第10話 布団を縫う
カルロが作業に取りかかった頃、スルド村の老婆ウェンディは衰弱を続ける童女ルルの頭を撫でていた。
――ひどい話だよ、本当に。
自分のようなくそばばあがしゃきしゃき動いているのに、十にもならない子供がぼろぼろになって死にゆこうとしている。
なにもしてやれない。
それがどうにも腹立たしく、いたたまれない。
そんな自分をあざ笑うように、ウェンディは鼻を鳴らす。
――あたしが嘆いてたって、絵にも得にもなりゃしない。
やれることをやるしかない。
具体的にいうと、消耗しきっているルルの父親、エルバの腹に食い物を詰め込むことだ。
ともかく、食わなければ始まらない。
食わせなければどうにもならない。
ルルの部屋を出たウェンディは、芋とカブのスープを載せた皿をテーブルに置き、テーブルに突っ伏しているエルバを起こした。
「さっさと起きとくれ」
びくりとして目を開けたエルバに「ほれ」と匙を持たせる。
スープをもう一杯ボウルによそい、居候のカルロの小屋に持って行く。
看病疲れとルルの容態悪化でエルバは陰鬱になっている。下手に一緒に食事をさせるとエルバの陰気が移ったり、もめ事になりかねないと判断し、食事は別にとらせることにしていた。
小屋の前に立ち、小屋のドアを叩く。
「坊や、メシだよ」
普段より少し間を置いて、少年が顔を出す。
小屋の中から、普段と違う匂いがした。
日向の匂い。
干した洗濯物の匂いに似ていた。
「なにかしてたのかい?」
「あ、ええ」
カルロはなにか取り繕うような調子で言った。
「例の布団を縫っていました」
「そうかい」
村人から布地と綿を集めていたことはウェンディも知っているし、提供者の一人でもあった。
ウェンディは小屋の中を見回す。
なにかがいるような気がした。
「なにか?」
「なにかいるような感じがしてね。ネズミでも入り込んでるのかね?」
しゃがみこみ、ベッドの下を覗いてみたが、生き物は見当たらない。
「そうですか、あとで確認してみます」
カルロがそう言ったとき、ギシリと屋根がきしんだ。
「やっぱりなにかいるね」
ウェンディは小屋の外に出て、屋根の上を睨んだ。
○
「鳥か何かじゃ?」
内心冷や汗をかきながら、おれはウェンディをなだめた。
ウェンディが嗅ぎつけた相手は、今は小屋の上空に浮いている。
高度を大きく取っているからわからないだろうが、それでも肝が冷える。
ウェンディはふん、と鼻を鳴らした。
「今度猫いらずを持ってくるよ。絶対なにかいるはずさね」
捨て台詞のように言うと、ウェンディはエルバの家に戻って行った。
大狼の姿で避難していたルフィオ、その背中に乗っていたサヴォーカさんが戻ってくる。
ルフィオは狼の姿になると服が脱げる。
少女の姿になるとまた全裸だ。
裸のままウェンディのスープの匂いをかいだあと、顔を強張らせて後ずさった。
「どうした?」
「たまねぎ」
「たまねぎダメなのか」
犬はそうらしいが、
それはそれとして。
「スープを威嚇するな」
一人で飯を食うのも気が引けたが、たまねぎが一緒に煮込まれてる時点で芋もカブもだめらしい。ルフィオはスープに手を出そうとしなかった。
サヴォーカさんも「お気遣い無くであります」と言って、旅行カバンから出した黒く四角い棒状のプティングをかじり、ルフィオにも分けていた。
いわゆる血のプティングの一種のようだ。
ウェンディのスープを飲み、布団の縫製を再開する。
布団に治癒力を込めるため、ルフィオの尻尾の毛を少し分けてもらい、細かく切ったものを、中綿用に用意した羊毛綿に混ぜる。
おれの作業はそれだけだ。
ルフィオがふぅっと息を吹き込むと、綿全体が淡く、金色の光を帯びた。
「できた」
「すごいな」
治癒力云々はわからないが、上等とはいえなかったもらい物の羊毛綿が、ふわふわと柔らかくなった。弾力もちゃんと残っている。
ルフィオは得意げに尻尾を振った。
できあがった金色の綿をサヴォーカさんに提供してもらった亜麻布の袋に詰める。
「できた?」
「まだだな、これだと綿が偏る」
長方形の袋に綿を詰め込んだだけじゃ、綿が偏ってしまって使い物にならない。
今回は綿そのものに治癒力がこもっていると言う話だから、偏りは余計にまずいはずだ。
詰め込んだ綿をならしつつ袋を格子状に縫い、綿を三十の小部屋に縫い分けた。
キルティングと言った方がわかりやすいだろうか。
ともかくこれで一段落だ。
