第40話 引っこ抜きやがった

 おれはルフィオ、サヴォーカさん、ロッソ、アルビス、ランダルと一緒に、氷の森の中枢部。タバール大陸南部、キリカラ山脈にあるという『半分の月』へと転移した。

 氷の森は、別の星から来た異星体の船『半分の月』の環境改造機能によって生み出されたものである。『半分の月』から緊急停止コードを送ることで、氷の森の活動は停止させられるが、それには『半分の月』と氷の森をつなぐ『線』が必要。

『線』は氷霊樹から伸びている綿、麻状の植物繊維であるようだが、具体的にどうつなげばいいのかはわからない。

 なので、ホレイショの裁縫術を受け継いでいるおれに氷霊樹の繊維を調べ、氷の森と『半分の月』を『線』でつなぎ直せ、というのがアルビスからの依頼だ。

 受けるべき仕事だろう。

 うまくいけば、タバール大陸は救われる。

 ブレン王国は良い国とはいえなかったが、ルルやエルバ、ウェンディ、クロウ将軍あたりの未来が拓けると思えば、やる価値はある。

 とはいえ、異星体とか『半分の月』とか口で説明されてもイメージが全然浮かばない。

 現地で現物を見ながら話したほうがわかりやすいだろうということで、アルビスの魔法で飛んできた。

 ムーサさんとDはビサイドに残っている。

 案内、説明役のランダルは、おれたちにガラスの棺のようなものに入った異星体の姿を見せたあと『半分の月』の側面に開いた穴の前に連れて行った。

 他の穴のように風化で開いたものじゃなく、はじめからそういう構造のもののようだ。

 直径は一メートル程度、下の方は、ガラスや氷に似た奇妙な繊維で埋まっている。


「『線』はここから氷の森に向かって伸びてた。ここに『線』をつないで、氷の森の地中にある繊維網ネットワークにつないでやることができれば、氷の森に緊急停止コードを送って動きを止めることができる」


 ランダルは言った。


「これは、『線』の一部なのか?」


 穴の下の繊維を指さして訊ねる。


「ああ、そうらしいな。氷霊樹の植物繊維と同じ組成の生物繊維だ。光と電気の伝達効率がいい。氷の森はこの繊維を地下に張り巡らせることで情報をやり取りし、森全体で一つの生き物みたいに機能してる。あと、吸い込まないようにしろ、繊維のかけらが肺に入ると身体に悪い」


 そういうことは早く言え。

 ハンカチにしていたバロメッツたちを気防布マスク型に変形させて口につけた。


「で、つなぐ先なんだが」


 ランダルは『半分の月』を覆うように根を伸ばしている大氷霊樹の根の一本まで歩いて行き、根に手を触れた。


「ここまでだ。この下に大氷霊樹と森をつなぐ繊維が走ってる」


 距離でいうと五十メートルくらい。

 それはいいんだが。


「触って大丈夫なのか? それ」


 正直何故氷の森が攻撃してこないのかわからない状況だ。ゴメルのあたりでこんなことをしていたら今頃氷獣に完全包囲されているだろう。

 氷の森の心臓部のはずなのに、偵察の氷獣さえ現れない。


「なんか平気らしい」


 ランダルは大氷霊樹を見上げて言った。


「ていうか、見てねぇっぽい?」

「見てない?」

「ここには注意を向けないようにしているのかも知れん」


 アルビスが言った。


「今の氷の森には存在意義がない。氷の森は自身の繁栄のためではなく『半分の月』の異星体のためにタバール大陸を凍結させようとしている。だが、実際には『半分の月』の異星体は全滅している。それ故に、氷の森は中枢部でありながら『半分の月』や、その周辺の状況に意識を向けることができないのだろう。意識を向ければ、自身の存在意義を失うことになる」

