第24話 ご理解いただければ幸い

「これは、どうすればいいんでしょう」


 眷属と言われても、どう扱えばいいかわからない。


「綿が取れる生け垣のようなものと思っていただきたいであります。氷の森が動いたときには、この黒綿花たちが氷獣や氷霊樹などを押しとどめてくれるはずであります」


 氷獣や氷霊樹とやりあえるようなものなのか。


「そんなものを、こんなに生やして大丈夫なんでしょうか」


 トラッシュも言っていたが、氷の森に宣戦布告をすることになりかねないだろう。

 サヴォーカさんはまた少し、気まずそうな表情を見せた。


「確かに、想定していたより大規模になってしまったのは事実でありますが、ルフィオの縄張りの範囲内でありますので、まずは問題ないはずであります。万一の時には私が責任を持って、森を抑える所存であります」

「抑えられるんですか?」

「ええ。あの規模の存在を相手取るとなりますと、手間が大きい上、余波も大きくなります故、極力避けたいところではありますが」

「ひとりで、でしょうか?」

「もちろんであります。私の不始末でありますので」


 サヴォーカさんは真顔で言った。

 強がりやハッタリなどではなく、本当に抑えられると考えているようだ。

 ルフィオのように実際に戦ったり、森を焼滅させるところを見たわけじゃないが、死神グリムリーパーと言うのも、相当に強力な存在なんだろう。


「とはいえ、いくらかは後退させたほうがよいでありますね。恐縮でありますが、下がるよう指示をお願いしたいであります」

「指示すれば動くようなものなんですか?」

「冥花でありますので」


 説明になっていない気がするが、ともかくサヴォーカさんの言葉に従って「姿を見せろ」と指示してから「後退」と指示を出した。

 黒綿花の綿帽子が変形しはじめた。

 綿で出来た、虫の足のようなものが次々に伸びて、地面へ届く。

 そして自分で、地面から根を引き抜いた。

 虫が這うみたいに動いた黒綿花たちは、氷の森から百メートルほど距離を取ると、再び根を張り直し、綿の足を引っ込めた。

 なにか、悪夢めいた光景だった。

 普通に植物の魔物とみなしてよさそうだ。

 次いで黒綿花から綿を取ってみる。

「来い」と念じただけで綿花の綿帽子が手元にやってきた。

 つまんで、よじりながら引っ張るだけで、欲しい太さの糸になった。

 普通の綿花なら種をとって洗浄、乾燥させ、糸車で紡がないとだめなんだが、そういう手間はいらないらしい。

 望めば望んだとおりの太さの糸や、綿を取ることができる。

 綿帽子の余りは、手を離すとふわふわ飛んで、黒綿花の上に戻って行った。

 面白い植物だが、普通の人間には見えないらしい。使いどころが難しそうだ。



 イベル山の開拓地を後にしたサヴォーカは本国への帰途、ブレン王国の首都ベルトゥに立ち寄った。

 ルフィオの背中から降り、ブレン王国の王太子ブラードンの住まう離宮の屋上に降下する。

 幽霊のように屋根をすり抜け、建物の中に入っる。

 慎重に進み、離宮の主人、王太子ブラードンの寝室に入る。

 天蓋のついたベッドの上で、黒髪の青年が眠っていた。

 目的の相手、ブラードン王太子だろう。

 歳は二十代の前半くらい。

 あまり特徴のない男だ。

 太っても痩せてもいない。

 美男子でもないが不細工でもない。

 眷属である冥花の中から黒い薔薇を実体化させ、寝ているブラードン王太子を軽く縛った。

 ケガをしない程度に締め上げると、ブラードン王太子は目を覚ました。

 枕元に立つ少女の姿に気付くと、ぎょっとしたように目を見開いて「おまえは」と呟いた。

 現実感が薄いというか、夢を見ているような気分らしい。

 そこまで怯えたり、警戒するような様子はなかった。


「私は死神グリムリーパー


 サヴォーカは淡々とそう名乗る。


「殿下が主導なさっておられるイベル山の事業に関して、助言と警告に参上したであります」

死神グリムリーパー?」


 王太子の顔が強張った。


「私を、殺すのか」

「殿下次第であります。殿下がイベル山での開発事業を断念してくださるのなら、私は二度と、殿下の前には現れぬであります」

「断念しないといえば?」

「そうでありますね」


 サヴォーカは手袋を外し、ベッドの天蓋を支えるマホガニーの柱に手を触れた。

 赤茶色のマホガニー材は、すぐに黒く、次いで白く変色し、塵となって崩れ落ちた。


「塵に還っていただくことになるであります」


 ブラードンは息を呑む。

 だが、完全に震え上がるようなこともなかった。

 王太子は死神グリムリーパーと名乗る少女を見上げ、鋭い表情で応じた。


「イベル山の事業には王国と、人類の未来をかけた事業だ。脅された程度で立ち止まるわけにはいかない」

「殿下の目標が間違っているとは、申し上げないであります。しかしながら、イベル山の事業は、手段として不適当であります。現在氷の森の動きが止まっているのは、イベル山の火山活動が原因ではないのであります。イベル山に現れた、震天狼バスターウルフという魔物の力を恐れてのことであります。そこを誤解したまま、イベル山の事業を続ければ、氷の森は大暴走を引き起こすことになりましょう。かえって王国の未来を損なう結果を導くであります」


 氷の森は大陸の半分を埋め尽くす超巨大群体生物だ。

 ルフィオとの対立を回避したままでも、イベル山を迂回してブレン王国を滅ぼす程度のことは可能だろう。

 イベル山の事業は、その引き金となりかねない。

 カルロ一人を守るだけなら、どうとでもなる。最悪アスガルに連れて行ってしまえばいいのだが、カルロのもとに通った三ヶ月で、サヴォーカはカルロがいたスルド村の住人たちに接触し、顔や名前を覚えてしまった。

 折角助けたルルなどが苦しみ、凍え死ぬような結末は見たくなかった。


「対案はあるのか?」

「イベル山の事業は、暖を取るために自分の家を燃やすようなものであります。焼け死ぬからやめろと言う話であります。寒いと言われましても知ったことではないであります」

「その話が、真実であるという証拠は?」

震天狼バスターウルフというのは、私の友人でもありまして。どうぞこちらへ」


 王太子を縛っていた黒薔薇のつるをほどき、立ち上がらせて寝室の窓辺に出る。


「南をご覧いただきたいであります」


 サヴォーカがそう告げると、大地が揺らぎ、南方に巨大な火柱が上がった。

 大地を割りほとばしった、岩漿マグマの火柱。


「な、なんだ?」

震天狼バスターウルフが、地の底から岩漿マグマを引き出したものであります。大きな災害にはならぬよう加減はしておりますのでご安心いただきたいであります」


 事前の打ち合わせ通りに、ルフィオが離宮の前に飛んできて、王太子に姿を見せる。

 下手にしゃべると威厳がなくなる、ルフィオは事前の指示通り、無言で、青い目で王太子を見下ろす。

 身をすくませるブラードン王太子に、サヴォーカは静かに告げる。


「ご理解いただければ幸いであります」

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