第15話 おうさまのマント

 ルルは順調に回復し、娘に手がかからなくなったエルバは本来の仕事である羊飼いの仕事に復帰した。

 結果的に失業することになったおれはサヴォーカさんが回してくれる針仕事、スルド村の村人相手の繕い仕事などに仕事の軸足を移した。

 スルド村を離れることも考えたが、新天地を探してあてもなく放浪するのは面倒だし、そうする必要性もなかった。

 サヴォーカさんがゴメルに足を運んで調べてくれたところによると、ゴメル統治府はおれを追っていないらしい。

 おれが盗品売買の濡れ衣を着せられて捕まったのは氷の森の暴走スタンピード対策として、森の生贄にするためだ。

 その暴走スタンピードはルフィオがイベル山を噴火させた結果止まっている。

 おれを捕まえたオルダたちは、氷獣に全滅させられている。

 生死確認の手段がなく、身柄を押さえる理由もないということで放置されているらしい。

 サヴォーカさんいわく。

 

「忘れられているのではないかと」


 とのことである。

 そうなると、あえて居場所を転々とする必要性もない。

 人の人生を雑に壊しやがって、という思いはあるが、結果的にはいい客といい仕事、震天狼バスターウルフに人知を超えた散歩に付き合わされることを除いて、穏やかな生活が手に入ったので、差し引きではプラスと言ったところだろうか。

 そんなある日の昼下がり。

 激しい雨が降り出した。

 作業の手を止め、洗濯物を取り込みに小屋を出ると、母屋からも留守番のルルが顔を出した。


「来なくていい。そこで待っててくれ」


 そう言ってエルバとルル、それと自分の洗濯物を取り込んで母屋に入った。


「いきなり降ってきやがったな」


 愚痴りつつ、母屋の中にヒモを掛け渡す。


「てつだうよ?」

「じゃあ、一枚ずつ取って渡してくれ」


 ルルに手伝いを頼み、洗濯物を干していく。

 半分くらい片付けたところで、ルルが変な物を差し出してきた。


「はい」

「なんだそりゃ……エルバのか?」

「しらない。おっきい」


 万歳の格好でルルが捧げたのは、深紅の布地に毛皮の襟飾りがついたマントだった。

 王侯貴族が身につけるような立派なマントだが、あちこちほつれ、破れて、ズタズタになっている。

 だが、妙な風格、凄みのようなものも感じた。


「洗濯物じゃないな」


 他の洗濯物のような湿り方はしていない。

 撥水性が強いらしく、雨粒を綺麗にはじいていた。


「いつ紛れ混んだんだ?」


 洗濯物を取り込んだ時は、こんなものはなかった。

 とりあえず椅子の上にのせておき、他の洗濯物をヒモに吊っていく。

 洗濯物を一通り片付け、改めてマントを検分した。


「おうさまのマント?」


 ルルは興味津々の顔で言う。


「王様かどうかはわからないが、偉い人のマントみたいだな」


 一般市民が防寒用に使うようなマントじゃない。ルルがいうとおり、王侯貴族が儀礼用に使うような代物だ。

 しかし素材がわからない。

 木綿でも麻でも羊毛でも革でも絹でも羽毛でもない謎素材。

 おれの知識不足なのか、それとも吸血羊みたいな魔物系素材なのか。

 アスガル臭いというか、ルフィオ、サヴォーカさん関係に思えるが、あの二人がこういうものを黙っておいて行くとは考えにくい。


「なんなんだ? 一体」


 首を傾げていると、空が青白く光り、雷が轟いた。

 たたきつけるような音を立て、大粒の雨と雹が落ちてくる。

 ルルは首を縮めたあと「もうかえる?」とおれを見上げる。

 不安げな顔だ。


「やむまでは戻れないな。布団に入ってろ」


 近くにいてやったほうがいいだろう。


「うん」


 ルルは自室に戻り、ドアを開けたままベッドに潜り込んだ。

 ルフィオが寝具に込めた治癒の魔力はだいぶ弱くなっているらしいが、それでも安心するらしい。

 ルルは間もなくクゥクゥと寝息を立て始めた。

 謎のマントを眺めたり、屋根の雨漏りにボロ布を詰めて対処したりしているうちに雨もあがり、エルバが羊たちを連れて戻って来た。


「悪いな、見てもらっちまって」

「いえ」


 そんな話をしたあと、マントを見せてみたが、やはり心当たりはないようだった。

 他の村人に心当たりを聞いてもらうようエルバに頼んだ上で、預かっておくことにした。

 サヴォーカさんが用意してくれた衣装箱にマントを片付け、鍵をかける。

 あとはサヴォーカさんかルフィオが来た時に見てもらえばいいだろう。

 ルフィオはあまりあてにならない気がするが、サヴォーカさんなら何か知っていそうだ。

 テーブルに戻り、途中になっていた仕事を再開する。

 今やっているのはサヴォーカさんに頼まれた軍服風の衣装のリメイク。

 伊達者ダンディだったというサヴォーカさんの祖父が身につけていた衣装で、黒い吸血羊の毛織物に、ムーンドラゴンという白い竜の皮で縁取りパイピングを施してある。

 ムーンドラゴンの皮や鱗、骨は死神グリムリーパーの死と風化の力にも耐えられる貴重な素材だそうだ。

 毛織物の部分は経年劣化でぼろぼろになってしまっているが、ムーンドラゴンの皮の縁取りパイピング、骨から削り出したボタンなどは劣化していない。使える部品を再利用して新しい衣装にできないかというオーダー。

 養父よりさらに上の世代、ゼンドルという百手巨人ヘカトンケイルの名職人の作らしい。

 少しずつばらして構造を分析、サヴォーカさんの体型に合わせた調整を入れながら複製し、作業を進めていく。

 夕方前に一通りの工程が片付いた。


「こんなところか」


 しかし、名職人が縫った衣装の直しなんてやるもんじゃない。

 修行不足がはっきりわかる。


 作業場を片付けてから小屋を出て、井戸端で水を飲む。

 スルドは痩せた土地の村だが、水は綺麗で美味い。

 凝った首や背中をひねったり鳴らしたりしていると、村の入り口のほうから馬の蹄といななきが聞こえた。

 馬?

 スルド村には馬はいない。

 いるのは羊とロバと犬、ネズミにコウモリ、あとは震天狼バスターウルフが遊びに来るだけだ。

 馬賊、なんて上等なものがこんなところに来るはずもない。

 来るとしたら役人の類だろう。

 おれは一応盗品売買容疑の逃亡犯だ。

 本格的に手配はされてないみたいだが、あえて顔を合わせる理由もない。さっさと小屋に引っ込んだ。

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