第37話 ここからはじまる ~首都ビサイド

 そうしておれは魔物の国アスガルの首都ビサイドで目を覚まし、ルフィオやサヴォーカさんの正体と所属を知らされた。

 それはそれとして。

 居るな。

 あいつら。


「出てこい」


 そう言うと、部屋のあちこち、足もとやらベッドの四隅やらクローゼットや机の上やらにバロメッツたちが姿を現す。

 ただし、小さかった。

 猫くらいの大きさの黒い子羊だったのが、今はネズミくらいの大きさになっている。

 枕元に陣取っていた、他より少しだけ大きいバロメッツが「ヌェー」と鳴いた。


(バロメッツ! 全騎整列!)


 部屋のあちこちに陣取ったり浮かんだりしていたバロメッツたちがベッドの前に三角形に整列する。


(バロメッツ八八騎、ここに全騎そろっております。総司令コマンダー

(やっと目が覚めやがったか)

(死に損なったな)

(悪運の強い野郎だ)


 付き合いが長くなってきたせいだろう。具体的な意味はわからないが、軽口を言っていることはわかる。

 というか、ゴメルでドームを作れると思ったのも、こいつらが「やらせろ」「任せろ」と騒いでいるように感じたからだった。


「なんでこんなに小さく?」


 おれはそう呟くと、サヴォーカさんが言った。


「もともと彼らは、あの開拓地に根付いた黒綿花から変化したものでありますので、本来はここまで来ることはできないのであります。アスガルまで来るために、元の木を種に変え、体を小さくしてここまでやってきたのであります」


 無茶しやがって。


「そうまでしてついてこいとは言ってねぇだろうが」


 そこまで懐かれるようなことをした覚えも正直ない。


(なんと言われようと、地獄の底までお供しますよ)

(あそこにいても退屈だしな)

(ちげぇねぇ)

(簡単に縁が切れると思うなよ)


