第7話 魔王国
アスガル魔王国は、氷の森やブレン王国のあるタバール大陸の南西の大陸アスガルを統一支配する王国である。
竜族、鬼族、獣族、亜人族、巨人族、不死者などを国民とする多種族混成国家であり、魔物の国などと呼称される。
本来融和が難しく、目を離すとすぐ世界支配を企てたり、邪神を復活させようとしたり、秘密結社を作ったり、女騎士を捕まえたりしようとするものたちを圧倒的な戦闘力を持つ魔王、そして魔王直属の魔騎士団の武力で従え、束ねあげる武力主義国家。
腕力主義、喧嘩主義、などと言われることもある。
国是は弱肉強食、ではなく
弱者を食い物にすることは恥ずべきことだが、闘争は善。特に強者に戦いを挑むことは最高の誉れ、そんな精神的風土を持っている。
そのため上では謀反に内乱、下では喧嘩や乱闘沙汰が日常茶飯事という、無軌道さを持ちながら、皇帝と魔騎士団の圧倒的な戦闘力によって一定の秩序と繁栄、奇妙な長閑さが保たれ続けているというおかしな国である。
アスガル魔騎士団最精鋭、七黒集の一人『貪欲』のサヴォーカは魔王アルビスの呼び出しを受け、王都ビサイドの王宮に足を運んでいた。
紫がかった髪と瞳。
黒鋼の鎧、漆黒のサーコートにブーツ、手袋。
黒騎士の見本のような装束に身を包んだ少女騎士である。
今回の会見場は謁見の間や魔王の執務室ではなく、サヴォーカが所属する七黒集の会議場となる円卓の間だ。
魔王アルビスは元々七黒集の一員であり、今も第七席『怠惰』を兼任している。七黒集のメンバーのみを相手にするときは、円卓での会談を好んだ。
円卓の間に入ると魔王アルビス、もしくは『怠惰』のアルビスは円卓の脇にあるテラスで七黒集の一人『傲慢』のムーサと向かい合って茶を飲んでいた。
アルビスは金色の髪、赤と黒の衣装を纏い、王冠を身につけた、小柄で中性的な男である。
外見年齢は人間で言うと十歳前後。
アルビスと向き合っているのは蛇皮のスーツを纏った、身長三メートルのオークの美青年ムーサ。
緑がかった肌に長い黒髪、端正な顔立ち、穏やかな雰囲気の持ち主である。
「おはよう、サヴォーカちゃん」
ムーサはいわゆるオネェ口調で言い、白い歯を見せる。
「おはようであります、ムーサ殿、アルビス殿」
円卓の間では七黒集は全員同格である。アルビス本人を含め、呼び順や殿呼ばわりを咎める者はいなかった。
「来たか」
サヴォーカに目を向けたアルビスはティーカップを下ろして言った。
渋みのある声である。
人間なら三十代以上と言っても通じそうな声だ。
「これで全員だな。そろそろあがってこい、ルフィオ」
アルビスはテラス下の庭園に寝転がっている
目を開けたルフィオはそのまま空中に駆け上がると、少女の姿でテラスに降りた。
全裸はいつものことである。
「はい、万歳して」
「こう?」
「そうそう、いい子ね、次は足を上げてちょうだい」
ムーサが部屋に常備しているルフィオ用ワンピースを着せ、サンダルを履かせる。
円卓の間に集まった七黒集メンバーは第一席『傲慢』のムーサ、第二席『貪欲』のサヴォーカ、第六席『暴食』のルフィオ、第七席『怠惰』のアルビスの四者。
第三席『嫉妬』、第四席『憤怒』、第五席『姦淫』の三者は不参加である。
部屋の黒板には第三席<出張>、第四席<休>、第五席<休>と記されている。
シフト制、週休二日半というのが七黒集を初めとする魔騎士団の基本労働形態だ。
七者が一堂に会するのは式典の時くらいである。
一応一席から七席と言う席次はあるものの、意味合いとしては点呼の順番程度のもので、七黒集同士の等級差はない。
ムーサ、サヴォーカ、ルフィオ、アルビスの四者が円卓の席につき、アルビスが話を切り出す。
「タバール大陸のブレン王国で、興味深い人材が見つかった。身辺調査と評価をしたい」
「どんな人材?」
ムーサが訊ねる。
「出くわしたのはルフィオだが、古着屋だそうだ。ただし、
「……どういうことで、ありますか?」
サヴォーカは
先代魔王や七黒集のメンバーでさえ、切り裂くことはできない。
「おなかを切って、ハリガネっていう虫を取ってくれたの」
ルフィオはワンピースの裾に手を掛ける。
「たくしあげずともよいであります」
腹を出そうとする同僚を制止する。
「今度は一体何を食べたでありますか」
「コカトリス」
ルフィオは食への好奇心が強い。口に入って噛み砕けそうなものならとりあえず食べてしまうという習性がある。
先代魔王から、イカやたまねぎの類と二本足系の生き物は食うなと躾けられているが、他はほぼ見境なく捕食する。
「見た目でだめとわからなかったでありますか」
ため息まじりにそう呟く。
「ごめんなさい」
やらかしたという自覚はあるようだ。ルフィオは珍しく神妙な調子で言った。
「タバールには、なにかの任務で?」
ムーサが訊ねる。
「いや、散歩中に迷い込んだだけらしい」
別大陸に散歩中に迷い込むものなのか、という指摘はない。
迷い込むのが
タバールとの大陸間移動程度なら三十分もかからない。
「そこで食あたりを起こしてタバール大陸の氷の森に墜落、古着屋のカルロと名乗る男に接触。さらに現地の氷獣と交戦、一帯を焼き払ったそうだ」
「派手にやらかしちゃったみたいね」
ムーサは微苦笑する。
「問題になる恐れは?」
「タバール大陸とは交渉がないからな。さして困ることはないだろう。問題は、ルフィオが出会ったカルロという男だけだ。
「あの男の変名ってことかしら?」
「年齢が合わない。古着屋カルロはまだ十七、八歳程度だそうだ。ホレイショは、若返りや不死に興味を持つ男ではなかった。親族や弟子の線だろう。ハサミで
アルビスはサヴォーカを見た。
「古着屋カルロの調査はおまえに頼みたい。背後関係と技術、人格を探り、見定めて欲しい。抹殺すべき危険人物なのか、あるいは、我が国に迎え入れるべき人材なのか」
『抹殺』のところで、ルフィオがすっと目を細めた。
それ以上の動きは見せなかったが、剣呑な目だ。
――きなくさいことになりかねないでありますな。
抹殺、という結論が出た場合、ルフィオは魔王国、七黒集に牙を剥くだろう。
それはおかしな話でも、間違った行動でもない。
意見対立を戦いで解決するのは、アスガルでは当たり前のことだ。
だが、七黒集同士の激突となると、気楽には引き起こせない。
特にルフィオはまずい。
広域破壊、対地攻撃能力では七黒集最強。
ビサイドどころかアスガル全土を焼き尽くしかねない。
――丸く収まればいいでありますが。
ハト派を自認するサヴォーカは、内心でため息をつく。
「断っても構わんが」
「いえ、お受けするであります」
古着屋カルロ。
個人的にも興味を引かれる人物だ。
サヴォーカが探していた相手かも知れない。
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