第9話 良い考えがあるらしい

「ハサミを入れてみていただきたいであります」

「どのくらいの大きさに?」


 サヴォーカさんはおれが縫い合わせていたタイル形の布地に目を向けた。


「では、これと同じものを」

「わかりました」


 指示通り、吸血羊の毛織物にハサミを入れてみる。

 物騒な名前の羊の毛だけあって、普通の毛織物のようにはハサミが通らないようだ。

 ハサミに魔力を通して裁断力を上げ、織物の端を四角いタイル状に切り抜いた。

 切り抜いたタイルの端を少し切り、綺麗な正方形に形を整える。


「これでいかがでしょうか」


 そう言って顔をあげると、変な物が見えた。

 サヴォーカさんの背後に、花のようなものが大量に浮かびあがっている。

 菊のような花、タンポポやチューリップのような花、百合やバラのような花など、種類は様々。

 色は黒か白、あるいは灰色。全て、幻か幽霊みたいに透けていた。

 サヴォーカさんは気付いていないようで、おれを怪訝そうに見返した。


「どうか、なさったでありますか?」

「サヴォーカ、おはな」


 ルフィオが指摘した。

 それで自覚をしたようだ、後ろに視線向けたサヴォーカさんは「あ」と声を上げた。

 

「……お恥ずかしいであります」


 サヴォーカさんが赤面して言うと、半透明の花々はすっとかき消えた。


「眷属の冥花であります。感情が昂ぶると、時々出てきてしまうのでありますが、カルロ殿に害を成すものではないであります。どうかご安心いただきたいであります」


 眷属。

 子分、手下のようなもののことだろう。

 花の幽霊のようなものを従えているとなると、サヴォーカさんは霊とか花の魔物なんだろうか。

 興味が湧いたが、いきなり正体を問いただすのも不躾だろうか。

 この席では自重することにした。

 サヴォーカさんは気を引き締めるように頬をキリリとさせた。


「私とルフィオが暮らしているアスガル魔王国では、その布地を扱える職人がいなくなっておりまして」


 やはりアスガル出身者だったようだ。


「長らく、カルロ殿のような職人を探していたのであります」


 そう告げたサヴォーカさんの背中では、また半透明の花が咲きはじめる。

 サヴォーカさんの頬と口元も、かすかに緩んでいた。

 喜怒哀楽で言うと、喜の感情に反応して出てきているようだ。

 害はなさそうなので黙っておくことにした。


「裁断できる職人がいない?」


 試しにもう一度、切りくずに裁縫術なしでハサミを入れてみる。

 全然ダメだ。

 薄く、しなやかで、途方もなく強靱だ。

 普通の職人の普通のハサミでは扱えないだろう。


「はい」


 サヴォーカさんは首肯する。


「優れた布地でありますが、細かな加工をできる者がいないことから、幻の織物となっているのであります。その生地は、私の実家に死蔵されていたものでありまして」

「裁断はできているのでは?」


 それができなければ、今のロール状にもできないだろう。


「大雑把な裁断であれば、魔法や特殊な斧を使うことで可能でありますが、人間サイズの衣服を縫製するようなことは難しいのであります」


 微笑して言ったサヴォーカさんの背後で、花がどんどん増え、咲き誇っていく。

 上機嫌のようだ。

 尻尾を振り回すルフィオよりわかりやすい気がする。


「早速でありますが、仕事のご相談をさせていただきたいであります」


 サヴォーカさんは満開の花を背負って言った。

 喜んで、と言いたいところなんだが。


「申し訳ありませんが、急ぎの仕事を片付けなければならないもので」


 評価してもらえるのはありがたいことだが、タイミングが悪い。


「そうで、ありますか」


 サヴォーカさんはしゅんとする。

 満開だった花がすっと薄れて消えた。

 かなり罪悪感を刺激された。


「遊べない?」


 ルフィオも尻尾を落とす。


「そのへんにいるぶんにはかまわないが。遊んでやるのは今は無理だな」


 そもそも何をして遊ぶ気だ。


「なにしてるの?」


 ルフィオがおれの手元と、足もとの四角い布の山を見比べる。


「布団を縫ってる。居候先の家の娘が病気で伏せっててな。かなり容態が悪いんだ。今日の内に寝床くらいはマシにしてやりたい」


 話を聞くくらいならできなくもないが、今はこの作業に注力したい。


「なめる?」


 ルフィオは小さく舌を出した。


「治せるのか?」

