第38話 猫たちの宴


「間に合わないのか…。」


 

 僕は不安になったが、今度は城外から地鳴りのような音が聞こえてきて、地面が振動するのを感じた。城壁にいた兵士がひとり、ドリンケンに駆け寄った。


「閣下! 大規模な軍勢がこの街へ迫ってきております!」


「なんだと!? どこの軍勢だ!?」


「あの旗印は…都市国家連合軍です!」


 兵士は悲痛な声で叫び、ドリンケンは青ざめて激しく動揺していた。


「なんだと! ばかな! 連合軍がなぜ動いたのだ!?」


「よかった…。間に合ったんだ…。」


 僕は安堵してつぶやくと、力が抜けてへたりこみそうになった。アイゼとベラベッカはまだよくわかっていない様子で顔を見あわせていた。


「レイちゃん、何がどうなってんの?」


「さっきのドリンケンとの会話を、伍長がビデオカメラでずっと録画していたんだ。しかも前院長が改良して、音声と映像を遠くの画面に転送できる機能付きの魔道具にしていたんだよ。」


「レイさま、前院長の寄り道とはそのことだったのですね。」


「ロクガ…だと?」


 ドリンケンはさっぱりわかっていない様子で、ただ僕たちをにらみつけるばかりだった。


「異世界のことを、武器や兵器以外も勉強するべきでしたね、ドリンケンさん。」


「お、おのれ…。」



 次は城の中から、すさまじい猫の唸り声が聞こえてきた。



「か、閣下! 地下の猫収容所が何者かに破られ、囚人の猫が一斉に脱走しました! 城内で蜂起して我が兵に襲いかかり、武器を奪って暴れまわっています!」


 アイゼが口笛を吹いて、腰の鞘に剣を戻した。


「さすがユートくん、仕事が早いね。」


 ドリンケンはもう放心状態だったが、常軌を逸した目つきになって憎悪を僕たちにぶつけてきた。


「せめて、せめてこいつらだけでもやってしまえ!」


 中庭の戦車の砲塔が動いて、慎重に僕たちのいる場所に狙いを定めている様子だった。


「ベラベッカ、あのセンシャとやらをあんたの弩で撃てない?」


「院長、さすがに遠すぎます。申し訳ございません。」


「あ! あれ、レオパルトじゃない?」


 アイゼが指をさしたはるか先に、戦車に向かって一直線に走っていく大きな猫の姿が見えた。



「うおおおおおりゃああああー!!!!」



 レオパルトは戦車に体当たりしてゆらし、車体に手をかけると持ち上げようとしているみたいだった。


「無茶だ! いくらレオパルトでも…。」


 僕は城壁の縁にしがみついてはらはらしながら見ていたが、やがて戦車は持ち上がり、キャタピラが空回りし始めた。



(ドガッシャーン!!)



 ついに、彼は戦車を横倒しに倒してしまった。慌てて中から這い出てきた兵士をレオパルトは追いかけていった。その背中ですさまじい大爆発が起こり、戦車は火柱に包まれた。



「レオパルト、たまにはやるじゃん。」


「ドリンケンさま、降伏なさいますか?」


 アイゼは笑い、ベラベッカはドリンケンに尽きずの弩をつきつけた。ドリンケンは憔悴しきった様子でその場にへたりこんだが、誰も彼に手をかす兵士はいなかった。



 そして。



 猫の街の門は都市国家連合軍によってたやすく突破され、城内には様々な種族の兵士が侵入してきた。

 猫の城の中は収容所から脱走した猫たちと連合軍の兵士が協力して次々と制圧されていった。あちこちで猫の歓声があがり、投降した人間族の兵士は一ヶ所に集められていった。

 子猫たちが隠されていた秘密の部屋も発見され、全員が無事に保護された。


「レイ!」


 ユキは僕の姿を見ると泣きながら抱きついてきた。僕もつられて泣きそうになり、やっぱり泣いてしまった。ユキは連合軍の兵士に守られて、キャリアンさんの待つ家に帰っていった。その他の身寄りのない子猫たちは、連合軍の本部であずかる事になった。



「いやだ。レイ殿のそばで事態を見届ける!」


 大佐は激しくダダをこねたが、軍曹と伍長に挟まれてむりやり野戦病院へと連れられていった。



 こうして人間国の占領軍は完全に制圧され、人間族暫定政府と占領軍参謀本部はあっけなく崩壊したのだった。

 猫の街が長い占領から解放された瞬間だった。街は盛大なお祭りムードにつつまれ、猫たちは大通りで歓声をあげ、街の至るところでは連合軍の兵士に花束が渡され、花火が打ち上げられた。

 占領軍のトップだったドリンケン大将は連合軍に拘束されて、法廷で裁判にかけられることになった。


 後に人間国は、国の財政が傾くほどの賠償金を猫の国に支払うことになったらしい。





 猫の城の至るところで、異種族の兵士が談笑していた。僕たちが通路を通るとみんな、笑いながら手を振ってくれた。


「ワイらはすごい人気やな。」


「アイゼおねえちゃんか、ベラベッカおねえちゃんにだと思うニャ。」


「モテすぎるのも困るねえ、レイちゃん?」


 アイゼはまたあのニヤニヤ笑いをして、僕を落ち着かなくさせた。


「院長。レイさまをからかって楽しむのはもうやめて頂けませんか。わたくしの大切なお方ですので。」


「おーこわ。」


 アイゼはふざけて言い、ベラベッカはアイゼから守るように僕に寄り添って身を密着させてきた。先頭に立って僕たちを案内してくれていたトカゲ頭の兵士が振り向いた。


「この部屋です。どうぞ。」


 中に入ると、部屋の中央には丸い台座のようなものがあり、そのまわりは沢山のわけのわからない装置や計器で取り囲まれていた。


「占領軍はここに、異世界間を移動する装置を置いていたんだ…。」


「さようニャ! かなり改良されているがニャ!」


 僕たちの背後に、急にシャムシャム前院長が現れた。


「シャムシャムさん! ご無事だったのですね!」


「あたりまえニャ! ぱらしゅーとで脱出したニャ! 死ぬかと思ったニャ。」


 みんなは笑ったが、レオパルトが装置を気味悪そうにながめながら、僕に不安げなまなざしを向けてきた。


「レイはん。この部屋に来た目的はひょっとして…?」


「うん。僕はこの装置で元の世界に戻ろうと思うんだ。」



 部屋の全員が、僕の言葉を聞いて静まりかえった。


 

 ベラベッカは顔面を蒼白にしていた。

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