第41話 アラクネって女じゃないのか
ロッソの先導でおれたちは屋敷に入った。
養父の店、仕立屋リザードテイルは、店と言うより格のある貴族の屋敷みたいな建物だった。
ムーサさんみたいな身長三メートル以上の客の出入りがあるためだろう。ブレン王国の建物より天井が高く、扉が大きい。
二階建てだが面積が広い。高さはそれほどじゃないが、面積としてはゴメルの統治官の館と同等以上だろう。
中は綺麗に掃除され、整頓をされていた。
「手入れは誰が?」
「掃除と手入れを任せているやつがいる」
ロッソが言った。
「蜘蛛は平気か?」
「ハエトリグモくらいなら」
「慣れろ」
ハエトリグモよりデカいのを見せるつもりだな。
魔物の国だし
ロッソは天井に目を向け「エルロイ」と呼ばわる。
すると天井板が外れて、一匹のでかい蜘蛛が顔を出した。
「来てたのかい」
しわがれた、老人のような声がした。
体長二メートル前後。ハエトリグモに似た姿の巨大グモだった。全身、白髪のような毛で覆われた銀色の蜘蛛だった。
(警戒を怠るな)
バロメッツ達に緊張が走るのがわかった。
「落ち着きな。毛綿のちびども」
巨大蜘蛛がまた声を出す。
「おいぼれでもおまえらみたいな根無しの綿毛にどうこうされるエルロイさまじゃねぇや」
不可視状態のはずだが、バロメッツの気配が読めているようだ。
伝法な口調で言った巨大蜘蛛エルロイは、そこから天井、壁をするすると駆け下りて、おれたちの前にやってきた。
「おまえさんがカルロだな。待ってたぜ。ワシはエルロイ。見ての通りのアラクネだ」
見ての通りと言われても、アラクネって、蜘蛛女じゃないのか。
声も雰囲気も完全に男で老人だ。
ハエトリグモの何千倍というサイズだが、話が通じるせいだろうか。意外に不気味だとは感じなかった。
「昔から、向こうの森を根城に商売をやっていてね。ホレイショさんのところにも出入りをさせてもらってたのさ。今はそっちの旦那に頼まれて、屋敷の手入れをさせてもらってる。ここにまた、人が来てくれて嬉しいよ。なにか入り用があったら、ワシに声をかけてくれ。どんなものでも、安値で卸させてもらうよ」
商売をしている老人声のアラクネ。
魔物の国らしくなってきた。
そう思っていると、ロッソが言った。
「どんなものでも卸すのは事実だが、安値というのは信じるな。金さえ積めば何でもする種類の商人と思っておけ」
「嫌な言い方をしねぇでくれよ。まぁ、否定はできんがね」
エルロイはくくく、と笑った。
「顔合わせとしちゃこんなところかね、天井掃除がまだ終わってないんで、一旦引っ込ませてもらうよ。用があったら窓からでもエルロイと呼びな。森にいりゃあそれで顔を出す」
そう言ったエルロイは、また壁を這い上がって天井裏に戻ると「キキーイ」と声をあげた。
すると天井裏から、別の「キキキ」「キキーイ」と言う声がした。
「他にもアラクネがいるのか?」
「ううん、キキーモラ」
ルフィオが首を横に振って言った。
「キキーモラ?」
「妖精の一種だ。クッキー一枚でよく働く。それをいいことにエルロイがキキーモラを集めて掃除をさせている」
ロッソが補足説明をしてくれた。
アラクネの商人がクッキーで妖精を集めて掃除をさせる。
本当に魔物の国って感じだ。
「あくどい感じか?」
「そこそこにな。極悪と言うほどでもない。金さえ払えば裏切らん」
○
引き続き、屋敷の中を案内してもらう。
広い接客室に採寸室。作業部屋には小人用から巨人用、あるいは竜や獣族用と思われる大小様々な形の
針や鋏といった道具類も、綺麗に手入れされたものが大量に用意されている。
正直、どういう素材でできたものなのかわからない道具も多い。
オリハルコンの針とか鋏とか混じっててもおかしくなさそうだ。
糸や布地の類は、使うあてもないのに置いておいても痛むだけなので、特殊なもの以外は処分してしまったそうだ。
居住スペースも広く、寝室や食堂、炊事場、浴場なども完備。
でかいベッドが二つある来客用の部屋まであった。
「あっちは狭いからこっちがいい」
来客用のベッドに乗ってルフィオが言った。
当然のようにここで寝泊まりをするつもりらしい。
「作業場はここで問題ないな?」
アルビスがそう訊ねた。
「ええ」
ここに文句をつけるのは無理だ。
こうして、おれの当座の作業場兼宿舎は、養父の店である仕立屋リザードテイル跡地ということに決まった。
清掃などはアラクネの商人エルロイに金を払って、妖精キキーモラにしてもらう形なので問題ない。
食事については魔騎士団との間に転移用のゲートを設置、当面は魔騎士団の食堂から届けてもらう形で対応。入浴に関しては自分で沸かす、日によってルフィオに前の温泉亀のようなところにつれていってもらう、ということになった。
一応魔騎士団の食堂や浴場を使うという案もあるのだが。裁縫係の誘いには、まだ結論を出していないので、今のところはやめておくことになった。所属がはっきりしないまま魔騎士団の施設を出入りしてトラブルになり、ルフィオが暴れるようなことになるとまずい。
最後の問題は防犯だ。
ルフィオやサヴォーカさん、ロッソなどがいるとはいえ、二十四時間ずっと張り付いていることはできない。
専任の警備担当、ということで、屋敷の周りにバロメッツの種をまくことにした。
バロメッツの種は、ネズミサイズに縮んだ身体に一つずつ埋まっている。
(おれはここだ)
(あと一歩、いやもう一歩、よし、そこだ)
(オーライオーライ!)
バロメッツ自身があっちだ、こっちだ、と騒ぐ声に従って八八個の種をまくと、丁度屋敷をぐるりと取り巻くような形になった。
(フ、新しい
(なぁに、やることはかわらねぇさ)
(ちげぇねぇ)
バロメッツたちがまた、ヌェーヌェーと軽口を叩いていた。
翌朝には、八八本の立派なバロメッツの草が綿帽子つきで生えていた。
黒い子羊たちが綿帽子の中に潜り込むと、綿帽子とつながりあい、また最初のと同じ、猫くらいの大きさの黒子羊になった。
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