第34話 ユマ大佐を救え!


 僕は自動馬車を操縦して、いっきに大通りに出てから猫の王城を目指して進んでいった。城が近づくにつれて鎧姿の兵士が増えてあちこちに土のうやレンガが積まれていた。


「あわわわ。やはりこれは無茶ですぅ。」


 伍長がガタガタ震えだしたが、ベラベッカが伍長の手を両手でつつみこんだ。


「伍長さま。あなたさまは残られてもかまいませんよ。」


 伍長はベラベッカに見とれたかのように動きをとめたあと、激しく首を振った。


「いいえ! もう覚悟はできました! 行きましょう!」



 自動馬車は城への陸橋にさしかかった。そこにも兵士がたくさんいて、警戒が厳重になっていた。僕たちはお互いにうなずきあうと、ゆっくりと馬車を進めた。


「こんにちは、兵隊さん! リンデンゲルリゾートの送迎馬車です。」


 青いシャツの兵士がひとり、書類ばさみをめくりながら怪訝な顔でこちらへ寄ってきた。


「なんだと? 届出が出ていないぞ。おかしいな…。」


 兵士が言い終わらない内に、僕は馬車を急発進させてそのまま陸橋を猛スピードで渡り、城門に迫った。


「このままぶちやぶる! ふたりとも、何かにつかまってください!」


「かしこまりました、レイさま。」


「ひええええ。」


「ふたりとも! 僕の腰につかまらないで!?」


 門の前に密集していた兵士たちは、突進してくる馬車を見て、慌てて一斉に散開した。馬車は門扉を突き破り、城の中庭に乱入した。



「あれ? ブレーキがきかない!?」


「レイさま、あぶない!」


(ドッガーン!!)



 馬車は、中庭の中央の巨大な噴水にぶつかって止まった。あたり一面が水浸しの中、鎧姿の兵士たちが抜剣して集まってきた。


「くせものめ! まわりは囲んだぞ! おとなしくしろ! さもなくば…」


 馬車の後方からベラベッカが無数の矢を放ち、その兵士は最後まで言えなかった。バタバタと他の兵士たちも倒れたが、奥の詰所らしきところからまだまだ重装歩兵が走り出てきた。


「レイさま、今です!」


 僕はもてるだけの武器を持ち、馬車に積んでいたバイクに伍長とふたりのりで勢いよく飛び出した。


「ベラベッカ! あとで合流地点で!」


「了解いたしました! ご無事で!」


 動きがにぶい重装歩兵をかわしながら、僕はバイクを走らせてそのまま城内に突入した。バイクを見て、城の中はパニックになっていた。城外の兵はベラベッカにひきつけてもらい、僕は機動力で勝負する作戦だった。


 城内の警備兵が何人か襲いかかってきたが、僕は短機関銃を乱射してけちらした。


「レイさん、地下の営倉へはあの階段ですぅ!」


 僕の腰にしがみついた伍長が指差した方向には、大きな盾を持った兵士が集まって階段のまわりを固めていた。僕はバイクを一旦とめて、ロケット弾を構えると盾めがけて発射した。



(ドーン!!)



 爆炎がおさまると盾は消えていて、僕はバイクを再発進させた。


「すごい…。こんな魔道具は初めて見ましたです。」


 伍長は目を丸くしていて、僕につかまる手に力がこめるのがわかった。


「あのう、こんな時ですが、聞いていいですか?」


「なんですか?」


「レイさんとベラベッカさんって、やっぱり…その…つきあったりされてます?」


 僕は伍長の呑気な問いに肩の力が抜けて、かえって感謝したくなった。


「無事に帰れたら話しますよ。」


「じゃ、がんばらなきゃです!」



 僕はガレキを避けながら、下りの階段をバイクに乗ったままガタガタと降りていった。


「大佐はこの先ですか?」


「はい、まっすぐこの先の重営倉です、まちがいないですぅ!」


 階段を降りきって、僕たちは狭い廊下をそのままバイクで爆走し続けた。敵兵があらわれる度に、僕は心を鬼にして肩にかけていた短機関銃を撃ちまくった。

 つきあたりの扉は見るからに頑丈そうだった。僕はバイクを横倒しにして扉に駆け寄った。


「きっとこの中です! でも、開かないですね…。」


 僕は扉に小型の爆薬をしかけて、扉から離れた。


「伏せてください!」



(ドーン!!)