「ふわふわ」
柔らかく膨らんだ亜麻布のキルティング部分を指でつついて、ルフィオが呟いた。
「わたしもこれほしい」
「おれも欲しいが、材料がな」
いい出来だが、サヴォーカさんの亜麻布、ルフィオの魔力を込めた羊毛綿に品質を依存しているので、再現性がない。
「折りを見てお願いしたいであります。生地などはまた用意するであります」
サヴォーカさんは手袋をした指で布団をつつきながら言った。
品定めをしているようだ。
評価が気になるところだが、背中の冥花が咲き誇っているところを見ると、とりあえず安心してよさそうだ。
次は布団のカバーになるシーツを縫っていく。
まずはサヴォーカさんの亜麻布で作ったが、この状態でルルのところに持って行くことはできない。
さすがに高級生地すぎる。
下手をするとまた盗品云々という話になりかねない。
もったいないが、おれが調達していた
二重にするなら亜麻布のシーツは必要ないようにも思ったが、サヴォーカさん曰く、亜麻布にはルフィオが羊毛綿に込めた魔力を柔らかくする効果があるので外せないそうだ。
偽装シーツの中に布団を詰め込む。
当初はこれで作業終了の予定だったが、金色の綿と亜麻布が余った。
ついでに枕も一つ縫った。
「こんなところか」
こっちもなかなか良い出来だ。
「ご覧になりますか?」
サヴォーカさんに確認する。
サヴォーカさんの目的は、おれの腕を見ることだ。
「いえ、そのまま持っていっていただいて結構であります」
サヴォーカさんは、冥花を背負ってそう言った。
「カルロ殿の腕前は、充分確認できたでありますので」
「ありがとうございます。少し待っていてください」
サヴォーカさんとルフィオにそう言い置いて、おれはエルバとルルの家に布団と枕を届けに行った。
○
カルロが小屋を出て行く様子を見送り、サヴォーカは、ほうっとため息をついた。
背中の冥花は満開である。
「期待以上でありました」
亜麻布を提供して寝具作りを手伝ったのはカルロの職人としての能力を見定めるためだが、期待を大幅に上回ってきた。
今サヴォーカが身につけている燕尾服のようなものを扱ったことはないようだが、基礎的な作業精度は極めて高く、手も早い。
経験不足などは今後の研鑽、研究で充分補えるはずだ。
ベッドの上に腰掛けたルフィオは自分が褒められたようにぶんぶん尻尾を振った。
「連れて帰れる?」
「そうしたいところでありますが、今は時期尚早であります。お迎えするには、それなりのポストを用意しなければならないでありますし、ホレイショとの関係も確認しなければならないであります」
このまま連れて帰りたいというのは、サヴォーカも同じだ。
できるなら専属の裁縫師として雇い入れたいところだが、それは下策だろう。
いきなりそんなことをすれば、アルビスが黙っていまいし、他の七黒集がどう動くかもわからない。
成り行き次第で先代魔王が触手を伸ばしてくる可能性さえある。
カルロを迎え入れるならサヴォーカやルフィオ個人ではなく、七黒集や魔騎士団、あるいはアスガル魔王国という組織として招聘するべきだろう。
そのためには、アルビスや七黒集を説得する材料が必要になる。
ホレイショとの関係を探りつつ仕事を任せ、アルビスたちを説得するための成果物を作らせていく。
まずはそういう流れになるだろう。
「めんどくさい」
「カルロ殿は人間で、職人であります。落ち着いて仕事ができる環境作りや根回しをせずにお声がけをするのは失礼にあたるであります」
サヴォーカは、闘争の前に調整を考えるタイプだ。強引に物事を進めることは好まない。
「乱暴をするなであります」と言って当事者達を横から武力鎮圧するタイプでもあるが。
「わたしが守るよ?」
ルフィオはなにも考えていないというか、気分屋だ。
特別闘争を好みもしないが、ためらいもしない。
喰う寝る遊ぶ、たまに闘う、程度の感覚で生きている。
その程度の感覚で、アスガル最強の一角を占めている。
「そういう問題ではないのであります。横で魔弾や斬撃波が飛んだり落雷や地殻変動や時空間変動が起きるようでは愛想を尽かされてしまうであります。戦って守るのではなく、戦いが起きない環境を作らなければいけないのであります」
そんな話をしているところに、カルロが戻って来た。
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