第39話 会見
やがてルフィオが眼を覚ました。
しばらくおれにじゃれついた後「なにか食べてくる」と言って、大狼の姿で狩りに出ていった。
戦利品として鳥や猪などを持ち帰ってきたことはあったが、ルフィオはおれを狩りには誘わない。わざわざ危険なところにつれていくことはないと考えているようだ。
サヴォーカさんと二人で食事を取ると、ロッソが大きな鞄を持ってやってきた。
「昨日はありがとう」
食事のことや、部屋の外についていてくれたことに礼を言うと、ロッソはいつものように鼻を鳴らした。
「礼なら他の連中に言え、俺はなにもしていない」
また面倒くさい回答しやがって。
「その鞄は?」
「
開拓地で着ていたような服装ではまずいということだろう。
まぁ、まずいだろうな。
ルフィオを見ているとどれだけ権威のあるものかわからなくなるが、相手はアスガル魔王国最強の戦闘集団、魔騎士団の最高幹部。
それなりにちゃんとした服装が必要だろう。
『怠惰』のアルビスたちとの面会は午後から。今日はサヴォーカさん、ルフィオは仕事らしい。逆に休みだというロッソの助言を受けながら、鞄に入っていたスーツを直す。
元々は、
人間ではなく獣人用で、やたら肩幅が広くて腕が太く、パンツに尻尾の穴が開いていたりするのをなんとか調整した。
時間が無いので正直やっつけ仕事だ。あちこち安全ピンでごまかしているが、とりあえずの格好はついた。
(連れて行け)と騒ぐバロメッツたちを見えないスカーフやハンカチ、手袋などに変え、身につける。
いわゆる使い魔や眷属などは持ち込み自由らしい。
「バロメッツ程度であれば連れていようといまいと大差は無い」そうだ。
(なめられたものだな)
肩の上に一匹残したリーダーが妙にハードボイルドな鳴き声をあげていた。
○
面会の時間がやってきた。
ドアがノックされ「時間であります」と声がする。
ロッソが扉を開けると、サヴォーカさんが立っていた。
今まで見たことのない、黒騎士風の装束を身につけていた。
サヴォーカさんとロッソの先導で部屋を出る。
広い廊下に赤い魔法陣のようなものが描かれていた。
「移動中に事故があってはいけないので、会見場まで直接転送させていただくであります。どうぞ真ん中へ」
サヴォーカさんとロッソに挟まれる形で魔法陣の真ん中にでると、視界がゆらぎ、景色が変わった。
ドームのような屋根を備えた広大なホール。大狼状態のルフィオが走り回れそうな大きさだった。
その中心部には巨大な円卓があり、一人の男がたたずんでいた。
立っていい場所なのか? そこ。
円卓の真ん中で両手を挙げ、天に向けて突き出した左の肘を右手で掴むようなポーズで立っている。
なんというか、怪人としか言い様のない男だ。
金髪に長身、黒いレザーのコートにパンツ、やはりレザーの目隠しをつけた、細身の美形だ。
目隠しをしているが、おれのことは認識できているらしい。
怪人は胸に手を当てると、やけに洗練された動作で一礼した。
「ようこそおいでくださいました。
「カルロと申します。お目にかかれて光栄です」
やはり怪人感が半端じゃない。
やや引き気味に返事をすると、斜め後ろから声が飛んできた。
「初対面の相手に妙なインパクトを与えるな。七黒集の印象がおかしくなる」
苦々しげな調子の男の声。
「こちらであります、カルロ殿」
Dの存在を敢えてスルーするように、サヴォーカさんが後ろを示す。
その視線を追うと、ルフィオとムーサさん、それと見慣れない少年が二人居た。
一人は十歳前後。金色の髪の少年だ。貴族風の衣装を身につけ、首にボウタイをつけている。
以前にミルカーシュさんに頼まれたボウタイを思い出した。
もうひとりは十五歳くらい。黒髪に陽気そうな雰囲気を持つ少年だ。
この場では一番
身体のあちこちが、銀色の金属で出来ている。
右目のあたりに銀の仮面をつけているように見えたが、そこも最初から、金属でできているらしい。
得体の知れなさ、怪人感では後ろのDがぶっちぎっているが。
四人とも窓に近い、大きめのテーブルについている。
テーブルの上には上等なカップやパンのようなものが並んでいる。
