第14話 探していた相手

 ルフィオが古着屋カルロに出会って四ヶ月。

 サヴォーカが古着屋カルロに出会って三ヶ月。

 サヴォーカは一、二週に一度くらいの頻度でスルド村のカルロの元に通うようになっていた。

 すっかり懐いているルフィオに至っては毎週欠かさず顔を出し、カルロの仕事を邪魔したり手伝ったり散歩に連れ出したりしている。

 ルフィオの散歩というのは極北圏でオーロラを眺めたり、極南で霜巨人鳥ヨトゥンペンギンの頭に乗ってみたり、赤道直下の渓谷巨大蜘蛛キャニオンロックバードイーターの巣をつついてみたりという、壮大、危険でダイナミックなものだ。

 うっかり人間の生存圏外まで連れて行かないか心配ではあるが、いまのところ穏便にタバール大陸近辺の散策にとどめているようだ。

 氷の森にちょっかいを出したりしない限りは大きな問題はないだろう。

 それにしても、驚くほかない懐き具合だ。

 カルロと言う人間を、まるで親か兄弟のように慕い、信頼している。

 アスガルの魔物としては普通のことだが、ルフィオは強者を好み、尊敬し、信頼する。

 カルロの戦闘力はないに等しいが、誰も切り裂くことのできなかったルフィオの腹を割き、ルフィオがどうすることもできなかった寄生虫ハリガネを取り出した。

 ルフィオの腹を切ったという点でカルロは七黒集や先代魔王を上回り、寄生虫ハリガネを取り出したという点でルフィオ自身を上回ったことになる。

 強大な魔物と自然体でコミュニケーションを取れるカルロの人格的な特異性も噛み合い、震天狼バスターウルフが人間に懐くという前代未聞の状況になっていた。

 自覚的ではないようだが、群の仲間、あるいはつがいの相手のように扱っている。

 そういう意味でも、カルロは野放しにできない存在と言えるだろう。

 他国や悪党の人質にでもされたら取り返しのつかない事態を引き起こしかねない。


 ――そろそろ、話を詰めなければならないでありますね。


 そんなことを考えながらサヴォーカは黒騎士の装束を脱ぎ、新しい服に袖を通した。

 人間の若い娘が身につけるようなデザインのブラウス、ベストにスカート。髪飾り。

 カルロが「練習用に簡単な物を」と言って仕立ててくれたものだ。

 漆黒の吸血羊の毛織物を使っている関係で、どうも喪服めいた雰囲気になってしまっているが、そこは材料的に仕方のないところだ。

 以前から使っている手袋をはめ、黒騎士ブーツをはき直して、フードつきのケープを羽織る。

 上機嫌であることを示す冥花が咲き誇る。

 黒騎士装備は先祖伝来の品だ。どうにか着られてはいるが、胸のあたりがだいぶ苦しかった。

カルロが作ってくれた衣服はサヴォーカ本来の体の線にすっきり合っている。解放感がありながら、縫製や裁断の精度が高く、安心感がある。

 これで少女向けの服を採寸して縫うのは初めてだというのだから、天才的と言うほかにない。

 サヴォーカとしても、他人に採寸をして服を縫ってもらうのは初めての経験だ。やや気恥ずかしい思いもしたが、期待以上のものがあっさり出てきた。

 最後に羽織ったフードつきケープは、カルロが作ったものではなく、家に伝わる変装用の魔導具だ。

 フードを被って魔力を通すと、外からは地味な中年の商人の顔と服装に見える。

 サヴォーカが着替えをしていたのは、カルロが潜伏するスルド村近くに設置したテントである。

 中にはサヴォーカの地元アスガルに直通する転移陣を隠してある。

 最初に来るときはルフィオの背中に乗せてもらったが、ルフィオの都合が合わない場合もある。

 二度目にスルド村を訪れたときに設置しておいた。

 旅行カバンの中に黒騎士装備一式を収める。

 ミスリルのフレームに吸血羊の皮を張り、内部に空間拡張の術式を組み込んだもので、カバン一つで物置小屋相当の収納力がある。

 テントを出て、山道を登る。

 スルド村に入ると村の老婆ウェンディに出くわした。

 カルロの顔なじみの行商人という名目で顔合わせをしているので、特別に怪しまれるようなことはない。偽装用に用意していた食品や生活雑貨などを村の女達に売ってから、カルロが仕事場にしている小屋を訪ねた。


