第16話 不穏なクジとアスガルの掟
スルド村に現れた騎馬の一団は領主ザンドール男爵の使者であった。
使者はスルド村の長老ボンドを呼び出し、領主からの通達を伝え、去って行った。
その日の夜。
「十五歳から四十歳までの男を五人。一年の
長老ボンドは流れ者のカルロ、ルルのような年少者たちを除く村人を広場に集め、そう伝えた。
夫役というのは税の代わりに、土木工事などに労働力を差し出す制度のことである。
「どういうことだい? 急に夫役だなんて」
スルドの古老ウェンディが問いかける。
「詳しいことは聞いても言ってくれなんだ。とにかく、大きな事業が始まるから急ぎ男を出せということらしい」
「どうするんだ?」
村の男の一人が言う。
「ご領主の命とあっては出さざるを得まい。行ってくれる者はいるか?」
ボンドは村の男達を見渡す。
夫役の対象となる十五から四十歳までの男は村に十人いる。
だが、手を挙げる者はいない。
家族のある者が多い上、夫役は過酷で危険な苦役。
行けば、三人に一人は戻ってこない。
当然の反応であり、いつも通りの反応でもあった。
「では、クジを引こう」
ボンドは淡々とそう告げると、既に用意してあったくじ引き用の木筒を取り上げた。
「待ってくれ」
声が上がった。
「もう一人いるだろう。エルバのところに」
「あいつはこの村の人間じゃない。夫役には関係ない」
エルバはそう言ったが、ボンドは「いや」と言った。
「カルロもだ。もう三月もこの村の水を飲んでいる。もはやよそ者ではすまん」
「そうか……わかった。呼んでくる」
「それには及ばん」
ボンドは、木筒に入ったくじの毛糸を一本引き上げた。
「外れだ」
ボンドは結び目のないハズレの毛糸を村人たちに示した。
「勝手に引くなよ」
エルバはため息をつく。
「いまから説明を始めては、いつ始められるかわからんからな。あとは順に引いて行け、いつも通り結び目がついた糸を引いた者に夫役に行ってもらう」
スルド村の男達が順にクジを引きはじめる。
まず二人がクジを引いて、どちらも外れた。
エルバの順は三番目。
――頼む。
エルバの妻、ルルの母親はもういない。
ルルを一人で残してはいけない。
夫役に送られるわけにはいかない。
――どうか。
震える手で、クジの毛糸を引く。
引き当てたのは、結び目のついた糸だった。
「同情するが」
ボンドが口を開く。
「クジの結果だ。エルバ、夫役に行ってくれ」
○
エルバがクソみたいなくじ引きをしていた頃、おれは小屋で仕事をしていた。
不穏な空気は感じていたが、気にしていても仕方がない。
サヴォーカさんの軍服風衣装は仕上がっているので、今度はルフィオが持ってきた白い蛇皮のジャケットの修理に手をつける。
ルフィオではなく、ルフィオの知人が愛用しているものらしい。
ルフィオの話によると、知人というのは「オーク」らしいが、どうもスタイルがおかしい。
身長約三メートル。
大柄なオークっていうのはそれくらいの身長になるらしいが、いわゆる細マッチョみたいな体型だ。
白い蛇皮ジャケットを愛用する身長三メートル、細マッチョのオーク。
イメージが湧かない。
このタバール大陸にオークはいない。だからオークというと豚頭で緑色の蛮族、みたいなイメージだったんだが、ルフィオやサヴォーカさん曰く実際は「人間と同じような顔、髪の毛もある」「肌は緑色で合っている」「蛮族じゃない」らしい。
余計想像が難しくなった。
ジャケットの素材は強力な再生力で知られるヒドラの皮で、表面は傷一つ無い。
ダメージがあるのは裏地側で、派手なサテン織の裏地がすり切れてぼろぼろになっていた。
補修用として渡された素材も同じサテン織。アスガルに棲息する
サテンのほうは扱いやすい素材だが、問題はヒドラ皮の強靱さと自己修復能力だ。
皮の状態でも自己修復能力が残っているらしい。
革製品の縫製では菱目打ちという道具とハンマーを使って縫い穴を穿ち、そこに糸を通していくんだが、裏地を縫い止めていた糸を抜いたら、縫い穴が自己修復して塞がった。
サヴォーカさんが用意してくれたドワーフ鋼の菱目打ちを使って縫い穴をあけなおしてみたが、その穴もすぐに塞がる。
穴を開けたら即糸を通さないとダメらしい。
面倒なので裁縫術を使い、縫い針の貫通力を上げて直接縫ってみたが、仕上がりは今ひとつだった。
一応縫えてはいるが、菱目打ちを使った穴の方が、自己修復後の仕上がりが綺麗になる。
このジャケットを最初に作った職人も、菱目打ちを使っているようだ。
