第35話 介入者
柱に触れさせた手に、小さな手が重なった。
「てつだう」
人の姿になったルフィオがおれに手を重ねている。
例によって裸だが、今は服を着せる余裕はなさそうだ。
「頼む」
ドーム作り自体は黒綿花やバロメッツと言った素材自身が協力してくれたので簡単だったが、作ったものがデカい分、強度を上げるとなると負担が尋常じゃない。
そもそも裁縫術ってのは服を縫うための補助魔法、工芸魔法であって、こんな要塞みたいな布の壁を作って維持強化するためのものじゃない。
というか、本職の
自分で作っておいていうのもなんだが、早くも目眩と寒気がしていた。
「がんばって」
柱に魔力を通しながら、ルフィオは言った
「そんなに長くはつづかないはず。トラッシュたちがつぶしてくれる」
「ああ」
とにかく、踏ん張るしかない。
ルフィオがこめた魔力が、ドームを高熱の盾のようなもので覆っていく。
高速で飛んでくる直径十メートルの超低温塊を綺麗に消し去るには及ばないが、ドームに走る衝撃は格段に柔らかくなった。
次々と飛来する冷気の砲弾がドームに受け止められ、あるいは跳ね飛ばされ、爆発していく。
冷気自体は発生してしまっているのだが、本来の着弾点とはずれた座標での爆発だ。地上への影響はほとんどないようだ。
あとは、いつまで気絶せずにいられるかだ。
ルフィオのおかげで楽にはなったが、それでも、余裕ができたとは言いがたい。
膝が笑いそうになるのこらえ、柱を掴む手に力を込める。
○
氷の森の戦術は砲撃を短時間に集中させることで超低温の場を作り上げ、ルフィオを凍結に追い込むというもの。
ある種の伏兵、奇襲攻撃に近い戦法だ。
ロッソに作戦を読まれ、カルロにバロメッツと黒綿布のドームという防護措置を取られた時点で、作戦の根幹は崩れていたとも言える。
大氷獣からの長距離砲撃は効果をあげることなく、地上のカルロとルフィオに影響を与えることなく途切れた。
問題は、直径二キロ近い巨大なドームを裁縫術で強化するというデタラメをやったカルロの消耗だ。
夫役に行く前にルフィオが注いだ魔力も完全に使い切り、顔が青ざめ、震えていた。
少年の手に重ねた手をそっと握り、ドームの柱から引き剥がした。
「もういいよ。もう、だいじょうぶ」
トラッシュが飛び出していっている。
仮に第二射があるとしても、大規模になることはないはずだ。
カルロが頑張らなくても、充分に対応できる。
だが、返事は、戻ってこなかった。
意識を失ったカルロが倒れ込むのを抱き留める。
「カルロ?」
ルフィオが呼びかけるのと同時に、バロメッツのリーダーが高く鳴いた。
(全騎! 縫製を解き集合せよ!)
氷の砲撃を受けきったドームが解け、もとの綿帽子と
(ここだ! ここに集まれ!)
(もたもたすんな!)
(ゴーゴーゴーゴーゴーゴー!)
一カ所に寄り集まり、黒い綿のベッドのようになったバロメッツたちは「こっちに」「いそげ」というようにヌエーヌェーと鳴いた。
見た目は少女のようでも、ルフィオは魔物である。カルロの体をそっと抱き上げて、バロメッツの寝台に横たえる。
倒れた原因はわかっている。
魔力の欠乏だ。
「乗せて」
バロメッツたちにそういって、横たわったカルロの体の上に覆い被さる。
髪が垂れ落ちるが、かまっている余裕はなかった。少年の頭を両手で抱いて、ためらわずに唇を重ねる。
この状態でいきなり強い魔力を流し込むのはまずい。
そう直感したルフィオは軽く、短い口づけを繰り返す格好で、少しずつ魔力を注いでいく。
――やわらかく。
――ちょっとずつ。
――やわらかく。
――ちょっとずつ。
ともすれば焦り、強い魔力を出しそうになる自分にそう言い聞かせながら、ルフィオはそっと口づけを繰り返していった。
○
五〇の大氷獣が放った五〇の冷気の砲弾が、すべて着弾した。
だが、効果は認められず。
――異常事態。
無論、確実に成功すると踏んでいたわけではない。
不測の事態や失敗も起こりうると理解した上での攻撃だった。
人間に操られた冥花のドームに阻まれる、という点は、やはり計算外ではあるが、失敗の可能性自体は考慮の内だった。
問題は、その後の展開だ。
氷の森が攻撃失敗を認識した時には、既に三〇体もの大氷獣が破壊されていた。
砲撃の軌道から大氷獣の座標を把握し、反撃に転じたのだろう。
そこまでは理解できる。
理解できないのは、反撃スピードだ。
大氷獣たちは分散配置している。
動ける戦力があるとすれば、ロッソと名乗った赤マントの魔物、そして少女の姿をした黒衣の魔物のみのはずだが、損耗速度が速すぎる。
――二体ではない。
ロッソとも、黒衣の魔物とも違うものが存在する。
氷の森の知らない。未知の魔物が森に入り込んでいる。
それも、二体、もしくは。
――三体。
○
「何故おまえがここにいる?」
氷の森の上空を飛行していた七黒集『憤怒』のランダルに追いつき、ロッソは問いかけた。
あちこちが機械で出来た体の上に、複雑な機械部品がついた鎧を纏った、黒髪の少年である。
背部のノズルからは二本の炎が、ひときわ長く、翼のように伸びていた。
仏頂面で問うロッソに、ランダルはニカッと笑って「そりゃあもちろん」と応じた。
「暇つぶしに決まって……っと、いやがった」
前方に姿を見せた大氷獣をめがけ、ランダルは加速する。
電光のような速度で距離を詰め、本物の電撃を帯びた拳で一撃する。
雷鳴を放ったその一撃は、大氷獣の巨体を一瞬で電気分解させて消し去った。
「思ったほど面白くねぇや、責任取れ」
冗談めかした調子で言って、ランダルは白い歯を見せた。
「知ったことか。他に誰が来ている?」
「アルビスとムーサ」
「アルビスもか」
面倒見の良いムーサが動く程度は驚かないが『怠惰』のアルビスは魔王も兼任だ。そう簡単に動いていい立場ではない。
「放っておいてミルカーシュ様に引っかき回されるよりマシだってよ」
「Dは?」
「興味ねぇってよ」
「そうか」
一番厄介な男はきていないようだ。
内心で嘆息したロッソに、ランダルは訊ねた。
「もういいのか? ロッソって名前で呼んで」
「勝手にするがいい」
ロッソは鼻を鳴らして言った。
一抹の気恥ずかしさのようなものはあるが、もはや
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