「存在意義がないまま突っ走ってる?」

「俺の仮説だがな」

「それっぽいけどな」


 ランダルは軽い調子でいった。


「だとすると、最初の頃はまだ生きてる異星体がいた?」

「だろーな。最初から全滅してたらさすがに始めねぇだろ。で、やれそうかい?」

「わからない。検討材料として、地下にあるっていう氷霊樹の繊維が欲しいが、確保できるか?」

「もうしてあるぜ。南のほうで百本引き抜いてビサイドに転送してある」


 ランダルはニカっと笑って言った。

 用意がいいというか、氷の森に対する恐怖感とか禁忌感みたいなものは全くないようだ。



 カルロたちがキリカラ山脈で氷の森を止める方策を話していた頃。

 泥将軍クロウはブレン王国の王都で国王に謁見し、氷の森の暴走スタンピード未遂について報告していた。


「死傷者はゴメルでは二名。町外れに住まう老夫婦が寒波に飲まれて死亡しています。ゴメル山付近は冠雪していますが、氷の森そのものの前進は確認できませんでした」


 死者は出たが、少ない被害と言っていい。

 あのまま暴走スタンピードが本格化していたら、被害は数十万から数百万の規模に及んだだろう。


「ブラードン殿下の仰っていた震天狼バスターウルフと思われる大狼をゴメルの市民や私の部下達が目撃しています。暴走スタンピードの停止は、この魔物の介入によるものかと思われます」


 カルロ、それとトラッシュのことは、あえて報告はしないことにした。

 魔物と関わりを持つ少年。

 父であるブレン王ギラービン、腹違いの弟であるブラードン王太子が不気味に思うタイプの相手だろう。

 下手に話すと、余計な手出しをしかねない。


暴走スタンピードの原因は、何だと考える?」


 玉座のそばにたたずむブラードンが、クロウに問いかける。


「イベル山の開拓事業が、氷の森を刺激したのでしょう」

「では、責任はクロウ将軍にあるということになるな。将軍が速やかに撤収作業を進めていたならば、今回の暴走スタンピード未遂は発生しなかった」


 ――やはりそう来るか。


 イベル山の開拓事業がブラードン王太子の肝いりであることは周知の事実だ。氷の森の暴走スタンピードとなると、ブレン一国の問題では済まない。近隣諸国からの批判をかわすために、誰かを処刑しておきたいのだろう。


「親衛隊! この者を獄につなげ!」


 問答無用。

 謁見の間に親衛隊の兵達が突入してきて、クロウ将軍を取り囲んだ。


「ご同行ください。将軍」

「わかった」


 素直に両手を挙げ、クロウ将軍は立ち上がった。


「失礼を」

「わかってる。縛るくらいならいい。遠慮するな」


 後ろ手に縛られたクロウ将軍は、王宮から出され、囚人護送用の馬車に乗せられた。



 キリカラ山脈から戻ったおれは、今度はビサイドの郊外につれて行かれた。

 いわゆる農園地帯のようだ。

 エルフやオーク、コボルトやミノタウロスなどの姿がちらほら見える長閑な光景の中に、いわゆる根巻きをされた氷霊樹のサンプルがまとめて立っていた。

 勝手に根付いたりしないように下には板が置かれているが、氷霊樹が植木市みたいな扱いだ。

 なかなか衝撃的な光景だった。

 近くには林が広がっていて、年季の入った立派な屋敷が一つある。


「こいつだ」


 氷霊樹のサンプルの前に出たランダルは根巻きの綱をずらして土の中に手を入れ、透明な、綿に似た繊維を引き出した。


「氷霊樹はこいつで情報のやりとりをしてる。こいつを上手く利用できれば『線』をつなぎ直せるはずだ」

「わかった。やってみよう。作業はここでやればいいのか?」


 出来るなら風を防ぐ天幕くらいは欲しいところだが。


「あの建物を使え」


 近くの屋敷を指し示し、ロッソが言った。


「リザードテイル。ホレイショがやっていた店だ」


 最初から、作業場の近くに搬送してたってことか。

 まぁそりゃそうか。

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