 重い扉が吹き飛んで、あたりは白煙につつまれた。僕と伍長は口と鼻を押さえながら中に入った。


「ゴホゴホ、大佐殿~! 伍長ですぅ! お助けにまいりました!」

 

 爆風を受けたのか、足下には何人もの兵士が倒れていた。扉の向こうはまた短い通路になっており左右に区切られた狭い檻がいくつもあった。そのうちの一つの床に、誰かが横たわっていた、


「大佐!!」


 僕と伍長は同時に叫んで近づき、倒れている兵士の腰から鍵を奪って檻を開けた。


「しっかりしてください!」


「伍長に…レイ殿ですか…。まさか、また生きてお会いできるとは…。」


 大佐はひどい状態だった。あちこちにひどく殴られたあとのようなアザがあり、身につけている衣服もボロ布のようだった。僕と伍長で大佐を抱き起こしたが、伍長はすぐに泣き出してしまった。


「大佐! なんてひどい! ドリンケン大将のクソオヤジ、絶対にゆるさないです!」


「クソオヤジか、そいつはいいな…。うっ…。」


 大佐は、あらわな体を恥ずかしがる元気も無いくらいに弱っていた。僕は急いで水を飲ませようとしたが、想像以上のひどい状態に焦った。

 大勢の足音が聞こえてきて、僕は手榴弾をいくつか入口のほうに放った。爆発音がおさまると、また足音や怒声が聞こえきて、どうやら次々と新手の兵士が集まっているようだった。


(まずい、どうやって脱出しよう?)


 僕が再び手榴弾を手にすると、頭上から音がして天井の一角が外れて眼鏡をかけた人の顔が現れた。


「はやくこっちへ!」


 その人は来島のお姉さんだった。

 僕は伍長と協力して大佐を抱え、天井裏へ引き上げてもらった。伍長が続き、僕の番になった時に数名の抜剣した歩兵が叫びながら迫ってきた。僕は拳銃を抜くと連射して、最後に煙幕弾を投げてから天井裏へ引き上げてもらった。



 狭い天井裏で苦労して大佐の体を移動させて、僕と伍長は来島姉に必死でついていった。しばらく進んでから、彼女は小さな部屋で下に降りた。

 そこは医務室のようなところだった。僕たちは慎重に大佐を下ろして、ベッドに寝かせた。来島姉はテキパキと医薬品を使って大佐を治療し終えると、彼女に衣服の代わりに白衣を着せてからこちらを向いた。

 

「クルシマ先生、ありがとうございますぅ…。」


 伍長は泣き崩れてしまった。僕も彼女に礼を言おうとしたが、ものすごい勢いでにらみ返された。


「まさか、ここに来るなんてどうかしてるわ。あなた達は命がおしくないの?」


 僕は伍長を落ち着かせようと背中をたたきながら来島軍医を見返した。


「ありがとうございました。来島のお姉さん。僕はどうしてもあなたにお聞きしたい事があるのです。」


「三毛神君よね。君のこと、覚えてるわ。お久しぶりね。あ、一度会ってるか。あの時はごめんなさいね。」


「僕こそ謝らなければなりません。来島は亡くなりました。」


「そう。やっぱりね…。」



 眼鏡の奥の彼女の目は悲しげだったが、すぐに気を取り直したかのようだった。



「弟は、ずっと三毛神くんに負い目を感じていたみたいだったわ。いつかこんな日が来ると覚悟はしていたけど…。」


「来島は僕に、あなたに会えと言いました。あなたは何を知っているのですか?」


 彼女は迷うそぶりを見せたが、ベッドの上の大佐をチラリと見ると僕に向き直った。


「そうね、私は間違っていたわ。あんな連中に加担して、自分の身の安全ばかりを考えて、結局たくさんの人を巻き込んでしまったのね。」


「来島さん…。」


「私が調べて知ったことと、弟から聞いたことを全て話すわ。」



 もうあまり時間はなさそうだったが、僕は彼女が語る話に集中した。



「私がこの異世界に来たのは、黒猫から逃がれるためだったの。黒猫は私の命も執拗に狙っていたのよ。」



 来島軍医は悲痛な表情で語り始めた。

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