茶らしきものが、おれの知らない不思議な匂いを漂わせていた。
スコーン、という概念を教えてもらったのはこのあとのことだ。
金髪の少年が立ち上がる。
「よく来てくれたな。古着屋カルロ。俺の名はアルビス。七黒集第七席『怠惰』、それと、このアスガル魔王国の魔王でもある」
見た目の割りに渋い声。三十代くらいに聞こえた。
たぶん
人間でいうと十歳くらいの容姿のまま老化はしないが、声変わりはするらしい。
それはいいが。
「まおう」
「ああ」
自称魔王こと『怠惰』のアルビスは、にやりとして言った。
「納得できない気持ちはわかるが事実だ。信じて受け入れてくれ」
まぁ、事実なんだろう。
冗談の類いなら、ルフィオとサヴォーカさん、ロッソからツッコミが入るはずだ。
「まぁここでは他の連中と同じ七黒集の一人に過ぎん。魔王とは思わんでかまわん。ランダル」
「ああ、いけね」
パンのようなものをかじっていた黒髪の少年が立ちあがる。
「オレっちは『憤怒』のランダル。よろしくな」
手についたパンくずのようなものをはたいて立ち上がったランダルは、明るい笑顔で握手を求めてきた。
「よろしくお願いします」
「ですますで話さなくていいぜ? 別に部下とか上司とかじゃねぇし」
「わかった」
合わせた方がいいだろう。
「座ってくれ」
「こっち」
ルフィオが空いていた椅子におれを引っ張っていく。
真正面にはアルビス、おれの左右はムーサさんとルフィオ。アルビスの左右はサヴォーカさんとロッソ。テーブルの左右にランダルとDという配置になった。
「はい、どうぞ」
ムーサさんがおれにお茶を注いでくれた。
「はじめるとするか」
アルビスは改めて俺を見た。
「サヴォーカたちから話はいっているはずだが、今日はおまえの処遇について、それと、氷の森への対応についての話をしたい」
「はい」
「と言っても、処遇の話についてはサヴォーカを通して伝えた通りだ。我々は、おまえをアスガル魔騎士団付きの裁縫師、裁縫係として迎え入れたい。仕事は俺たち七黒集、それと王宮に関わる縫製作業の内、特殊性の高いものを任せたいと思っている。具体的にいうと、サヴォーカのための衣装作りのようなことが主な業務になる。逆に、一般的な仕立屋や針子にできる仕事を任せることは少ないだろう。王宮付きの裁縫師や針子の領分に食い込むことになると、いらぬもめ事の種になる」
「嫌がらせを受ける?」
「いや、決闘を申し込まれる」
そういう国だったな、そういえば。
武力主義とか喧嘩主義とか言われる国だ。
陰湿な嫌がらせの前にドンパチがはじまるらしい。
「代理の決闘士を立てることはできる。ルフィオやサヴォーカ、ロッソが居る以上、直接の危険が及ぶ可能性は少ないが、いらぬ紛争をすることもない」
「そうですね」
「給与や休暇などは当面魔騎士団の上級騎士と同待遇としたい。細かいことはあとでムーサに聞くといいが、労働時間は原則週休二日半。有給は年二十日」
でたなユーキュー。
人間の世界にはない概念だから、どうもよくわからない。
というか。
「ゲンソクシューキューフツカハンというのは?」
「勤務日数は週五日、内四日は八時間労働。残り一日は四時間労働ということだ。残業代は一応出すが基本的にはさせん。忌引などは有給とは別扱いだ」
ふむ。
ユーキュー。
ゲンソクシューキューフツカハン。
ハチジカンロウドウ。
ヨジカンロウドウ。
ザンギョーダイ。
キビキ。
……?
どういう話をされているのか、よくわからなくなってきた。
おれの混乱具合がわかったようだ。アルビスは「この場で理解はしなくていい」と言った。
「我々の労働文化と、人間の労働文化は大分違っているからな。口で言われてすぐに理解することは難しいだろう」
「申し訳ありません」
「いや、細かいことを一気に話しすぎた」
アルビスは苦笑した。
「先に、氷の森の話をするべきだったかも知れんな」
そう言ったアルビスは、改めておれの目を見て、こう言った。
「おまえに仕事を頼みたい。氷の森を止め、あの大陸の文明と生態系を護るために」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。