「タイタスであります」


 ドアをノックし、行商人としての偽名を名乗ると、カルロが顔を出す。

 ルルが順調に回復し、エルバが羊飼いの仕事に復帰したため、カルロはサヴォーカから請け負う針仕事に仕事の軸足を移していた。


「お待ちしていました。あがってください」

「お邪魔するであります」


 小屋の中でケープを脱ぎ、行商人の姿から黒髪の少女の姿に戻る。

 非番の日には入り浸りになっているルフィオだが、今日はアスガル大陸南部の大監獄で起きた反乱の鎮圧に当たっていた。

 投獄中の自称新魔王、自称真魔王、自称大魔王、自称魔王神などが合わせて四七人、シン・魔王同盟などと名乗って暴れている。

 特に心配はしていない。

 アスガルではよくあるレベルの騒動である。


「一通り仕上がっています」


 カルロは小屋の真ん中に掛けたカーテンを開く。

 サヴォーカが提供した特殊な布地のカーテンで、隠蔽の魔法を組み込んである。サヴォーカが持ち込んだ特殊な素材類、サヴォーカやルフィオの姿などを外部の人間に見とがめられないようにするためのものだ。許可を与えた人間以外には、カーテンの存在とカーテンの向こうの様子を認識できず、「何もない」「誰も居ない」ように見える。

 カーテンの向こうにはサヴォーカが持ちこんだ張り子の裁縫胴トルソーが、サヴォーカがカルロに会った時に身につけていた燕尾服姿で立っていた。

 サヴォーカの父のためにオーダーされた燕尾服なので、胸がきつく、胸以外はダブつきが多い。カルロに直しを頼んでいた。


「袖を通してみていただけますか?」

「はい」


 カーテンを目隠しにして、燕尾服に着替える。

 違和感を覚えた。


 ――これは?


 その場で一回転をしてみる。


 ――どういうことでありますか?


 胸元が楽になったのは要望通りだが、改善したのはそこだけではない。

 動きやすさがまるで違う。だぶつきも、緊張も皆無。わずかな無理もなく、衣装が体についてくる。


「いかがですか?」


 カーテンの向こうから、カルロが声を掛けてきた。


「一体、なにをしたのでありますか?」


 カーテンを開き、そう訊ねる。


「どこか、気になるところが?」

「いえ、悪いということではないのでありますが、全体に、軽くなっているように感じるのであります」


 幻惑でもされているような気分だった。


「そうですか」


 カルロは微笑した。


「直しがうまくいったようです。その衣装の本来の着心地に近づいたということでしょう」

「それだけで、こんなに変わるものでありますか?」

「元の出来が良かったんです。今の着心地でも、お父様が身につけていたときの水準には届いていないはずです。ハサミを入れて今更いうのもなんですが、今の自分が手を出していい衣装じゃありませんでした」

 

 カルロは苦笑するように言った。

 とんでもない謙遜に聞こえた。


 ――ご冗談を、完璧な仕事であります。


 そう思ったサヴォーカだが、口にするのはやめておいた。

 この燕尾服はカルロの養父、仕立屋ホレイショがアスガルにいた頃手がけたものだ。

 カルロの師であった人物の全盛期の仕事。

 サヴォーカにはわからなくても、カルロにはわかる差や、壁のようなものがあるのだろう。

 無責任なことは言うべきではない。

 代わりに、こう言うことにした。


「私としては、カルロ殿にお任せして良かったと思うであります」


 無自覚に冥花を咲き乱れさせて、サヴォーカは微笑する。

 やっと、探していた相手に出会えた。

 自分の職人を見つけることができた。

 そんな思いを胸に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る