第39話 あの時、あの場所で
僕は自分を落ち着かせてから、ひとりひとり全員の顔を見ながら話しはじめた。
「みんなはもう気づいているね。僕は違う世界から来た人間なんだ。本当はこの世界にいるべきではないし、必要以上に干渉しすぎたかもしれない。」
「レイさま! そんなことはございません! もしもレイさまがいなければ、わたくしたちはどうなっていたことか…。」
「ありがとう、ベラベッカ。でも、僕が来たことでひょっとしたら逆に、皆が遭わなくてもよかったはずの危険な目に遭わせてしまったのかもしれない。」
アイゼはひどく立腹している様子だった。
「なにをこむずかしいことを言ってんの? レイちゃんのクセに。そんなに帰りたきゃ、さっさと帰れば? すばらしいレイちゃんの世界とやらにさ。」
「説明が足りなかったかな? 僕は、元の世界でやり残したことがあるんだ。ボスもいっしょに来てくれるかな?」
ベラベッカが今にも泣きだしそうな顔で僕に詰めよってきた。
「レイさま。わたくしでもユマさまでもなく、よりにもよって院長を選ぶのですか。いくらなんでも趣味がわるすぎます!」
「ベラベッカ、私、本気で怒るよ。」
「そうじゃなくて! シャムシャムさん、異世界間移動は、たしか時間もとびこえて移動できるはずですね?」
「うむ。理論上はニャ。この装置にすこし改良が必要じゃがのニャ。おぬし、まさかニャ?」
「シャムシャムさん、お願いがあります。なんとか僕とボスを…。」
僕はみんなに、僕の意図を説明した。
前院長はしぶい表情になった。
「細かい日時指定が果たしてそこまで可能かニャ? やってみないとわからないし、非常に危険かもしれないニャ。それでも本当によいのかニャ?」
僕とアイゼはお互いに頷いて意思を示した。前院長が装置を改良する間、みんなは落ち着かない様子で待っていた。
「できたニャ!」
僕とアイゼは前院長の指示に従って、ゆっくりと装置の台座に乗った。奇妙な機械音が聞こえてきて、前院長が機械を操作しながら僕たちに説明してくれた。
「まず、君たちの記憶にある時と場所にしか行けないニャ。それから、時間転移には膨大なエネルギーが必要で、装置に負荷がかかるから、滞在時間は10分間くらいが限度ニャ。」
「わかりました。お願いします。」
僕はあの日のあの時を強く思い浮かべた。全てが始まった時、廃工場での黒猫の襲撃の時を。僕はアイゼと強く手をつないだ。台座が一瞬光ると、僕の目の前から部屋の風景が消えた。
「レイさま! ご無事で!」
「レイはん! 帰ってくるんやで!」
「レイにいちゃん! また必ず会うニャ!」
「あとは祈るしかないのうニャ。」
遠くから、みんなの声が聞こえたような気がした。
気がつくと、僕はあの廃工場の敷地のすみっこのほうに立っていた。空気はにごっていて肺をさし、よくこんな空気を吸っていたものだと僕は思った。すぐそばにはアイゼもいたので、とりあえずは成功だった。
「うげえ、なにここ!? 汚いし、空気まずっ。しかもゴミだらけじゃない、サイアク。」
「はやく行かないと、もっとサイアクなことが起こるんだ!」
僕はアイゼをせかして、いっしょに連れて走りに走った。前方に焼け焦げた改造バンと、それを盾にして射撃態勢をとっている来島が見えた。僕は生きている彼を見て涙が出そうになったが、ぐっと堪えた。
「来島!」
血だらけの来島は僕を見て大混乱に陥ったようだった。
「み、三毛神か!? あれっ!? おまえ、あっちにいたのに!? って、そっちの美人さんは誰だ?」
「クルシマ、けっこういい奴かも。」
「来島、僕を信じてくれ! 手を出さないでくれ!」
「三毛神、行くな! そっちには黒猫がいるぞ!」
僕とアイゼはバンを回り込んで走り抜けた。少し先に、黒いコートの背中と、後ずさりをしているぼくの姿が見えた。
「わあ、レイちゃんがふたり。なんだかヘンね。」
「慶香さん! やめて下さい!」
黒猫はすばやく振り返り、こちらに銃口を向けた。
「三毛神零が二人いる!? それになぜ、私の本名を知っているの?」
「慶香さん! もう人を傷つけるのはやめてください! あなたはそんな人ではないはずです!」
「あなたに私の何がわかるの? あなたに私の絶望と悲しみがわかるの?」
黒猫が銃の引き金に手をかけたとき、アイゼが叫んだ。
「ママ! もうこんなことはやめて!」
「マ…マ…?」
黒猫は銃口をおろしかけたが、またこちらに狙いを定めた。
「悪質な冗談はやめて! 私の娘は、私のかわいい娘は病院でお前たちに殺された! ぜったいに私は許さない、犯人全員に報いを受けさせるまで!」
「ちがうの、ママ! 私をよく見て!」
ゆっくりと一歩ずつ、アイゼは黒猫に近づいていった。
「来るな!」
(パン!)
黒猫が発砲し、弾がアイゼの頬をかすめた。
「撃たないで! 慶香さん!」
「ママ、私を見て。」
アイゼは黒猫の間近まで近づいて、両腕をゆっくりと広げた。
「まさか、本当なの…?」
「心で感じて…ママ…。」
腕をふるわせながら、黒猫は銃口をおろした。
「私の…私のかわいい娘…。わかる、私にはわかる! ああ…。」
黒猫はサングラスを外して地面に落とすと、アイゼに駆け寄り、強く抱き寄せて涙を流しはじめた。
そして、ふたりは更に強く抱きしめあった。
「ママ…、暖かい…。ママ、大好き。」
「私の愛しい子…。こんなに大きく、こんなに綺麗になって…。」
僕はなりゆきにハラハラしたが、二人の様子を見て涙がとまらなくて、ホッとひと安心していた。もう一人の僕は気を失っているみたいで、来島は呆然と立ち尽くしていた。
「ママ、もう行かないといけないの。」
「そうなのね。」
「ママ、もうやめてくれる? 見境なく誰かに復讐することを。」
「わかった。出頭して、私も堂々と戦うわ。あなたと三毛神さんみたいに。」
黒猫の表情は見違えるかのように晴れやかになっていた。
「慶香さん、僕の高校のクラブ、情報網攻撃防御研究会のメンバーを調べてみてください。それが暗黒の一日の真犯人です。」
「わかったわ。」
黒猫は僕たちに微笑みかけた。その表情はアイゼにそっくりだった。急に辺りの風景が歪みだし、僕はその場に立っていられなくなった。
「レイちゃん…!?」
制限時間がきたせいか、過去を変えてしまったせいか、わからないままに僕は意識を失ってしまった。
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