時の鐘が鳴ると業務時間終了、それ以上働いちゃだめらしい。
もう少し粘りたいところだったが、ルフィオにさらわれるような形で、前に行った温泉ガメのところにつれて行かれた。
今回も前回同様オークが営む湯宿である。
前回同様、湯浴み着身につけてルフィオと二人で湯に浸かる。
今回は前回みたいな魔力供給の必要はない。
仕事のことを忘れてぼんやりしていると。
「思い出した」
ルフィオが何か思い出した。
「どうかしたか?」
「あの綿の使い方。
「
「極南にいる山みたいに大きいペンギン。冬に冷たい綿を集めて、夏はその中でねてるの。もしかしたら、氷霊樹の綿と同じものかもしれない。ちがっても、似たものだったら、代わりにできるかも」
そう答えたルフィオは、尻尾をぴんと立て、湯船から立ち上がった。
前が見事にはだけてるのをなんとかしろ。
「カルロ、行こう。極南に」
決然とした表情でいうルフィオ。
「いや、勘弁してくれ」
極南って言ったら世界一寒い場所だ。
ルフィオはともかく、おれが行ったら凍死する。
○
直接極南に出向くのは難しいとは言え、ヒントが欲しいのは事実だ。
ルフィオに頼んで、
ルフィオが持ってきてくれた冷たい綿は、氷霊樹の綿と同じものだった。
三千年の間に氷霊樹の種子が極南地域に流れ着き、繁殖しているらしい。
氷の森とつながっていないせいか、氷獣を生み出すような攻撃性は持たず、氷原でも育つ特殊な植物として
だが、冷たい綿も、おれの手元に届いた時にはぼろぼろに劣化していた。
「
ルフィオはしゅんと尻尾を落として言った。
「土に埋まってたとかじゃないよな?」
氷霊樹の綿は土から出すと劣化する。
「土の中じゃなくて、どうくつのなか。極夜の時期にほり出して、どうくつに入れておくの」
極夜?
「極夜ってなんだ?」
「知らない?」
「ああ」
始めて聞く言葉だ。
「おひさまがでない夜。極南とか極北だと日の出がおそくなりすぎて、おひさまがでてこない時期があって。それを極夜っていうの」
「そういうことか」
劣化の原因がわかった気がする。
だが、ルフィオが
つまり、氷霊樹の綿は太陽の光にあたるとすぐに劣化してしまうということだろう。暗い洞窟から出したことで太陽の光に触れ、劣化してしまったのだ。
夜を待ち、星明かりを頼りに氷霊樹の繊維を掘り出して、加工してみると、ガラスみたいに透き通った、綺麗な糸を紡ぐことができた。
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