 ヌェーヌェーと鳴くバロメッツたち。

 またなにかわけのわからないこと言っているようだ。

 まぁいいか。

 とりあえず。


「来い」


 軽く両手を広げると、八八匹のバロメッツはヌェーヌェーと鳴きながらおれの全身に飛びついてきた。

 いや、違うな。

 一匹多い。


「……おまえもか」


 バロメッツと同時に飛びついてきた八九匹目の顔を見下ろし、軽くため息をつく。


「来た」


 ルフィオはいつもの屈託ゼロの顔で言う

 胸やらなんやらくっつき過ぎだが、こうも全力で尻尾を振られていると文句も言えない。



 カルロが収容されていたのは、アスガル王国首都ビサイドの王宮の一角にある魔騎士団の宿舎だった。

 部屋は一応ルフィオの部屋である。

 人の姿でいるときのために用意してあるもので、大狼の姿でいるときには使わない。年の半分以上は放置されている部屋でもある。

 ルフィオとバロメッツに襲われ、じゃれつかれているカルロの姿に、サヴォーカはやや複雑な表情で微笑んだ。


 ――私にあれは、やれないでありますね。


 サヴォーカはルフィオほどシンプルな性格はしていない。好きなものに好きだからというだけで飛びついていける性分ではない。

 だが、そういう性分であったとしても、そういうことはできない。

 防護用の衣装は身につけているが、なんの弾みで肌が触れてしまうかわからない。

 傷つけてしまうかわからない。

 今以上に距離を詰めるわけにはいかない。

 そう思うと、やはり寂しさを感じた。

 小さく息をついたあと、一度部屋の外に顔を出した。


「目が覚めたでありますよ」


 部屋の外で何かのメモをとっていたロッソに声をかける。

 ロッソは「ふん」と鼻を鳴らして「そうか」と呟いた。


「今日一日は休ませておけ」


 それだけ言うと、ロッソは部屋を離れていった。

 ボロボロになっていたマントをカルロに直してもらい、布屑トラッシュなどという言いにくい名前はやめてくれたのだが、こじらせた性格のほうは、まだまだ治らないようだ。



 安静に、ということで、その日は一日部屋で過ごした。

 氷の森の暴走スタンピードは、サヴォーカさんとロッソ、それとおれの知らない三人の魔物が五十体の大氷獣を殲滅したことで停止しているそうだ。

 おれの処遇、それと、氷の森への対応については明日、他の七黒集の面々の紹介と同時に話してくれるらしい。


「と言っても、何もお知らせしないままでは落ち着かないでありましょう。待遇についてでありますが。我が魔騎士団に裁縫係としてお迎えしたいと考えているであります」

「魔騎士団、ですか」

「ええ、実は、今までお願いした仕事の中にも、魔騎士団の幹部、七黒集にまつわる品がありまして。カルロ殿の仕事は、高く評価をされているであります。決議の時にカルロ殿のところにいたルフィオ、棄権をした一名を除いて全員賛成、カルロ殿をこの国にお迎えしたいということに」

「そう、ですか……」

「イヤ?」


 ベッドの上に座るおれの足に頭を乗せていたルフィオがこっちを見上げる。


「嫌ってわけじゃないんだが……なんだろうな」


 うまく言葉にできない。


「少し怖い。おまえやサヴォーカさん、ロッソのことはわかってるつもりだ。こうして一緒にいるのは好きだし、近くで一緒に暮らして行けたら、楽しいだろうと思う。けど、他の三人だか、四人だかが、アスガルっていう国がおれになにを求めてるのか、どこまで期待しているのかがわからない。それが、怖い」

「当然のことであります」


 サヴォーカさんは微笑する。


「裁縫係のことについては、結論を急ぐ必要はないであります。この国のことや、魔騎士団のこと、七黒集のことを知っていただいて、それからお考えになって、決めていただきたいであります。結論は急がないでありますし、急がせないであります。お守りするであります。私と、ルフィオとで。おそらく、ロッソ殿も」

「……ありがとうございます」

「あたりまえのことであります。カルロ殿は、私にとって、余人に代えがたい方であります」


 サヴォーカさんは、はにかんだように言ったあと「ただ」と付け加えた。


「今後の氷の森への対応については、急ぎのご協力をお願いすることになるかと」

「その件でしたら問題ありません。言ってもらえれば今からでも」

「詳細については、今はお話しできないのであります。明日、我々の代表である『怠惰』のアルビスより話をさせていただくでありますので」


『怠惰』のアルビスが魔王兼任と言うことは、この時のおれはまだ知らなかった。



 魔王国は多種族国家で、食文化は人間の国であるブレン王国とは異なるが、オークや少年族ハーフリングなどの食文化は人間のそれに近いらしい。

 ムーサさんという「わよ口調」で話すオークの美青年が用意して届けてくれたオートミールは違和感なく食べられた。

 というか、知っている味の気がする。

 昔、養父に喰わせてもらったものに似ている。


「ご馳走様でした」

「お口に合ったかしら」

「ええ、昔、似たものを食べた気がします」

「良かった。彼が喜ぶわ」

「彼?」


 ムーサさんも一応「彼」だが、そういうことではないだろう。

 少し考えて、察しがついた。

 養父の味を知ってそうなマントがいる。


、ですか」

「実際に作ったのは私だけれど。これを作れってレシピを押しつけていったの」


 正解らしい。


「そういう暗躍ことをするまえに、顔を見せて欲しいんですけれどね」


 まだ会ってない。


「そうね」


 ムーサさんは微苦笑した。


「私からも言っておくわ。でも、少し待ってあげて。彼は、いろいろこじらせて長いから、一気に素直にはなるのは難しいと思うの」

「そうですね」


 まぁ、今くらいの距離感がロッソらしいような気もする。


「ところで、ムーサさんも七黒集、なんですか?」


 ルフィオやサヴォーカさん、ロッソと対等の関係のようだ。


「ええ、七黒集第一席『傲慢』のムーサ、よろしくね」


 ムーサさんはあっさりそう名乗った。

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