どうやって縫ったのかはさっぱりわからないが。
ともかく針の貫通力を上げるアプローチはやめる。
糸を通した縫い針を魔力制御で手元に浮かし、菱目打ちで穴を開けたら即一針縫うという手順で、裏地の縫い付けを進めていく。
針の魔力制御は手縫いや貫通力強化よりも魔力の消費が激しく、神経を使う。
休憩を多めに入れて作業を進める。
それでもまぁ、キツい。
頭が痛くなってくる。
「どうやって縫ったんだよ一体」
もうちょっと楽なやり方があるような気がするが、やはり見当がつかない。
幸い、納期の余裕は充分ある。
ベッドの上に転がって目を閉じた。
そのままうとうとしていると。
「ねてる?」
顔の上から声がした。
「いや」
目を開けて、体に覆い被さってる少女の青い目を見る。
ドアが開く音がしなかった。村人に見られないよう気配を消していたんだろう。
狼のくせに猫みたいな挙動をする。
今の格好は飼い主に乗っかって尻尾を振ってる犬みたいだが。
体に手足をのせていないだけましだが、そのぶん顔と胴体の距離が近い。
裸の胸や腹がおれの胸や腹に密着している。
布一枚通して、体温や鼓動が伝わってくる。
さすがにまずい。
「服着ろ」
尻尾を振っているルフィオを体の上からおろし、用意していた肌着とシャツ、スカートを着せ、サンダルを履かせた。
「お祭り?」
ルフィオは村の広場の方を指さしていった。
「広場か? 祭りじゃなくて村の寄り合いだよ。ご領主さまからなにかお達しがあったらしい」
そう答えつつ、衣装箱の鍵を開ける。
例のマントを見せてみようと思ったんだが、見当たらなかった。
おかしいな?
マントをしまってから、この衣装箱は開け閉めしていない。
他の衣装箱も開けてみたが、やはりない。
どこ行った?
と思っていると、ルフィオが最初の衣装箱に近づき、尻尾の毛を逆立たせた。
「なにが入ってたの? ここ」
何か警戒しているようだ。珍しく、真剣な顔だ。
「妙なマントを見つけたんだよ。赤い、王様がつけるみたいなマントなんだが、ぼろぼろになってた。誰の持ち物なのか、どういう生地で出来てるのかわからなくてな。おまえかサヴォーカさんならわかるかと思ったんだが」
「わかった」
ルフィオは真顔のままうなずいた。
「調べてみる」
「心当たりがあるのか?」
「うん」
うなずいたルフィオは、少し悲しげな顔になった。
「でも、話しちゃだめなことかもしれない。調べてみて、話せないことだったら、話せないかも」
「アスガルの掟ってやつか?」
「うん」
おれとルフィオは種族も違うが国籍も違う。
アスガル魔王国に関する情報には、国外の者に話せることと話せないことがあるそうだ。
おれの養父、ホレイショの話は問題ないらしいが、ルフィオとサヴォーカさんの仕事の話などはだめらしい。
一応仕事はしていることは教えてくれたが、具体的にどういう仕事をしているのかは不明。
時々ルフィオがシュウキュウフツカハンとか、ユウキュウキュウカとか、チョッコウチョッキとか、謎の言葉を口走ることがあったが、意味は教えてもらえなかった。
「でも、変なことは、絶対させないから」
ルフィオは決意に満ちた声でいう。
裏返していうと、変なことになるかもしれないという話になんだろうが、無理に聞き出そうとするのはやめておいた。
「わかった」
ルフィオは「話せないことだったら話せない」と言っているだけだ。
話せることだったら話してくれるだろう。
念のため、サヴォーカさんにも話しておいたほうがいいだろうが、今はそれで充分だろう。
「ごめんね」
「別に怒りゃしねぇよ」
ルフィオは魔物の国の住人だ。魔物の国のルールに縛られることもあるだろう。
人が人の国のルールに縛られるのと同じように。
ルフィオの頬に軽く触れ、指で撫でる。
狼、犬系の魔物であるルフィオは頭よりも頬のあたり、頬よりも顎の下あたりを撫でられることを好む。
狼の姿の時なら顎下に触れてやってもいいんだが、人の姿の時は頬までが限度だ。
少しは気分が和らいだようだ。ルフィオは喉を鳴らし、心地よさそうに目を閉じる。
頬ずりをするように、おれの手に自分の手を添え、尻尾をふった。
「なめていい?」
「どうしてそうなる」
そんなツッコミを入れていると、小屋に足音が近づいてきた。
ドアがノックされ、エルバの声がした。
「話がある。カルロ」
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