「ケガならなおせるよ。病気は……どうかな」


 ルフィオはサヴォーカさんのほうを見た。


「病の性質によるであります」


 サヴォーカさんは気を取り直したように言った。


「見せていただくことは可能でありますか?」

「ええ、その程度なら大丈夫です」


 寄生虫ハリガネに苦しんで墜落してきたルフィオだが、おれのケガや折れた歯を治してくれた。

 ルルにとっても、助けになってくれるかもしれない。

 幸い日暮れ前、ちょうど羊を戻す時間だ。

 羊たちを柵に戻したおれは、ルフィオとサヴォーカさんを伴い居候先のエルバとルルの家に入った。

 病に伏せっているのはルルだが、一人親で看護をしているエルバも消耗、憔悴も激しい。

 エルバはテーブルに突っ伏し、ぐったりと眠り込んでいた。

 起こして許可を取るのも面倒だ。ルフィオとサヴォーカさんを連れ、忍び込む形でルルの部屋に入った。

 藁のベッドの上のルルは八歳。生まれつき体が弱かったらしく、赤毛は白髪交じり、体格も小柄で細すぎる。

 額に汗をうかべながら、ひゅうひゅうと苦しげな息をしていた。


「肺を壊しているでありますね」


 ルルの枕元に歩み寄ったサヴォーカさんは、静かな表情で呟いた。


「なめる?」


 ルフィオが舌を出す。

 サヴォーカさんは首を横に振った。


「ここまで衰弱していては、ルフィオの唾液では力が強すぎるであります。もっと緩やかに力を注がなければならないであります」

「死んじゃうよ? このままじゃ」


 ルフィオは救いのない言葉を口にした。


「私に、いい考えがあるであります」

「いい考え?」


 ルフィオは首を傾げて尻尾を揺らす。そのあと「だれか来た」と呟いた。


「この時間なら、ウェンディ婆さんかな」


 病弱なルルを一人親で見ているエルバ一家を心配し、食事などの世話をしにきてくれている婆様だ。

 悪人じゃないが、ルフィオとサヴォーカさんと鉢合わせをすると面倒だ。

 部屋の窓から抜け出し、おれが寝起きしている離れの小屋に避難した。

 ルフィオの言った「だれか」はやっぱりウェンディ婆さんだった。

 テーブルに突っ伏したエルバに「大丈夫かい?」と声をかける声が聞こえた。



「せまい」


 おれの小屋に入ったルフィオは遠慮無くそう言った。

 まぁ確かに狭い。小屋の中には藁のベッドに木の椅子、羊毛を紡ぐのに使う糸車。

 来客なんて想定していなかったから、どこにどう座らせるか考えたが、考えている間にルフィオは藁のベッドの上に陣取って尻尾をゆらしていた。

 木の椅子の方に座ってもらったサヴォーカさんは、例の旅行カバンから白い亜麻の布地を出した。

 どうやって入ってたってツッコミたくなる大きさだ。


「ルル嬢の寝具に、これを使っていただきたいであります」

「特別な生地なんでしょうか」


 見た目と感触からすると、上質で清潔な一級品だが、吸血羊の織物のような特殊な生地ではなさそうだ。


「いえ、ただの亜麻布であります」

「こう程度のいい生地となると、対価をお支払いできないのですが」


 おれやエルバの稼ぎで買えるようなものじゃない。


「金銭は必要ないであります」


 サヴォーカさんはおれの目を見る。


「対価として、カルロ殿の腕前を見せていただければ」

「さっきも言いましたが、今は仕事は」

「承知しているであります」


 サヴォーカさんは穏やかに言った。


「ルル嬢の寝具を作る仕事に、口と材料を出させて欲しいのであります。カルロ殿の腕前が私の見込んだ通りであれば、ルル嬢を助けることにもつながるはずであります」

「ルルを助ける?」

「ルフィオの治癒力を寝具に込めるのであります。直接ルフィオの魔力に触れさせるのは危険でありますが、寝具を媒介にすれば、丁度良い塩梅にできるはずであります。いかがでありますか?」


 そういう話か。


「わかりました」


 ルフィオが口にした通り、このままではルルの余命はわずかだろう。

 きちんとした医者に見せたり、いい薬を用意できれば違ったかも知れないが、そんなのは、平民には許されない贅沢だ。

 だが、サヴォーカさんとルフィオが現れたことで、チャンスが生まれた。

 この機会を見逃し、ルルが命を落とせば、できることをしなかったという余計な後悔を背負い込むことになる。

断る手はないだろう。

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